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「あーあ、寒いわ」
如雨露で花壇の水やりをする成瀬が、ぶるっと身を震わせた。
隣で同じ様に如雨露を手にしていた深雪も、成瀬の言葉に深く頷く。
「すっかり寒くなっちゃったよね」
未だ十一月だというのに、この寒さ。風が吹けば顔が痛い程。今からこの調子では、冬本番は引きこもりになりたいくらいだと、深雪もその身を震わせた。
「千太郎ってば、良いタイミングでバスケ部の助っ人頼まれちゃって」
いつも成瀬の隣に当たり前の様にいる千太郎だが、今日はバスケ部から助っ人として他校との練習試合に呼ばれている。
その為先程から、園芸部の水やり当番をパスした千太郎への、成瀬の愚痴が零れては止まらない。
「いつもは行きたくないって、駄々こねるくせに。 ねえ、深雪?」
「そ、そうだね」
苛立ちを隠さない成瀬の強い瞳が、深雪を捉える。
頷くしかできない深雪は、寒さとは違う意味で身震いした。
その後も成瀬の愚痴を聞きながら、水やりを続けていると、背後から声をかけられた。
「寒そうだね、お二人さん」
「「!」」
思わぬ角度からの声に、深雪と成瀬が驚いて同時に振り返る。
振り返った先には、校舎の窓からこちらを覗く頼来がいた。
深雪は無意識に、頼来付近に日路の姿を探した。
「あー、ごめんね、深雪ちゃん。 日路は部活に行ったよ」
「そ、そうですか」
申し訳なさそうに笑う頼来には、何もかも見透かされている様で、深雪は一気に顔を熱くして俯く。
一方で、そんなことには全く興味のない成瀬は、早々に白けた顔を頼来に向けていた。
「で、頼来はサボりってわけ?」
「ぶっぶー! 生徒会活動です! 成瀬ってさ、俺が“副会長”になったこと、忘れてね?」
胸を張る頼来の発言に、成瀬は舌打ちでもしたそうに、その美しい顔を歪めた。
「本当に、任命責任を問いたいわよ。 頼来が副会長とか、世も末だわ」
やれやれと成瀬が首を振る。深雪は「ははは」と愛想笑いを返すことしかできない。
先日行われた生徒会選挙。二年生の頼来はなんと副会長に任命され、それを聞かされた時の成瀬の第一声は「どっきりか何か?」だったことは深雪も覚えている。
成瀬の悪口も跳ね返す様に胸を張っていた頼来だったが、少しして「あっ」と短く声を上げた。
「そういえばさ、成瀬は来週のアレも何か企画してんの?」
「は? 来週のアレって何?」
全くぴんと来ていない様子の成瀬が、眉を顰めて頼来に問い返す。その様子に、頼来がきょとんとした表情を浮かべた。
「え、来週・・・・・十一月二十五日は日路の誕生日だから、また何かミッションでも考えてるのかと思ったけど」
「「え!?」」
深雪と成瀬の驚愕の声が重なる。そして、すぐさま成瀬のきつい視線が深雪に向いた。
「深雪!」
「ごめんなさいー。 知らなかったです・・・・」
責められた深雪は、居心地の悪さに肩を縮こまらせる。
しかし、我ながら詰めが甘いと言わざるを得ない。
推しの誕生日をリサーチするなんてことは、忘れてはならない活動だというのに。
項垂れた様子の深雪を、反省していると見た成瀬はそこで何とか怒りの溜飲を下げてくれた様で、今度は恨めし気に頼来を見上げた。
「頼来も気が利かないわね。 そういうことは教えなさいよ!」
「知ってるかと思ったんだよー」
「知る訳ないでしょ。 私は大神先輩フリークじゃあないのよ」
最後にもう一度「本当に気が利かない」と漏らす成瀬を、頼来がなんとか窘めようと両手を上下させる。
「まあ、今知れたんだからいいじゃん。これから企画しようぜ」
「企画するって言ったって、後一週間ぐらいしかないじゃない」
明るく能天気な頼来を見て、成瀬が鼻を鳴らす。相変わらず、頼来に対してはどこまでも冷たい。
「別に、大規模にやる必要なんて無くね? 適当にカラオケとか」
「それは、頼来が行きたいだけでしょ」
成瀬に速攻で却下とされ、頼来は口を窄めながら深雪に視線を変えた。
「深雪ちゃんは? 日路の誕生日、何やりたい?」
「ええっと・・・・・」
頼来に意見を求められた深雪は、腕を組みながら真剣に考えてみた。
しかし、ありきたりなアイディアしか浮かばず、妙な沈黙の時間が三人の間に流れる。
日路が心から喜んでくれそうなことを考えるには、深雪は圧倒的に経験にも想像力にも乏しかった。
唸るだけで、何の意見も出せないでいる深雪を気遣って、頼来が「ああでも」と新たに話題を振ってくる。
「場所も考えなきゃな。 休みの日だから、教室使うのも難しいし」
「うちでやれば良いわ」
「え?」
頭を悩ませる頼来の発言に対して、成瀬がさらりと進言してくる。深雪は思わず短く聞き返した。
慄く頼来と深雪を他所に、成瀬が更に続けてくる。
「部屋も有り余ってるし、頼んでおけば料理とかも用意できるわよ」
「ええ、でも、それだと成瀬ちゃん家にご迷惑じゃ・・・・・」
深雪の気が引けた様子を見て、成瀬が「良いわよ、そんなの」と手をはらはらと振る。
「そういうことが好きな人がいるから、任せちゃいましょ」
「?」
意味深な成瀬の発言に深雪は首を傾げたが、頼来は気にした風もなく、更にノリを良くして窓から半身を出して前のめりになった。
「じゃ、決まりだな! 来週末、成瀬の家で日路の誕生日会!」
「そうしたら、新しいミッション考えなきゃね」
「ミッションは要らないって・・・・」
嬉々とする成瀬を見て、深雪の顔が引き攣る。勿論、それで考えを変えてくれる成瀬ではない。
日路の誕生日会は楽しみだが、新たなミッションの予感に複雑な心境でいる深雪に苦笑しながら、頼来がくるりと踵を返した。
「じゃ、今回は俺から日路に言っとくから。 時間とか何するとかは、また決めようぜ」
「頼んだわよ」
「よ、宜しくお願いします!」
廊下の向こうに去っていく頼来に頭を下げた深雪は、早速日路の誕生日のことを考えていた。
どんなことををすれば、彼はどんなふうに喜んでくれるだろう。
考えるだけで幸せな気持ちになって、外の寒ささえもどこかに置いてきてしまったようだ。
これが恋というものなのだろうかとふと気が付いて、深雪は少しだけ我に返った。




