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そっと恋して、ずっと好き  作者: 朱ウ
そっと恋する一年生編
56/109

思い出たち

 不意にふいた秋風に、深雪はそっと空を見上げた。


 すっかり焼けた色の景色は、正に秋色。


 昇降口で成瀬等と分れた深雪は、駐輪場へと向かいながら小さく息を吐く。



 今日、二年生が三泊四日の修学旅行から帰ってくる。


 一学年いない筈の学園は、然程その賑やかさが変わったようには感じられなかったが、毎日映る景色の中に探していた想い人がいない寂しさを、深雪はこの四日間痛い程思い知らされた。


 勿論今日も、二年生は学校から少し離れたところで解散し直帰する為、本当に丸四日間日路と話すことはおろか、その姿を拝むこともできなかったことになる。


 そんなことで残念な気持ちになるなんて、随分と図々しくなったものだと、深雪はふと自嘲気味に笑みを漏らした。


 修学旅行中、日路は旅行先で撮影した写真を幾つか送って来てくれていた。深雪の「写真が欲しい」というリクエストに、真面目に応えてくれる彼の神対応は、恐れ多すぎて失神しかけたのは記憶に新しい。



 少しだけ、ほんの少しだけ、日路に近い存在になれただろうかと、どきどきしながら駐輪場に辿り着く。


 自分の停めた自転車に近づく途中で、とんでもない幻覚に見舞われた。


「・・・・・大神先輩?」


 駐輪場に佇む逆光のシルエットへと、深雪は目を眇めながら声をかける。


 いや、まさか。そんな都合のいいことなどありえない。


「あ、立花。 お疲れ様」


 聞こえてきた声は、確実に日路のものだった。深雪は慌てて彼の元へと駆け寄った。


「どうされたんですか・・・・・?」


 いや、まずは“お帰りなさい”と言うべきだっただろうか。


 日路の唐突な登場に、深雪の頭はパンク寸前。頭の中に心臓があるのではと思う程、鼓動が激しく鳴っていた。


 問いかけられた日路は、いつもの爽やかな笑顔を浮かべている。


「うん、立花に渡したいものがあって」


 そう言いながら、日路が修学旅行用の大きめのバッグの中を探る。


 渡したいもの?私に?


「これなんだけど」

「!」


 混乱する深雪の目の前に差し出されたのは、メッセージカードを入れる様な封筒だった。


 反射で受け取った深雪は、おろおろしながらも「開けてもいいですか?」とお伺いを立てる。


「どうぞ」


 にこりと笑いかけられ、深雪は震える手で封筒を開けた。


 中身は、一枚の厚手の紙


「ポストカード!」


 深雪は大きく声を上げてから、そのポストカードを凝視した。


 真っ白な砂浜と、どこまでも美しく続く沖縄の海の写真が載ったポストカード。


「うん。 立花、写真が欲しいって言ってたけど、やっぱり俺が撮ったものだけだと、物足りないかなって思って」

「そんなことはっ」


 実際、日路が送ってきてくれた写真はどれも素晴らしかった。特に、水槽で泳ぐジンベイザメの迫力ある写真がお気に入りだ。


「写真、沢山ありがとうございました。 海も砂も空も、とっても綺麗でした」


 散々メッセージでもお礼は述べていたが、深雪は改めて感謝を込めて一礼した。


 大したことしてないよと、日路は笑ってからゆっくりと踵を返した。


「じゃ、俺、今日は姉が迎えに来てるから。 気をつけて帰るんだぞ」

「あ、あの」


 深雪が思い切って呼び止めれば、日路はもう一度こちらに体を向けてくれた。


「わざわざ、これを渡しに来てくれたんですか?」

「ああ、頼来も生徒会室に用があるって言ってたから、会えるかわからなかったけど、一緒に来たんだ。 会えて良かった」


 “会えて良かった”の一言に、深雪は耳を疑った。今まさに、深雪が思っていたことをそのまま日路も思っていたのか。


 深雪は頭が使い物にならなくなる前に、もう一度深く頭を下げた。


「あの、本当にありがとうございますっ」

「またな」


 日路が去っていき、その足音が聞こえなくなった頃に、深雪はほっとしてその場にしゃがみ込んだ。


 手の中の、ポストカードへと改めて目を向ける。


 日路は、一体どんなことを考えながらこのポストカードを買ったのだろうか。少なくとも、その時間だけは、自分のことを考えてくれていたのではないだろうかと、おこがましいことを想像する。


「欲張りだぞ、自分・・・・」


 深雪は戒めの様にそう呟いて、日路が消えた駐輪場の向こうを暫く見つめていた。







 昇降口で深雪と分れ、迎えの車が停めてあるところに一番近い西門に向かって、成瀬と千太郎は並んで歩いていた。


 特別な会話は無い。無言が苦痛にならない間柄の為か、二人きりになると意外と世間話をするということも無いのだ。


 二年生がいないと、深雪の恋路が進まなくてつまらないなと、そんなことを成瀬が考えていると、隣でだるそうに歩いていた千太郎が、不意に足を止めた。


 急にどうしたのかと、成瀬も一緒になって立ち止まる。


「・・・・・ヤベ、忘れものしたわ」

「何なの、その棒読み」


 西門を一点に見つめる千太郎が、抑揚のない声でそんなことを言うので、成瀬も思わずつっこんだ。


 つっこまれた千太郎は、「うるさいよ」と言いながら成瀬に背を向ける。


「とってくるから、先に行ってて」

「えー。 今日千太郎ん家の車なのに」


 頬を膨らませた成瀬は、しっしと右手を払う様に振った。


「いいわよ、ここで待ってるから、早く行ってきなさいよ」

「ダメ」


 面倒くさいなあと思いながら、千太郎を見送ろうとしていたのに、当の千太郎に“ダメ”と言われてしまう。え、何で?


 意味が分からず首を傾げていると、千太郎が肩に提げていた自分の荷物を成瀬に押し付けてきた。


「・・・・・はァ?」


 思わず受け取ってしまったが、持たされる意味が分からず、成瀬から低い声が漏れる。


 並の人間なら震えあがるところだが、幼馴染の奴にはどうも効き目がない。


「それ持って、先行ってて」

「何で私が、千太郎の荷物持ちしなきゃなんないのよ!」


 文句を千太郎の背中にぶつけたが、さっさと来た道を戻って行く千太郎は止まることはなく、仕方なく舌打ちで怒りを収める。


「ったく、千太郎のくせに」


 収まりきらなかったものを口から出しながら、西門を出ようとした時だった。


「お、成瀬見―っけ」


 聞こえた声に、耳がびくりとした。首を回せば、修学旅行帰りの頼来がこちらに手を振っていた。


「頼来?」


 予想していなかった人物の登場に、成瀬は平静を装うことへと全神経を使う。


「あんた何してんのよ?今日は直帰でしょ」


 努めていつも通り、つっけんどんな言い回しで聞けば、頼来はからからと笑った。


「まあね。 あれ、千太郎は?」

「・・・・・」


 当然の様に聞いてくる頼来には、自分と千太郎はどのように見えているのだろう。


 きっと面白くない考えを持っているに違いないと、成瀬は眉間に皺を寄せた。


「忘れもの取りに行ったわよ。 悪い?」

「いや? 丁度良かったよ」


 頼来の意外な返しに、成瀬は疑いの視線を向ける。一体、この男は何を考えているのだろうか。


「丁度良いって何よ」

「これ、成瀬に渡そうと思ってさー」


 頼来が、持っていたバッグから雑に“何か”を取り出して、こちらへ軽く投げて寄越した。


「はい!」

「!」


 なんとかキャッチして、それが何かを確かめる。


 目がくりっとした、可愛らしすぎるイルカのぬいぐるみだ。


「・・・・・何、これ?」

「お土産だよ! イルカ、かわいくね?」

「・・・・・」


 本当に、この男の考えは読めない。


 一体何の意味があって、これを渡してきたのだろう。もしくは、特に意味などないのか。


 逡巡して黙り込む成瀬をどう思ったのか、頼来が「あれ」と首を傾げる。


「シーサーのが良かった?」

「いや、そんな訳はないけど・・・・・」


 そこだけはなんとか否定を入れてみるも、いつもの様なキレの良い返しが思いつかない。


「皆の分は無いから、内緒だぞ?」

「・・・・・」


 人差し指を口元に当て、わざとらしく微笑む頼来は、やっぱり何を考えているかがわからない。


 結局、お礼も皮肉も返すことができないでいるうちに、頼来がこちらに背を向けた。


「あ、食べ物のお土産もあるから。 それは来週、学校で皆に分けるな!」


 顔だけ振り返った頼来が、はにかみながら手を振ってくる。


 オレンジ色をバックにした彼は、いつにも増して輝いて見えた。


「じゃあな、成瀬。 気をつけて帰れよ!」

「ああ、うん・・・・・」


 最後まで微妙な反応しかできなかった。こんなの、自分らしくないのにと考えて俯くと、手の中に納まるぬいぐるみと目が合った。


 自分にも、頼来にも似合わない可愛さに、なんとなく笑みが漏れる。


「可愛いってさ。 良かったね」


 小さく零した呟きは、きっと誰も聞いていないだろう。


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