遠くで君を考える
目の前を、大きな影が雄大に泳ぎ去る。
「日路、見て見て! ジンベイザメ!」
「大きいよなあ」
隣ではしゃぐ頼来に相槌をうちながら、日路はスマホのカメラを水槽に向けた。
沖縄への修学旅行二日目。
日路と頼来は、班行動で水族館へと訪れていた。
「何で私が、お前たちと同じ班なんだ・・・・」
水槽から少し離れたところで、海織がそう小さく嘆いて溜息を吐く。
そんな海織の様子に、頼来が踵を返して彼女の元まで歩み寄った。
「しょうがないじゃん。 野崎と浅田ちゃんカップルを二人にしてあげたかったし」
頼来が軽く窘めると、海織は諦めたようにもう一度溜息を吐いた。
班構成は男女五、六人となっており、日路達は日路と頼来、海織と残り男女一人ずつの五人グループだ。
その残りの二人が、恋人同士ということもあり、気を遣ってこの水族館だけは二人とは分れて行動をしている。
暫く水槽で泳ぐ魚たちを眺めていた海織だったが、やがてすっと歩き出した。
「私は先に行っているぞ」
すたすたと言ってしまう海織を、頼来が慌てて追いかけてその肩に手をかける。
「寂しいこと言うなよ、海織ちゃん。 一緒にまわろーぜ」
「触るな、ガキ」
肩に乗った頼来の手を払いのけ、海織がきっと睨んでくる。
頼来は両手を上げて降参の意を示し、日路に視線で助けを求めた。
「まあまあ。 ばらばらになると、後で面倒になりそうだしさ。 海織もちょっと付き合ってよ」
「ふん・・・・・」
日路にやんわりと宥められ、漸く海織の逆立つ気が収まる。
それを見て、納得がいかないのは頼来だ。
「日路の言うことは聞くのかよー。 差別だぞ?」
「まあ、大神はリーダーだからな。 お前は、一般班員」
「ははは」
海織に蔑ろにされ、頼来が頬を膨らませる。その横で、日路はスマホのカメラをもう一度水槽へと向けた。
「なあ、頼来。 ここ暗くて、うまく撮れないんだけど、どうしたら良い?」
「えー、どうしよっかなぁ」
機嫌を損ねたままの頼来が、面倒くさい返事をしてくるので、日路はさっと海織の方に向く。
「海織、写真撮れる?」
「貸してみろ」
「わーん! ごめんって、俺やるって!」
すっかり構ってもらえず、頼来は急いで日路のスマホをひったくる。
カメラの設定を説明し終え、日路にスマホを返しながら頼来は口を開いた。
「最近、皆して成瀬みたいなこと言ってくるんだもんなー。 あ、あいつら今頃何やってるかな」
頼来の言葉に、日路もふと考えてみた。
あの仲の良い三人組は、恐らく今日も一緒に楽しく学園生活を送っているだろう。
時間から考えると、部活か下校時刻。
深雪は駐輪場で自転車を倒していないだろうかと、おせっかいなことを考えてみる。もしくは、成瀬にまた難題を出されて四苦八苦しているのだろうかと想像して、自然と笑みが零れた。
写真を何枚か撮っていると、頼来がとなりから画面をのぞき込んできて「へー」と感嘆の声を上げた。
「いい感じじゃん?」
「ああ」
自分でも満足のいく写真が撮れたと、日路は保存した写真をスクロールして確認した。
写真をお土産にリクエストしたあの後輩は、喜んでくれるだろうか。
「今、何考えてた?」
「え?」
頼来の問いに、日路は一瞬で我に返る。
幼馴染の顔を見返せば、彼はいつもの幼い表情とは違う、探る様な、それでいて諭すような顔をしていた。
「写真、立花に送ったら喜ぶかなーって・・・・・」
「ふーん」
普段とのギャップに多少どぎまぎしながら答えると、頼来は直ぐにいつもの様な子供っぽい仕草でこちらに背を向けた。
日路はたまらずその背中を呼び止めた。
「何だよ?」
「べっつにー。 あ、お土産見ようぜ! 海織も行くぞっ」
「私は買わないんだが・・・・・」
にかっと笑って振り向く頼来は、もうこちらの話は聞く気はないようで、どんどんお土産コーナーへと行ってしまう。
フリーズしたまま動かない日路に、海織が不思議そうに声をかけてきた。
「どうした、大神? 放っておくと、吉井が迷子になるぞ」
「ん?・・・・ああ、そうだな。 行こう」
ゆっくりとした足取りで、頼来の後を追う海織の後ろを、日路もゆっくり付いていく。
歩きながら、日路は胸の奥に小さい靄の存在を感じたが、それが何であるかはわからなかった。




