王子の友人は天才です
成瀬を先頭に、五人はカフェに入った。
中は空いてはいなかったが、丁度席が空いたようで、すんなりと座ることができた。
全員ドリンクバーで飲み物を調達してから、メニュー表を手にする。
「わー、本当にケーキの種類いっぱいだあ・・・・・」
並ぶケーキの名前と写真に深雪が嬉しそうに顔を綻ばせる。
その様子を見た蓮季が、柔らかく微笑んだ。
「立花さんは、ケーキ好きなの?」
「甘いものが好きなんです・・・・・じゃなくて、好きなので? ええっと・・・・・」
無理に敬語を抜こうとして、深雪が言葉を詰まらせていると、蓮季の隣に座っていた黒田が、メニューに目を通しながらにこにこと笑顔を浮かべた。
「僕も好き。 頭使うと、甘いもの食べたくなるよね」
さっと話を拾ってくれたのは、黒田としては多分無意識なのだろう。
白南生と同じ次元で頭を使ったことはないので、頷くにはおこがましかったが、深雪の緊張は多少落ち着いた。
「そういえば、三人とも部活は? お休み?」
「休みだよ」
それぞれが注文を終え、会話が再開する。
蓮季の問いに、千太郎が短く答え、逆に質問を返した。
「王子とバメ君は、部活入ってるの?」
「うん。 僕らも今日は、久々にお休み」
「何部?」
興味津々に成瀬が尋ねると、蓮季はレモンティーを一口飲んでから教えてくれた。
「言語学部。 外国語講座みたいな感じだよ」
「部活までエリートなのね」
感心する成瀬の隣で、千太郎が更に質問を重ねる。
「王子って、何か国語喋れるの?」
「俺は未だ、全然喋れないよ。 英語と、中国語がちょっとだけ」
「充分だろ」
謙遜する蓮季に、千太郎が苦く笑いながらアイスコーヒーを口にする。
難関校に通うだけあって、蓮季のスキルは相当なものらしい。
「バメちゃんはそれに加えて、ロシア語とドイツ語もぺらぺらだよ」
「あっはは。 褒めんなってー」
黒田が照れくさそうに、癖の付いた髪を掻きまわす。
蓮季の上をいく天才児に、深雪たちは言葉もなく驚愕した。
「やっぱ、白南てすごいわ」
「会話を聞いてるだけで、頭良くなれた気がするよな」
「ははは・・・・・」
凸凹コンビのやりとりに苦笑しつつ、深雪はオレンジジュースを口にした。
そのうちに頼んだケーキが運ばれきて、一時それぞれが目の前のケーキに心奪われる。
深雪は悩んだ末に、シンプルなチーズケーキをセレクトしていた。
隣の成瀬はイチゴのたっぷり乗ったショートケーキで、二人で一口ずつ交換をした。
美味しいケーキに舌鼓を打っていると、成瀬が話の続きをし始めた。
「エリートに勉強教えてもらえば、ちょっとは頭良くなるかしら」
「うーん。 僕は向いてないかもぉ」
成瀬の言葉に、黒田は意外にも首を振った。隣に座る蓮季が、柔らかい笑みを浮かべてフォローを入れる。
「バメちゃん、天才肌だから。 人に教えるのは苦手なんだよね」
フォローを受けた黒田が、何故か元気いっぱいにガッツポーズをつくった。
「勉強は感覚だかんな!」
「すげぇ。 頭良いはずなのに、馬鹿っぽく見える」
「勉強を感覚論で語る人、初めて見たかもしれないわ」
「ふ、二人とも・・・・・」
容赦の無い凸凹コンビを、深雪が遠慮がちに諫める。
しかし、二人の言う通り、黒田はエリート然とはしておらず、どこか庶民感が漂う。
特徴的な猫目は可愛らしく、癖の多い髪型は直してあげたくなる様なもどかしささえあった。
蓮季と並ぶと兄弟の様で微笑ましいと、深雪が胸中で思っていると、黒田が何かを思い出した様にはっとした表情を浮かべた。
「勉強教えてもらうならさ、蓮季のお兄ちゃんがいいんじゃん?」
「大神先輩?」
ここで急にきた日路の話題に、深雪は俊敏な反応を示した。
その反応に少しだけ驚いた顔をしつつ、黒田が更に続ける。
「ああ、そうじゃん。 蓮季のお兄ちゃんも翼蘭じゃん。 じゃあ、やっぱり教えてもらった方がいいって」
モンブランの山を崩しながら、黒田がにこにこと語る。
黒田も日路と知り合いなのだろうか。
「前に蓮季の家に行った時、蓮季のお兄ちゃんが、弟君に勉強教えているところを横で聞いてたんだけど、すっごいわかりやすかった」
名門校に通う黒田が言うくらいなので、嘘はないのだろう。
深雪は、いつかの勉強会を思い出す。黒田の言う通り、日路の教え方はとても分かりやすく、実際テストの点数にも反映された。
白南生が認める程の人物に勉強を見てもらったことに、今更ながら感動を覚えた。
「私たちも教えてもらったことあるわね。 確かに、教えるの上手だった。 ねえ、深雪?」
「うん。 すっごくわかりやすかった」
成瀬に話を振られ、深雪は間髪入れずに頷いた。
自分で思っていたよりも力の入った肯定になってしまい、一同の視線を集めてしまう。
「日路に言っとくね。 深雪ちゃんがべた褒めしてたって」
「きょ、恐縮です・・・・・」
「・・・・・」
蓮季に微笑まれ、深雪は肩を小さくして頷く。
何故か黒田に凝視されていたが、頷いたまま俯いてしまった深雪が気が付くことはなかった。




