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そっと恋して、ずっと好き  作者: 朱ウ
そっと恋する一年生編
47/109

ミッション3

 豪華なお弁当を五人で囲み、お腹が一杯になった頃。


 日路が手際よく片づけをしていると、校内放送が鳴った。


 どうやら昼一の競技の招集連絡の様で、それを聞いていた頼来が「あ」と声を上げる。


「日路、行かなきゃじゃん?」


 どうやら、日路は次の競技にエントリーしているらしい。


 「行く行く」と言いながら、急いで片づけを続ける日路に、深雪は思い切って声をかけた。


「片付けしておきますっ」


 深雪が精一杯の行動を起こすと、成瀬と千太郎も「やっときます」と後に続く。


 それでも途中で抜けることを渋る日路。最終的には、ごみを集めていた日路の手から、頼来が袋を取り上げた。


「ほらほら、ここは俺らに任せてさ」

「・・・・・悪いな、皆。 ありがと」


 申し訳なさそうな顔をしながら、後ろ髪を引かれるようにして生徒会室を後にしようとする日路を、深雪は勇気を振り絞って呼び止めた。


「せ、先輩っ」

「ん?」


 振り返った日路が、優しくその先を促す。


 深雪は大きく息を吸いこみ、意を決して口を開いた。


「あの、その・・・・・頑張ってください!」


 シンプルな応援の言葉だったが、深雪の口から出たことに驚いた成瀬と千太郎が目を見開く。


 日路はというと、純粋に応援されたことに対してガッツポーズを返してくれた。


「おう! 頑張ってくるわ」


 そう意気込んで、日路が颯爽と部屋を出ていく。


 見送りを終えたところで、頼来が興奮気味に声を上げた。


「くー! やっぱこう、深雪ちゃん見てると心が洗われるよなー」

「おっさんくさ」


 片づけを再開させながら、辛辣にツッコみを入れる成瀬に、頼来が不貞腐れる。


「成瀬には洗われる心もないのかよ・・・・」

「何か言った?」


 苛立ちを隠しもしない成瀬を恐れて、頼来もそそくさと片づけを再開させた。


 一方で、緊張感が解けた深雪はほっと肩を撫で下ろしていた。その様子を見て、成瀬がやれやれと首を振る。


「ま、今のは良かったんじゃないの? その調子で頑張ってね」

「え、何を?」


 深雪が真面目にすっとぼけて首を傾げると、成瀬がこれでもかというほど目を剥いて大口を開ける。


「何をって、大神先輩とのツーショットよツーショットよ!」

「ああっ」


 本日最大の難題を思い出し、深雪は一気に血の気が引いていくのを感じた。


 日路と一緒に写真を撮るタイミングなど、早々ない。どうしようと狼狽えていると、成瀬の盛大な溜息が教室に響く。


「一番のチャンスだったのに、なにやってたんだか」

「うう・・・・・」

「何の話だ?」


 二人のやりとりに、頼来が千太郎に質問を投げる。千太郎が簡潔に事情を説明すると、納得した頼来は「ははー」と軽い笑いを漏らした。


「成瀬も鬼教官だなあ。 ま、三人で仲良く行ってこいよ」

「ダメよ」


 頼来がしみじみと声をかけると、鋭い目つきの成瀬が間髪入れずに反対をしてくる。その反応に怪訝な顔をした頼来が理由と問えば、成瀬はギラリとその視線を千太郎に向けた。


「千太郎は深雪に甘いから、すぐ助け舟出しちゃうんだもん。 今回は一人で頑張るのよね、深雪」

「そんなあ・・・・・」


 逆らうことのできない成瀬の言葉に、深雪は反抗することもできずに絶望した。


 その反応が気に入らなかったのか、成瀬が更に責め立ててくる。


「じゃあ深雪は、大神先輩との写真、欲しくないの?」

「それはっ」


 欲しいに決まっている。


 口には出さなかったが、完全に顔には出ていたようで、勝ち誇った笑みを浮かべる成瀬に完敗した。


「幸運を祈ってるよ」

「うう・・・・・」


 千太郎に小さく背中を押され、深雪は観念して頷いた。







 午後の競技、は二百メートル走の決勝戦からスタートした。


 レースに出ていた日路は、見事全体の三位という結果だった。


 その雄姿を目に焼き付けた深雪は、横からのプレッシャーに冷や汗をかいていた。


「ほら。 先輩、競技終わったわよ」

「そ、そうだね・・・・・」


 今日の成瀬はいつにも増して容赦がない。どっかりと座った椅子が、どういう訳か王座に見えてしまう。


「トイレ行ってきます・・・・・」

「行ってらっしゃい」


 トイレを言い訳に、逃げるようにしてその場を後にしてみたものの、このミッションをどうクリアしようかと深雪は頭を悩ませていた。


 考え事をしていた所為か、周りが良く見えていなかったらしい。


 突然かけられた声に、深雪はびくりと肩を震わせた。


「あれ、立花。 一人で珍しいな」

「!」


 声に振り返れば、そこには競技を終えて応援席に戻る途中の日路がいた。


 突然の登場に、深雪は混乱しながらも必死に言葉を探す。


「あの、二百メートル走、お疲れさまでしたっ」

「ありがと。 三位だったけどな」


 爽やかにお礼を言って笑顔を浮かべる日路は、いつにも増して輝いて見えてしまう。


 すっかり見惚れていると、ふと自分に課せられた指令を思い出した。これはきっと、最大にして最後のチャンス。


 やらなければ、やられてしまう。


「あれ、良いツーショット見っけ!」


 暑さで思考回路が完全にいかれ、妙な戦闘モードになっていると、やけに明るい声が耳に入ってきて、深雪ははっと我に返った。


「頼来」

「吉井先輩っ」


 日路と深雪の二人に名を呼ばれた頼来が、手を振りながらこちらまで歩いてくる。


「深雪ちゃん、うまくいってる?」

「え? ああ、えーっと・・・・」


 ド直球に進捗を聞かれ、深雪は動揺して言い淀んだ。日路を前に言いにくく、うまくもいっていないので更に言いにくい。


 挙動不審気味の深雪をどう思ったのか、頼来がごそごそと自分の体操着のポケットからスマホを取り出した。


「そうだ! 深雪ちゃんには特別にこれを見せてあげよう」


 画面をいじりながらそんなことを言う頼来に、深雪は小首を傾げる。


「何ですか?」

「これ!」


 勢いよく目の前に突き出されたスマホの画面には、玉入れに参加する気だるげな成瀬の姿が映っていた。


「成瀬ちゃんだ」

「深雪ちゃんも撮ってあるよ。 千太郎も、ほら」


 そう言って、頼来が人差し指でスクロールしながら、何枚か写真を見せてくれた。


 綱引きをしている深雪や、千太郎が百メートル走で走っている姿の写真。その他にも、様々な生徒が競技に参加している様子の写真が何枚もあった。


「生徒会のメンバー中心に、体育祭の写真を撮ってるんだよ。 資料とかアルバム様に」


 説明しながら、頼来が日路の方に向く。


「日路にも頼んでるもんな。 良いの撮れてる?」

「撮ってる撮ってる。 俺も立花たちのこと撮ったよ」

「ええ!?」


 同じ様にスマホを取り出した日路の言葉に、深雪が仰天する。


 まさか、自分の写真が日路のスマホにデータとして保存されているというのか。


 その事実に、深雪は色々な意味で眩暈を覚えた。


「よく撮れてんな」

「だろ?」


 日路のスマホの画面を覗きこむ頼来に、日路が良い笑顔で返す。


 深雪はというと、とてもではないが写真を見る勇気など無く、顔を強張らせた。


「悪い、盗撮されたみたいで嫌だよな」

「いいえ! そんなことないですっ」


 深雪の微妙な反応に、さっと顔色を変える日路。深雪は思い切り首を横に振って、必死にフォローの言葉を探した。


 しかし、深雪の貧相な語彙力で気の利いた言葉など浮かぶ筈もなく、気まずい空気が流れてしまう。


 どうしようと深雪が焦っていると、頼来が意味深な笑みを浮かべた。


「はいはい、お二人さん。 生徒会に協力すると思って、写真撮らせてよ」

「!?」


 唐突な展開について行けず、深雪は完全に硬直する。


 そんなことはお構いなしの頼来が、すっとスマホのカメラをこちらに向けてきた。


「はい笑ってー」

「うっ、ああっ」


 有無を言わせない雰囲気に、深雪は焦りながらもなんとか笑顔をつくろうと努力した。


 撮影し終えた頼来が、画面越しに楽しそうな笑みを浮かべる。


「良い感じじゃん。 深雪ちゃん、送ってあげるから連絡先教えて」


 頼来の見事な仕切りに、深雪は流されるようにして自分のスマホを取り出した。


 連絡先の交換を終えた頼来は、更にとんでもないことを進言してくる。


「日路が撮った写真も、深雪ちゃんにあげたら?」

「!?」


 あまりに自然な流れだが、深雪の中では激震が走っていた。


 固まる深雪とは対照的に、日路は何の躊躇いもなく頷く。


「そうだな。 立花、俺にも連絡先教えて」

「はっ、はいっ」


 急展開に頭が付いて行かず、深雪はよく考えずに返事をする。


 連絡先に追加された日路の名前に、深雪は夢なのではないかと本気で疑って、スマホの画面を食い入るように凝視した。


「日路にはついでに、成瀬と千太郎の連絡先送っといてやるよ」

「そんな勝手に・・・・・」


 頼来と日路の会話も耳に入らず、深雪はショート寸前の状態でなんとか自分を保とうと必死になった。


 暫くして、日路が時間を確認して「あっ」と声を上げた。


「そろそろ、リレーの最終練習行ってくるわ」

「俺もそろそろ行くかな」


 日路と頼来が、そろってくるりと踵を返してこちらに手を振ってくる。


「じゃな、立花」

「写真送っとくねー」

「あ、あのっ」


 去っていく二人に呼びかけ、深雪は冷静さをなんとか取り戻して、もう一度心を奮い立たせた。


「・・・・・頑張ってください!」


 絞り出した言葉に、日路は今日一番の笑顔を返してくれた。


「おう、双葉にも負けねーぞ」

「日路ばっか応援されて、ずりー」


 やいやい言いながら歩いていく二人の背を呆然と見送り、その姿が見えなくなった頃、漸く実感が湧いてきた。


 今、自分は日路とのツーショット写真を撮ったのか。


 加えて、連絡先まで交換していなかっただろうか。


「!?」


 夢の様な一時が、今になってじわじわと現実味を帯びてくる。深雪は、改めてスマホを取り出して連絡先を確認した。


 そこには先ほど見た時と変わらず、日路の名前が並んでいた。


「ま、まじか・・・・・」


 震える手でスマホを握り締めていると、頼来からメッセージの着信が入った。


 

 ミッションクリア!おめでとうーー



 メッセージの後に続いて送られてきた写真を確認した深雪は、うっかり昇天しかけた。


 画面の中では、ぎこちないが笑みを浮かべる自分と、爽やかに笑う日路の二人がいる。正真正銘の、完全なるツーショットである。


 深雪はにやけそうになる顔を必死にこらえながら、軽い足取りで応援席へと戻って行った。







「お帰り、深雪。 遅かったわね」


 応援席に戻ると、成瀬がタオルを団扇代わりに振りながら声をかけてきた。


 近くに千太郎の姿が見えず、深雪は成瀬の隣に座ってから、きょろきょろと周りを見回す。


「双葉君は?」

「リレー練習に駆り出された」


 成瀬の返答に、嫌々練習に行った千太郎の姿を思い浮かべて、思わず笑みが零れた。


 トイレに行くと嘯いた数分前とは打って変わり、すっかり余裕な様子の深雪を不思議に思った成瀬が、探る視線を向けてくる。


「で、そろそろ大神先輩と写真は撮れた訳?」

「う、うん・・・・・撮れたよ」


 ぎこちなく答えながら、頼来から送られてきた写真をそのまま成瀬に見せる。


 写真を見た成瀬は、初めとても驚いた顔をしたが、すぐさま真顔に戻った。


「ふーん。 良く撮れてるじゃない」

「えへへ」


 にやけるのを堪えられなくなった深雪に、成瀬が狩人の目つきを向けてきた。


「で、誰に撮ってもらった訳?」

「ええっ」


 ずばりの指摘に、深雪が思わず仰け反る。


 言い訳をしようと言葉を選んで、あたふたとする深雪を見て、成瀬が「全く」と呆れ声を漏らした。


「どうせ頼来でしょ」

「はい・・・・・」


 観念して、成瀬からの続きの説教に身構えていると、意外にも彼女から次の罵倒は飛んでこなかった。


「ま、いい思い出になって良かったんじゃない?」

「!・・・・うんっ」


 成瀬の言う通り、かなり感動的な思い出になった。


 一時はどうなるかと思っていたが、この結果は想像していた以上に嬉しい。


 更に、日路と連絡先を交換できた功績は絶大だ。そのことも成瀬に報告すると、流石に驚きを隠せずにくちをぽかんと開けた。それからすぐに、


「頼来の奴、恩売ってきちゃって。 私に宣戦布告かしら」

「はははっ」


 頼来に対してどこまでも好戦的な成瀬に、深雪は肩を揺らして笑った。


「さ、そろそろ終盤だし。 千太郎の応援でもしてやろうかしらね」

「そうだね」





 体育祭はその後、最後の種目のリレーまで滞りなく終了し、閉会式を迎えた。


 リレーでの千太郎のごぼう抜きもすごかったが、何よりアンカーを走る日路は人一倍輝いて見えた。


 日差しの暑い体育祭。思い出が詰まった一日を、深雪はしっかりと胸に焼き付けた。


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