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そっと恋して、ずっと好き  作者: 朱ウ
そっと恋する一年生編
46/109

特別なランチタイムを

 体育祭の開会式を終え、午前中の競技が順調に進んでいく。


 日焼けを気にして動きの悪い成瀬のフォローをしながら玉入れをしたり、百メートル走に駆り出された千太郎の俊足に感動しながら応援したり、綱引きで勝利してハイタッチをする日路と頼来をこっそり眺めたりと、体育祭を存分に楽しむことができていた。




 そして、遂に運命の時間がやってくる。




「これから一時間昼休憩! 外でも良いし、教室でも良いから昼飯済ませてこーいっ」


 担任の声掛けに、クラスメイト達がわらわらと解散していく。


 三人の中で、いち早く立ち上がったのは成瀬である。


「さっ。 暑いし、さっさと生徒会室に行きましょ」


 汗ひとつ流さずに校舎へと向かう成瀬の背を追いながら、深雪は胸を高鳴らせていた。


 日路とお昼を共にするというだけで恐れ多いというのに、その日路が手作りしてきたお弁当を口にできる特別さは眩暈を覚える程である。


「私と深雪は、午後の競技ないわよね?」

「うん。 双葉君は、混合リレー頑張ってね」

「嫌だって言ったのに・・・・・」


 少しだけ後ろを歩く千太郎が、げっそりとした顔で肩を落とす。


 団体競技のみを希望していた千太郎だったが、運動面において高いポテンシャルを持つ彼のことを、クラスメイトが逃すはずもなく、ほとんど強制的にリレーのメンバーに入れられた次第である。


 対して深雪と成瀬は見事団体競技のみを勝ち取り、午後は応援に専念するのみである。


 恨めしそうにこちらを見下ろしてくる千太郎の視線に気づかぬふりをしながら、半笑いで生徒会室へと向かっていると、その生徒会室が見えてきたところで、教室から頼来が顔を覗かせてきた。


「おっせーぞ、お前らっ」


 早く来いと手招く頼来に、成瀬が舌打ちしたそうに顔を歪めた。ぎりぎりでそれを止めたのは、恐らく頼来の後ろから日路も顔を出してきたからだろう。


「そんなに急がなくても。 準備も終わってるからさ」

「俺が手伝ったんじゃんっ」


 喚く頼来を窘めている日路に、二人のもとまで辿り着いた成瀬が開口一番言い放つ。


「大神先輩。 頼来なんてほっといて、中入りましょ」

「今日なんなんだよ。 いつもの二割り増しぐらいで冷たくない?」

「暑いからじゃないっすか」


 千太郎が、眉根を寄せる頼来へとツッコミを入れながらさっさと生徒会室に入っていく。その後ろを、ため息交じりに成瀬が付いていった。


「俺、一応先輩だかんな、この凸凹コンビ!」


 頼来が怒りながら、更にその後に続いて生徒会室へと入っていく。


 日路と取り残される形となり、深雪は一気に緊張を高まらせた。


 そっと日路の顔を盗み見ようと見上げると、なんと彼と目が合った。


「俺たちも入ろう」

「は、はいっ」


 自分だけに向けられた笑顔。


 体を突き抜けるほどの威力に、深雪は足元がぐらついたのかと思うほどの眩暈を覚えた。


 何とか自分を保ちながら、生徒会室に日路と揃って入室すると、先に入っていた成瀬と千太郎の無言の背中があった。


 どうしたのだろうと、二人の顔を窺う為に回り込んだところで、並べられた机の上のものに目が奪われる。


「うわあ・・・・・」


 思わず深雪の口から感嘆の声が漏れる。


 成瀬と千太郎も、同じ様に感動して目を見開いている様だった。


「どうだ! これが日路の実力だっ」


 何故か頼来が誇らしげに胸を張る。いつもであればすぐさま成瀬から厳しい言葉の銃弾が撃ち込まれるのだが、今回に限っては感動が上回って頼来の戯言など耳にも通さない様だった。


 それもそのはずで、机の上に並べられた“それら”は最早芸術の域に達していた。


「おにぎりにサンドイッチに、から揚げに卵焼き・・・・・あ、シュウマイもあるよ、千太郎」


 成瀬が目につくものを口にしながら千太郎の袖を引く。成瀬としては相当にテンションが上がっている様で、いつもの険がとれた可愛らしい少女の顔をしていた。


 それを見た頼来が、大袈裟に慄く。


「成瀬が可愛いだと? 日路の弁当の威力はんぱねーな」


 余計なこと言いの頼来を軽く睨んだものの、成瀬はすぐさま豪勢なお弁当に視線を移す。


 感動を口にする成瀬とは対照的に、深雪は黙り込んでいた。


 それを心配した日路が、徐に深雪の顔を覗き込む。


「立花、大丈夫か? 暑くて体調悪い?」

「いいえ! 絶好調ですっ」


 全力で否定しながら、深雪は高鳴る胸を両手で押さえつけた。


 目の前に並んでいるのは、憧れの人が手作りしたお弁当。しかもそのクオリティが、最早学生のお弁当の域を超えていた。


 日路の手作りというだけで心躍らせていたのだが、この出来は想像の遥か上をいっており、言葉を発することさえできない。


 しかも、しっかり皆のリクエストに応えているあたり、天晴としか言いようがないだろう。


「すご」


 短く賞賛の声を上げた千太郎が、早速ラップに包まれたおにぎりを手に取る。


「のりもあるぞ、双葉」


 別で持ってきていたらしいのりを差し出す日路の姿は、まるで母親のそれである。


「あ、オレ、のりいらない派なので」

「そんな派閥あんのかよっ。 俺は頂戴!」


 豪快にかぶりつく千太郎に突っ込みながら、頼来が日路からのりを受け取る。


「座って食べなさいよね。 行儀悪い」


 眉間に皺を寄せながら椅子に座る成瀬に倣って、全員が一先ず椅子に腰を下ろす。


 早くも二つ目のおにぎりに手を出す千太郎に、のりが上手く巻けずに悪戦苦闘する頼来と、その隣でサンドイッチを手にする成瀬。


 深雪はというと、まずは目に焼き付けていた。


 いろどりまで考えられた内容は、五人分ということもあり、かなりの量となっている。作るのも持って来るのも、相当大変だったに違いない。


 それに何より、


「こんなに沢山・・・・・材料費払いますっ」


 下宿学生が揃えるには、あまりに費用がかかっている気がする。深雪は感動しつつも青い顔で日路にそう訴えた。


 成瀬と千太郎も、同じことを思っていたようで深雪に同意を示したのだが、当の日路はゆっくりと首を横に振る


「それはホントにいらないから」


 やんわりと断ろうとする日路に、それでもと食い下がろうとする深雪たちだったが、日路が更に言葉を続けてきた。


「実はこの話を姉にしたら、なんか俺より気合が入ったみたいで、全部材料買ってくれたんだよ」


 内緒話をする様に笑う日路が、いつもと違う無邪気な“弟”の雰囲気を醸し出す。


 そんな急なギャップを出してくるなんて、ずる過ぎる。


「日路の姉ちゃん、料理人なんだぜ」


 頼来が捕捉してくれたことで、深雪の妄想力が発揮された。


 料理人の日路の姉。想像するだけで格好いい。


「大神先輩って、お姉さんもいるんですね」

「スペック高そうなキョウダイっすね」


 深雪は以前、蓮季から姉の存在を聞いていたが、初知りとなった成瀬と千太郎が揃って腕を組んで唸る。


 恐らく、頭の中では深雪と同じような妄想が広がっていることであろう。


 この妄想をもっと精度の高いものにしようと、深雪は思い切って質問をぶつけてみる。


「やっぱりお姉さんも美人なんですか?」

「美人かどうかはわからないけど・・・・・顔は蓮季と似てるかな」

「ああ、想像できます」


 一年生組三人が、日路の姉を思い浮かべる。成瀬が即答した通り、蓮季をベースにすれば、想像するのは容易かった。


「まあとにかく、食べるのに遠慮はいらないってことだな。 日路、焼きそばは?」

「お前はちょっと、遠慮しろよ」


 いけしゃあしゃあと言ってくる頼来に文句を垂らしながらも、まんざらでもない顔で日路が焼きそばを頼来に差し出す。


 成瀬と千太郎も食事を再開させ、深雪一人だけがどれにも手を付けられずにいた。


「はい、立花」

「!」


 気後れしていた深雪の目の前に、卵焼きが載った紙皿が差し出される。


 反射的にそれを両手で受け取った深雪は、こちらに神々しいまでの笑みを向ける日路に完全に胸を貫かれた。


「立花、卵焼きが良いって言ってたから。 ちゃんと甘いのにしといたからな」

「っ━━━━あ、ありがとうございます・・・・・」


 深雪は今日が自分の命日なのではないかと本気で疑った。


 こんな奇跡の様な事が起きていいのだろうかと、何に感謝すれば良いかもわからずにとりあえず心の中でやたらに「ありがとう」を連発しておく。


「俺はだし巻きがいい。 どれがだし巻き?」

「その辺にあるだろ」

「日路まで冷たくなっちゃったじゃんー」


 頼来と日路のやり取りが遠くに聞こえる。


 深雪はこの感動を噛み締めながら、ゆっくりと卵焼きを口にした。


 ふわりとした触感に、優しい甘みを纏った卵焼き。


 恐らく、人生で一番美味しい卵焼きだったと思う。

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