つまらない恋バナ
後輩にお弁当を作っていくと約束をした体育祭を、翌日に控えた日の放課後。
日路は、生徒会室に向かおうとしていた頼来を呼び止めた。
「頼来、明日なんだけどさ」
「ん? なになに、日路ちゃん」
明らかにからかうような口調の頼来が、にこにこしながらこちらに近づいてくる。
日路はそこへ、更に笑顔を被せて言葉を続けた。
「お願いがあるんだけど」
「え、なんか怖っ。 断って良い?」
意味深な笑みを浮かべる幼馴染に、急に態度を変えてその場を去ろうとする頼来の腕を、日路ががっちりと捕まえて離さない。
逃れられないと悟った頼来は、「で、何よ」と諦めて肩を落として先を促した。
「明日お弁当持って来るんだけどさ、結構な量になりそうで。 荷物持ちお願いしたいから、家寄ってくれない?」
「ええー」
日路のお願いに、頼来は一度は嫌そうにしたものの、一拍おいて何かを閃いた様ににやりと笑みを浮かべた。
「じゃあさ、俺は俺で生徒会として明日早く来なきゃだから、今日日路ん家泊って良い?」
急にはしゃぎだした頼来の言い分と提案に、日路も納得して頷く。
「いいよ。 晩飯食べるか?」
「よっしゃ! 一旦家帰るから、また連絡するわ。 部活がんばー」
先程までの態度が嘘の様に、頼来が足取りよく教室を出ていく。親友の変わり身の早さに苦笑を漏らしつつ、日路も部活へと向かった。
部活を終えた日路は、自転車で十五分程かけて下宿先のアパートへと帰宅した。
「ただいま」
日路は部屋の奥に人の気配を感じてリビングを覗くと、先に帰宅していた弟の蓮季が、水の入ったコップを片手に「お帰り」と返してきた。
「今日、頼来泊まりくるから」
荷物を自分の部屋に運びながら、簡単に経緯を説明すると、蓮季は快く承諾してくれた。
「そうなんだ。久々じゃない?」
「ほんと仲良いね」と続けて笑う蓮季につられて、日路も笑う。
暫くして、着替えを済ませた頼来が荷物を持ってアパートにやってきた。
「おっじゃましま~す」
慣れた様子でリビングに入ってきた頼来を、蓮季が美術級の笑みで出迎える。
「いらっしゃい」
「お、蓮季じゃん。 久しぶり」
幼馴染の弟である蓮季は、頼来にとっても弟のような存在である。
「相変わらず、落ち着く声してんぁ。 成瀬が信者になってたぞ」
「ああ、成瀬さん。 立花さんと双葉君もだけど、皆楽しい人たちだよね」
ここにはいない後輩三人を思い浮かべ、日路と頼来も同意して頷く。
それから、一時間後には塾に行くと言う蓮季を交えて、雑談が始まった。
初めのうちは、昔話を面白おかしく話し合っていたが、やがて頼来が大きく話題の軸を変えてきた。
「なあなあ、恋バナしよーぜー」
「またなんか言い出したよ・・・・」
唐突な提案に、日路が怪訝な顔をする。それにも構わず、頼来が「恋バナ恋バナ」と騒ぐので、呆れた日路がため息とともに立ち上がった。
「俺、晩御飯の準備するから。 蓮季、相手を宜しく」
「ははは」
肩を叩かれて一任された蓮季は、苦笑いをしながらも頼来の恋バナに付き合う。
「蓮季の好きなタイプは? どんな子よ」
恋バナをする相手を確保できた頼来は、前のめりに蓮季に詰め寄った。
無理やり突き合せられる羽目になった蓮季が、律儀に悩む素振りを見せる。
「うーん。 難しいなあ」
「じゃあじゃあ、髪型は? 俺はロングが好きっ」
頼来がありきたりな質問をすれば、蓮季は漸くゆっくりと口を開いた。
「長い髪を結ってるの、可愛いよね。 でも短い髪を、お洒落に揃えてるのも可愛いと思う」
「なんだよ、その正解の答えみたいなのー」
頼来は、蓮季の当たり障りのない回答が詰まらなかったらしく、それから矢継ぎ早に質問を投げていく。
「料理ができるのは、ポイント高いよな?」
「上手じゃなくても、自分の為に作ってくれたら、それだけで嬉しいよ」
「趣味は一緒の方が、楽しめるじゃん?」
「そうだね。 でも、違う趣味だったら、それはそれで新しいことを知れるかもしれないね」
「好きなのは、可愛い系? 綺麗系?」
「どっちも素敵だよ」
全ての質問に天使の微笑みで答える蓮季に、遂に頼来が根負けして項垂れた。
「良い回答の仕方を聞いてるんじゃないんだぞー」
「そう言われてもなあ」
頼来がむくれていると、キッチンから日路が顔を出してきた。
「そういう話は、する相手を選べってことだよ」
真っ当な指摘に、頼来の頬が更に膨れる。
「じゃあ日路ちゃんしようよぅ、恋バナっ」
「しません」
冷たく返してキッチンに戻る日路を追って、今度は頼来がキッチンに顔を出す。
「日路はさあ、好きな子いないわけ?」
「恋バナしないって言ってるだろ」
しつこい頼来を軽くいなしながら、手際良く調理を進めていく。
その手元を見つめ、ふと頼来は思ったことを口にしかける。
「ぶっちゃけさ、日路って・・・・」
「深雪ちゃんのことどう思ってるの?」と言いかけて、すんでのところで口を閉ざした。
余計なことを言ってかき乱せば、成瀬に鬼の金棒で滅多打ちにされることが目に見えている。その様子をリアルに想像した頼来は、ふっと息を吐き出した。
言いかけてやめた頼来が気になったのか、日路が手を止めてこちらを振り返ってくる。
「ん?」
「・・・・・いや、なんでもないや」
誤魔化すようにして、そのままさらりと話題を変える。
「それより、晩飯! なんか手伝うよ」
わざとらしい話の転換に、日路は気づかなかったのか、気づかぬふりをしたのか、特に突っ込んでくることはせずに調理を再開させた。
「じゃあ、風呂掃除してもらおうかな」
「料理じゃ無ぇのかよ・・・・・」
文句を言いながらも、風呂場に向かう頼来と入れ違いで、蓮季がキッチンにやって来て、冷蔵庫から水のペットボトルを取り出した。
そろそろ塾に行く時間らしく、肩にはトートバッグを提げている。
「日路」
「何だ?」
てっきり「行ってきます」と言うのかと思っていたのだが、蓮季は少し間を空けてからにこりと微笑んだ。
「明日、立花さんたち喜んでくれると良いね。 お弁当」
「ああ、そうだな」
答えながら、明日のことを想像してみる。
自分が手作りしたお弁当を、皆で楽しく食べることができたら、そんなに嬉しいことはないだろう。




