一人勝ち
「大神先輩!」
恐らく、部活へと向かおうとしていた日路を、先頭を切っていた成瀬が呼び止める。
ゆっくりと振り返った日路は、成瀬たちの姿を視界に捉えると、笑顔で迎えてくれた。
「どうしたんだ? 三人揃って」
「俺もいるよー」
手を振る頼来のことは都合よく無視した日路が、更に言葉を続ける。
「頼来にからまれてたのか」
「そうです」
「ちょっと! 日路も成瀬も酷くない!?」
むくれる頼来に冷たい視線を送りながら、成瀬はこほんと一つ咳払いをして本題に入ろうと出方を窺う。
その横で、千太郎が単刀直入に低いテンションで話題を持ちかけた。
「もうすぐ、体育祭だなって話をしてたんです」
いきなり体育祭の話をし始めた千太郎に、深雪は驚いてその顔を見上げた。
成瀬と同じく、面倒くさがりやな彼だが、ずばっと本題を振ることのできる度胸を持ち合わせている。恐らく、本人は早く終わらせたいだけなのだろうが。
千太郎から体育祭の話題を持ちかけられ、日路が何かを思い出した様に手を叩いた。
「体育祭っていえば・・・・・」
「!」
その場の全員の視線が日路に向く。期待と不安の入り混じる視線を一挙に浴びながら、日路が続く言葉を発する。
「三人は何の競技に出るんだ?」
「・・・・・明日のHRで決まります」
純粋な質問に、拍子抜けしながら成瀬が単調に答える。他の三人も、表情こそ変えなかったが、明らかにがっかりとした雰囲気が漂う。
そんな中、深雪はふと、体育祭で活躍する日路を想像した。
運動神経が良いであろう日路が競技に挑む姿は、頭に浮かべるだけで思わず顔がにやけてしまいそうになる。
「・・・・・大神先輩は、何に出るんですか?」
ほとんど下心からきた質問だったが、深雪の自然な質問に、成瀬と千太郎が驚いた様にそろって首をぐるりとこちらに向けてきた。
その視線に、嫌に緊張が高まる。
「日路は綱引きと二百メートルと、男女混合リレーだよな」
「何で頼来が答えんのよ」
空気が読めているのかいないのか、よくわからないタイミングで頼来が割って入るので、成瀬が素で咎める。しかし、頼来としてはどこ吹く風だ。
「ちなみに俺は、綱引きと玉入れと長縄な」
「団体競技ばっかっすね」
聞いていないことを答える頼来に、千太郎が低い調子でつっこみを入れた。頼来は面白くなさそうに口を尖らせながら「だってさぁ」と駄々っ子のように言い訳を述べる。
「生徒会の方で抜けること多いし、万が一出られなくても、代わりが利くやつにしたんだよ」
理由を聞けば納得なのだが、頼来が言うと何故か気に障る様で、成瀬の小さな舌打ちが響いた。
「オレも団体競技がいいです」
千太郎は千太郎で、楽をしたいがために頼来にのっかる。やる気のない千太郎に、日路が苦笑いを浮かべた。
「双葉は足が長いし、リレーとか出ないのか?」
褒め言葉を混ぜた日路の提案にも、千太郎は渋い顔で顔を横に振る。その反応を見ながら、隣で頼来が成瀬に向いた。
「成瀬はどうせ、玉入れだろ。 汗かくの嫌そうだもんな」
「まあ、そうね」
日路は、珍しく頼来の言葉に素直に頷く成瀬に目を丸くし、それからいつもの爽やかな笑みを浮かべた。
「三人とも、競技決まったら教えろよ。 学年は違うけど、三人のことは応援しとくよ」
後光の差す日路から、深雪は思わず目線を逸らした。直視しては、その輝かしさに目が焼かれてしまう気がした。
「それで、体育祭の日なんですけど・・・・」
「あ! 大神!」
気を取り直した成瀬が、話の軌道修正を図ったところで、輪の外から日路が呼びかけられる。
「部活遅れるぞ! 早くっ」
「ああ、今行くよ」
剣道部員に急かされ、日路が体の向きを変えた。まずい、行ってしまうと思うも、部活に行くのを遅らせてまで聞くべきことでもないとも思い、呼び止めることができない。
「じゃ、またな」
「あっ、さよなら・・・・・」
小さく右手を上げて去っていこうとする日路に、遂に聞きたいことを聞けずに送り出す。
流石の成瀬も強行することはできなかったらしく、苦い顔で腕を組んだ。
「あーあ。 せっかくここまで来たのに。つまんないの」
溜息を吐く成瀬に、千太郎が欠伸を噛み殺しながら声をかける。
「まあ、賭けはもともと成立してなかったし」
「なーんだ、全員そっちに賭けてたわけな」
「・・・・・」
漸く賭けの状況を理解して、からからと笑う頼来を他所に、深雪は消化できなかった何かが胸で燻る感覚に少しだけ肩を落とした。
一同諦めモードに入ったその時、
「あ! そうだ」
「「!!」」
廊下の向こうで、日路が声を上げてこちらを振り返った。深雪をはじめとした四人は、驚いて声もなく日路の続く言葉を待った。
「体育祭の日はお弁当持っていくから、好き嫌いあったら先に教えろよー!」
「「!!!」」
それだけ言い残すと、日路は今度こそ剣道場に向かって廊下の奥へと消えた。
静まり返った四人の空気。一拍おいて、千太郎がううんと唸った。
「恐るべし、大神先輩」
「爽やかに去っていったなー」
日路の姿が消えた方向へと視線を送りながら、頼来も同じ様に唸る。
深雪はというと、あまりの感動に逆に反応が薄くなった。呆然と立ち尽くしていると、耳元で成瀬が囁いてきた。
「良かったわね、深雪」
「う、うん」
賭けは多分、日路の一人勝ちだと思った。




