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そっと恋して、ずっと好き  作者: 朱ウ
そっと恋する一年生編
40/109

賭けにならない

「そういや、そんな話してたな」


 成瀬の言う“約束”を思い出し、千太郎が欠伸交じりに机に伏せながら反応する。


 やる気のない様子に、成瀬から何度目かになる深いため息が漏れた。


「忘れるなんて、信じられない」

「ははは・・・・・」


 千太郎と同じ様にすっかり記憶の底に眠らせていてしまっていた深雪は、引き攣った顔で笑うことしかできない。


 しかし、言い訳するわけではないが、このところはいろいろなことがあってそれどころではなかったし、もっというと、あの日の約束は冗談なのではないかとどこかで思っていてしまっていた所為もあるのだ。それを口にすれば、成瀬から更なる追撃を受けること間違いなしの為、言うことはしないが。


 机に突っ伏して、そのまま居眠りでもするのかと思っていた千太郎が、ふと何かを思って顔を上げた。


「でもさ、大神先輩が覚えてなかったらどうすんだよ」

「・・・・・」


 真っ当な千太郎の疑問に、深雪と成瀬は黙り込む。


 確かに、約束を取り付けた側でさえ、この記憶力。頼まれた側の日路が、あの日どういった心境でお願いを快諾してくれたかはわからないが、覚えているかどうかは微妙かもしれない。期待しているわけではないが、覚えていなかったらと思うと少しだけ怖い。


 だが、それよりなにより深雪には、これから成瀬がしてくるだろう提案の方が怖かった。


 少しの間黙っていた成瀬が、お得意の笑みを浮かべる。


「いいわ。 確かめに行きましょ」

「言うと思ったよ・・・・・」


 いつも通りの成瀬の言葉に、深雪はがっくりと肩を落とす。


 最近知ったことだが、成瀬は結構行動派であったらしい。知り合ったばかりの頃は面倒くさがり屋だと思っていたのだが、場合によってはかなり気合を入れてくる。


 更に、面白いことを求めてくるところが厄介だ。


「どうせなら、賭けましょうか」


 身を乗り出す成瀬に、深雪は眉を顰めて首を傾げた。


「え、賭け?」

「そう。 大神先輩が、約束を覚えているかいないかの賭け」


 賭けを持ちかける成瀬は楽し気で、その笑顔は世の人類全てが心を奪われてしまうくらいに愛らしい。詐欺だと思うも、うっかりしていると本当に見とれてしまう。


 深雪が一人で呆けていると、成瀬が早速賭け事を進めていく。


「じゃあ、約束を覚えていると思う人、挙手」


 その言葉に、深雪はふと我に返って、反射的に右手を上げた。


 日路が覚えているという確証はないが、覚えていて欲しいという願望がちらついた。それに、初めて駐輪場で会った時のことを覚えていたという実績もある。


 意を決した深雪は、他の二人を見渡した。


「・・・・・皆一緒だね」


 見れば、成瀬と千太郎もしれっと右手を上げていた。


「大神先輩じゃ、賭けになんねーな」

「つまんないの」


 勝手に賭けておいて、その結果に成瀬は口を尖らせた。確かに、これは賭けになる様な案件ではなかったらしい。


 始業を告げるチャイムが鳴り、賭けは結局お流れになった。





 つつがなく一日を過ごしていた深雪だったが、放課後になってすぐに成瀬が立ち上がって、自分と深雪の鞄を持ち出した。


「ほら、行くわよ深雪」

「ま、待ってよ成瀬ちゃんっ」


 勝手に他人の鞄を持って教室を出ていく成瀬の後を、深雪は仕方なく追いかける。


 千太郎が気配を消して逃れようとしていたので、「双葉君も行くんだよ!」と肩を軽く叩いて急かした。


「立花、最近羽澄に似てきたな・・・・」


 うんざりとしながらも、双葉はゆっくりと立ち上がって深雪と同じく成瀬の背を追いかけた。





 放課後の賑わう廊下の合間を縫いながら、三人は二年の教室を目指す。


 日路のクラスの近くまで来たところで、成瀬がきょろきょろと当たりを見渡した。


「この時間、人多くて困るのよね。 大神先輩どこかなー」

「・・・・・頼来サン探せば、見つかるんじゃないの?」


 何故かどこか含みを持たせた千太郎の口ぶりに、成瀬はくわっと目を剥いて睨みつけた。


数秒、二人の視線のぶつかり合いが発生したが、深雪はそれに気づかずに日路を探し、やがて「あっ」と声を上げた。


「いたよ、大神先輩。 吉井先輩は・・・・・あれ、いないね」


 教室の出入り口付近で日路を見つけたが、いつもセットかと思うほどに一緒にいる頼来の姿は彼の傍に居ない。


 そのことに、成瀬が実に微妙な表情を浮かべながら一つ咳ばらいをした。


 そして、堂々と日路へと近寄っていき、声をかけようと口を上げたその時。


「あれ、成瀬じゃん。 千太郎と深雪ちゃんも、どしたん?」

「「!」」


 背後からの声掛けに、深雪は勿論、珍しく成瀬もびくっと体を震わせた。


 声に振り向けば、手をひらひらと振ってくる頼来が立っている。


 この前会った時とは違う、いつもの元気そうな姿に、深雪はほっとした。成瀬とはというと、頼来の登場に目を虚ろにさせている。


「別に、頼来に用なんてないけど」

「最近の成瀬、マジで氷のように冷たいんだけど」

「頼来サンて、間が悪いんすよ」


 微妙なフォローをした千太郎が、ついでにここまで来た理由を簡潔に説明する。


 すると、頼来もすっかりそんな約束は記憶から欠落していたようで、そういえばそんな話をしていたなと頭を搔いた。


「あー、何かそんな話してたな。 忘れてたわ」


 千太郎と同じような反応をする頼来に、成瀬は瞬間的に目にきらりと光りを灯らせた。


「今賭けしてるんだけど。 頼来はどう?大神先輩、覚えてると思う?」


 突如復活した賭けに、深雪は顔を引き攣らせた。ここで頼来が覚えていない方に賭ければ、賭けは成立。成瀬の期待値が一気に高まったようであった。


 知らず知らずのうちに期待を一身に背負った頼来は、意気揚々と断言する。


「そりゃ勿論! 覚えてるだろ! 日路だからなっ」

「・・・・・」


 自信満々に頷く頼来だったが、それを聞いた成瀬はというと、一瞬でその顔から表情を引き上げ、くるりと頼来に背を向けた。


「え、なんだよその反応は」


 訝しんだ頼来に、成瀬は背を向けたまま、やれやれと首を左右に振る。


「いや、大神先輩って、つくづく賭けに向かない人だなって」


 小さくため息を吐いた成瀬の横で、深雪は苦く笑うことしかできない。頼来は要領を得ないようで、成瀬に更に問いかける。


「え、どういう意味だ?」

「そんなことより、早く本人に聞きに行きましょ」


 すっかり賭け事に冷めた様子の成瀬が、再び日路の元へと歩みを再開させる。


 その背中越しに見える日路を見つめながら、深雪は心拍数を上げていた。


 果たして、日路は覚えているのだろうか。

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