会いに行ってみた2
部活へと向かう日路を無言で見送りながら、目を細めた成瀬が尋ねてきた。
「大神先輩って、何部なの?」
「剣道部!」
実際は頼来に投げ掛けられた問いだったのだが、深雪は自分に聞かれたと勘違いして即答した。虚を突かれた様子の成瀬と頼来の様子を見て、漸く自身の過ちに気が付き頭が沸騰する。
「わ、わ、何でもない! ごめんっ」
「わかったから、落ち着いて」
動揺する深雪を、成瀬が冷静に宥める。一連のやりとりを見て、敏い頼来は納得したように深く頷いた。
「成瀬がわざわざ俺に会いに来るなんて、変だと思ったんだよな」
「何で私が、頼来に会いになんて来なきゃいけないのよ」
辛辣に言ってのける成瀬に傷ついた様子もなく、いつものことだと笑う頼来と、深雪の視線が交わる。それから、柔らかく微笑みかけられた。
「日路はちょっと、鈍感なところあるからな。 がんばれよっ」
「え、いや、そんな私なんて・・・・・」
会って数分で、日路への恋心を見破られ、深雪は更に動揺して俯いた。逆に成瀬は開き直った様で、更に横柄な口を利く。
「頑張れってことは大神先輩、彼女いないの?」
「いないよ。 俺もだけど」
「頼来がいないのは知ってる」
二人の会話を聞いて、深雪は少しだけほっとした。あれだけ格好良くて人気者なら、彼女がいてもおかしくないと思っていたので、こうして「いない」という事実を知るだけで、心の靄が晴れる。だからといって、日路とどうこうなりたいということもないのだが。
今は、その姿を見ることができるだけで幸せだ。
「本当にいないの? 頼来が知らないだけなんじゃん?」
「なんてこと言うの・・・・・」
頼来が、今度は少しだけ傷ついた顔をする。しかし成瀬の言う通り、あれだけのモテポテンシャルを持った日路に、彼女がいないというのは、嬉しさもあるが、違和感が残る。一気に崖の先に立たされた気分になった。
不安そうな深雪と、疑う成瀬に、頼来は「わかってないな」と肩を竦めた。
「あいつは文武両道に生きてるから。 剣道が恋人、勉強が友達っ」
説得力があるようで、全くない頼来の言い分に、成瀬が白い眼を向ける。
「頼来って、ホントに大神先輩と友達なんだよね?」
「まじで泣くぞ!」
猜疑にまみれた視線に、頼来が噛みつく。それから、助けを求めて千太郎の腕に縋った。
「千太郎からもなんか言ってくれよぉ」
「ちょっと、千太郎を仲間に引き込まないでよ」
「・・・・・オレを巻き込まないで」
心底疲れた表情の千太郎を気の毒に思いながらも、深雪は日路の彼女の存在有無について考えていた。頼来の言うことを信じたいが、成瀬が言うことも可能性が無くはない。直接聞かない限り、真実はわからない訳だが、当然本人に聞くことなどできそうもない。
しかし、そこは流石友人の頼来。胸を張って意気込みをみせた。
「んじゃ、今度本人に聞いてみようぜ!」
「それで、頼来に事実を言ってくれるかどうかは、微妙だけどね」
「・・・・・羽澄、それぐらいにしといたげて」
頼来に対して異常な冷たさを見せる成瀬を、千太郎が控えめに諫める。
あれよあれよという間に進んでいく、目の前で交わされる会話に、深雪は眩暈を覚えながら、なんとか口を挟んだ。
「わ、私たちもそろそろ部活行こう」
「部活って、三人とも同じなの?」
頼来が興味津々に聞いてくるので、深雪はのけ反りながらも数回頷いて答える。
「はい。 園芸部です」
「え!? 千太郎お前、その体格で園芸部!?」
驚愕の声を上げる頼来の発言は、ごもっともである。誰も千太郎を見て、園芸部であるとは思わないであろう。実際、四月の部活勧誘の際は凄まじく、脚色なしで運動部の二、三年生に追いかけられていた。
恵まれた体格を持ち、運動神経が悪いわけでもない千太郎が、園芸部を選んだ理由は一つである。
「成瀬が園芸部入るって言うから」
「お前らは仲良しさんか・・・・・」
千太郎の言い分に、頼来が項垂れながらツッコミを入れる。とんだ色ボケカップルの話に聞こえるが、これで付き合っていないというのだから、恋愛というのはよくわからない。
頼来があまりに呆れかえるので、成瀬がめんどうくさそうにフォローを入れる。
「でも千太郎、助っ人で呼ばれれば行ってるわよ」
「才能の持ち腐れだろっ」
「あの・・・・・そろそろホントに行かないと・・・・・」
永遠に続きそうなやり取りに、深雪としては最大限の勇気を振り絞って声を上げる。成瀬も、日路のいないこの状況で、話を延ばしても仕方がないと気が付いたのか、あっさりと踵を返して、頼来に向かって適当に手を振った。
「じゃあね。 私たち、頼来と違って忙しいから」
「俺だって、生徒会活動あるっての」
食いかかってくる頼来の声を背中で受けながら、成瀬がどんどん歩いていくので、深雪は軽く頼来に頭を下げ、速足でその背を追いかけた。
「吉井先輩って、生徒会役員なんだ」
「頼来が生徒会とか、何の冗談よって感じよね」
「成瀬ちゃん、先輩にはより厳しいんだね・・・・・」
成瀬の容赦ない発言に、深雪は苦笑いを漏らした。




