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そっと恋して、ずっと好き  作者: 朱ウ
そっと恋する一年生編
39/109

あの日の約束

 夏休み、日路にお弁当を届けるという一世一代のミッションをクリアした日のことである。




「好きなの選んで」


 学校の敷地内にある自動販売機の前で、日路が小銭を投入しながらこちらを振り返る。


 一番に身を乗り出したのは頼来である。


「えーっと、俺はねー」


 しゃしゃり出る頼来に向かって、日路の白い目が向く。


「頼来は自腹だって言ってるだろ」

「いいじゃんよぉ」


 頼来が文句を垂れてむくれていると、隣で腕を組む成瀬が小さく舌打ちを打つ。


「邪魔者は下がってなさいよ」

「成瀬サンってば辛辣すぎ・・・・」


 暑さに機嫌を悪くしていた成瀬に撃沈され、頼来はがっくりと肩を落とす。


 最早お馴染みの展開に、深雪は控えめに笑いを漏らした。


「皆、何が良い?」


 仕切り直して大神が、一年生三人にお伺いを立てる。


 憧れの人にジュースを奢ってもらうなど、恐れ多過ぎて深雪は声を上げることができずに、成瀬と千太郎へと視線を向けた。


 少しの間の後、成瀬がすっと日路の前に立つ。


「大神先輩。 私、ジュースはいらないので、先輩にお願いがあるんですけど」

「成瀬がお願い? 何だ?」


 唐突な成瀬の申し出に、日路が大きく目を見開いて先を促した。


 傍らで深雪も首を傾げながら、成瀬の言葉を待つ。


 成瀬は、お得意の不敵な笑みを浮かべて、とんでもないことを言い出した。


「体育祭の日、先輩にお弁当作ってきて欲しいです」

「お弁当!?」


 成瀬の要望に、驚きの声を上げたのは深雪である。


 確かに先刻、成瀬が冗談交じりにそんな話をしていたが、ここに来て本気モードに切り替えてきたらしい。


 驚愕して口を開けたままの深雪とは対照的に、強請られた日路は驚きつつも笑って頷いた。


「それは全然良いけど。 そんなに食べたいか?」

「食べたいです。 ねえ、深雪?」

「え? あ、はい!」


 急に話を振られ、深雪は反射的に何度も頷く。


 持ち前の妄想力で、日路がお弁当を作る姿を想像してみる。一瞬で悩殺されるレベルの事態だ。


 深雪が早々に胸を高鳴らせていると、面白がった頼来が便乗して大きく手を挙げる。


「俺も俺も! 日路ちゃん作って来てー」

「いいけどさ・・・・」


 ハイテンションの頼来に、日路のやる気が若干くじかれる。


 しかし、気を取り直して一年生組に向き直った。


「何作ってこようか?」

「リクエストありっすか」


 千太郎は乗り気な日路の問いかけに、感嘆の声を上げて思案した。その隣で、成瀬も考える素振りを見せる。


 先頭を切って回答したのは頼来である。


「俺、焼きそば!」

「どんだけ焼きそば好きなんだよ」


 夏祭りの屋台巡りを思い出した日路のツッコミが炸裂した後、千太郎が無表情で手を挙げる。


「オレはシュウマイが良いです」

「私はサンドイッチで」

「ええー!弁当って言ったらおにぎりだろっ」


 成瀬と頼来との間で、くだらない小競り合いが始まった。例の如く挟まれる形となった千太郎が、げっそりとした顔でため息を吐く。


 深雪がその様子に苦笑していると、大神が徐に話の矛先を向けてきた。


「立花は? 何が好き?」

「え、ええっと・・・・」


 大神に「何が好きか」と聞かれれば、胸中では「先輩です!」と即答したが、流石に理性がそれを制止する。深雪は、正常な自身の理性に感謝した。


 頭をフル回転させて、最善の回答を導き出す。


「た、卵焼き・・・・・甘いのが・・・・・」

「砂糖の方ね。 うまいよな」


 自然に話を合わせてくれる日路は、やはり底抜けに優しい。


 深雪が一人で感動していると、頼来が更に要望を述べてきた。


「だし巻きも作ってよ」

「いいけど、図々しいな」


 恐らくずっと思っていただろうことを、遂に日路が口にする。そこからは日路と頼来、更には千太郎を含んで、お弁当のおかずの話で盛り上がっていく。


 そんな男子三人を他所に、成瀬が小さく深雪に耳打ちしてきた。


「良かったわね、深雪」

「う、うん」


 深雪は細かく頷いて成瀬に感謝した。彼女のおかげで、憧れの人にお弁当を作ってもらえるという夢の様な約束をすることができた。


 嬉しさを隠し切れない深雪に、成瀬が意地悪な表所を浮かべる。


「大神先輩に、何が好きかって聞かれて『先輩のことが好きです』って言っちゃうんじゃないかと思ったわよ」

「い、言わないよ!」


 心を読まれたようで、深雪は必要以上に大きな声で否定した。


 急に大声を上げた深雪に、それまでお弁当談義をしていた日路たちがきょとんとした顔でこちらを見つめてきた。


「どうかしたか?」


 日路に真摯に心配され、深雪は恥ずかしさのあまり赤くなる顔を、咄嗟に俯かせた。


「深雪ちゃん怒らせんなよ、成瀬ー」

「頼来うっさい」


 頼来の茶々を、成瀬がバッサリと切り捨てる。「酷い」と零して肩を竦めた頼来だったが、気持ちを切り替えて日路の背をばしばしと叩いた。


「まあ、とりあえず体育祭のお弁当は任せたぞ、日路」


 続けて千太郎と成瀬が「お願いしまーす」とハモるものだから、一人出遅れた深雪は慌てて頭を下げる。


「えっと、お願いします」

「おう、任せとけ」


 目を線にしてはにかむ日路は眩しすぎだ。


 深雪はその神々しさをずっと見ていることができず、思わず視線を逸らして目を保護した。

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