君想う~secret編~
素直になれない、自分の愚かさは理解している。
深雪を連れて、初めて日路に会いに行った日。
「あー、大神君っ。 明日みんなでカラオケ行くんだけど、行かない?」
「明日も部活だからなあ」
「俺が代わりに行こうか?」
軽く誘いに乗ろうとする頼来に、成瀬は眉間に薄く皺を寄せた。
━━━━他の人の誘いに、そんなに軽々しく乗らないでよ。
購買部まで、頼来と日路を探しに行った時だって。
「頼来はっけーんっ」
「見つけるの上手だね・・・・・」
━━━━好きな人は輝いて見えるから、すぐ見つかるの。深雪だってそうでしょ?
テスト最終日に、剣道場を覗きに行って頼来と会った時には、地味に傷ついた。
「ほんと、仲いいんだなぁ。 成瀬の保護者としては、嬉しい限りだ」
「保護者とかウザいんだけど」
━━━━どうしていつも、子ども扱いなの。
翼蘭祭の時は、どうしようもなく苛立った。
「成瀬ちゃんて、本当に吉井先輩のことをこう、目の敵にしてるというか」
「なんか、ムカつくじゃない。 人気者の頼来とか」
━━━━皆の頼来なんて大嫌い。
「仕事のくせにいちゃついちゃって、ばっかみたい」
━━━━知らない人と、何でそんなに楽しそうなのよ。
夏祭りは、深雪の為のイベントのはずが、妙に気恥ずかしい思いをした。
「やっぱ、来て良かったわー。 女子の浴衣最高っ」
「頼来、おっさんみたい」
━━━━それより、嘘でも「可愛い」って言ってほしいのに。
「かき氷! ブルーハワイだぜ」
「・・・・・」
━━━━無邪気な顔して、不意を突くなんて狡い。顔色を変えないでいるのに必死だった。
こんな風に思っているなんて、知らないでしょ?
頼来に捨て台詞を吐いた日の放課後。
成瀬は、職員室に用事を済ませに行った千太郎を教室の自分の席で待っていた。
クラスメイトは既に部活や帰路に着いており、静まり返った一人の教室はどことなく寂寥感が漂う。
何もすることがないと、余計なことを考えてしまうから嫌になる。早く千太郎が戻ってこないものかと思いながら、天井を意味もなく見上げていると、こちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
やっと戻ってきたか、と視線を教室の入口へと移したが、途中でその足音の主が千太郎でないことに気が付く。
この歩き方は、恐らく、
「・・・・・よっ」
「・・・・・」
微妙な表情で顔を出したのは、今最も会いたくない想い人。
どうやらまた嵌められたらしい。文化祭の時にも、同じような展開に見舞われた訳だが、まんまと策略に引っかかってしまったことが腹立たしい。
むかついたので、そのままシカトしていると、頼来がゆっくりと成瀬の元まで歩いてきて、目の前で止まった。
「成瀬・・・・・」
珍しく、何と声をかけたら良いか迷っているらしい。普段は空気が読め、調子良く喋る頼来のその態度に、少しだけ驚いて目線を合わせた。
数秒見つめ合う形となり、頼来の瞳に、酷い顔をした自分が映っているのを客観的に眺めながら、成瀬は考えた。
一体いつから好きになったのだろう。どこを好きかと聞かれても、明確に答えられる気もしない。
それでも、彼の瞳に自分が映ることが嬉しかった。表に出したら、関係が壊れてしまうような気がして、そっけなくかわすことに慣れてしまってからは、もう絶対に想いを口にできない空気を自分で作り上げてしまった訳だが、根本の想いが変わることはない。
沈黙を貫く成瀬に、頼来は漸く続きの言葉を口にした。
「ごめん・・・・・心配してくれて、ありがとな」
「・・・・・」
真剣に見つめられて、成瀬は遂に耐えられなくなって視線を外して俯いた。
心配したわけではないのだ。
本当に知りたかった。頼来に好きな人がいるのか、それが誰なのか。
百二十パーセント自分ではないことはわかっていた。彼の自分に対する態度は全て“友人”か“兄妹”にするものだったから。
例えば今ここで、頼来に想いを告げてみたらどうなるのだろうと、一瞬怖いことを考えた。
今まで積み上げたものが音を立てて崩れ、何も残らなくなった世界を想像する。全てをさらけ出して全てを失くすか、全てをベールで覆い隠して、何も手に入れられずに終わるのか。
考えても詮無いことである。
それでも、今だけは。
成瀬は人知れず深呼吸をしてから、ぱっと顔を上げた。
「頼来のくせに生意気ね」
いつもの調子で辛く返せば、頼来は一瞬面食らった顔をしたが、それからぎこちなく微笑んだ。
それでも今だけは、この関係を崩したくない。だから、未だに言えずにいる。
「出た、成瀬節」
「うるさい」
あなたのその、世界一大好きな声で、名前を読んでほしいと。




