君想う~初恋編~
日路と頼来の二人は、幼稚園の頃から同じ剣道場に通っていた。
同い年ということも大きかったが、どこか波長の合った二人。そしてその二人と仲が良かったのが、道場の師範の娘で、日路たちの一つ年上のさおりだった。
「日路! 聞いて聞いて!」
稽古中にもかかわらず、頼来は日路の姿を見つけるとテンション高く声を上げた。駆け寄っていこうとする頼来の首根っこを、さおりの兄である中学生の翔がひっつかんだ。
「コラ頼来! 真面目にやれ!」
「うわっ、翔兄! 痛いよっ」
やんちゃな頼来と、それを叱る翔。最早見慣れた光景に、日路は日常の平和を感じていた。
稽古終わりの迎えを待っている間は、よく日路と頼来とさおりの三人でお喋りをしていた。
「頼来ってば、またお兄ちゃんに怒られてたね」
「うるさいなぁ」
さおりにからかわれ、頼来が不貞腐れるようにして足元の石を蹴り飛ばした。
「で、何の話だったんだ?」
苦笑を漏らしながら日路が話題を振れば、頼来はころっと表情を明るくした。
「そうそう、これなんだけどさっ」
あっという間に調子を取り戻した頼来が、肩に掛けていたエナメルのバッグから二枚のチケットを取り出した。
「映画のチケット?」
覗き込んださおりが、興味津々に頼来に問いかける。頼来は得意気に鼻を鳴らした。
「この前、日路と見たいなって話してたやつ」
二週間ほど前から公開している、海外のヒーローアニメ映画のチケット。公開前から話題沸騰しており、ずっと見に行きたいと思っていたのである。
「新聞で応募企画やってて。 応募したら当たったんだっ。 一緒に行こうぜ!」
「すげー!」
頼来のガッツポーズに、日路は感嘆の声を上げた。昔から運の良いこの親友の引きの強さに、改めて驚かされた。
盛り上がる男子二人の横で、さおりが口を尖らせる。
「いいなあ! 私も行きたかったなー」
「さおりこんなの、興味ないだろ」
「そんなことないもんっ」
頼来に軽くはね除けられ、さおりは頬を膨らませて怒った。
まずいと思って、日路は控えめに笑う。
「じゃあ、二人で行ってきなよ」
「ダメだよ! 三人で行きたいのっ」
日路が譲ろうとすると、さおりは更に目を怒らせた。
「日路君、優しいところはすっごく良いところだけど、友達に遠慮しちゃダメだよ!」
腰に手を当てて熱弁するさおりに、日路は唖然とした。そんな風に言われたことはなかったし、驚くべきことに、小学生にして遠慮が板についていた自分がいたことに気が付いた。
さおりが自分で言ったことにうんうんと頷いていると、隣で頼来が茶々を入れる。
「でも、親しき仲にも礼儀ありって言うじゃん」
「そうだね、頼来はもうちょっと遠慮があってもいいかもねー」
「うざっ」
簡単に反撃され、頼来がまた不貞腐れる。
その時のさおりは、あどけない子供ではあったが、年下をからかうお姉さんの顔をしていた。
小学校中学年ぐらいになった頃、初めてさおりのバイオリンの発表会を見に行った。
小さい頃からの仲だったが、演奏を聞いたのはこれが初めてだった。いつもと違う顔をする彼女に釘付けになり、終始呆然としてしまったことを覚えている。
発表会終了後、駆け寄ってきた彼女はいつもの幼馴染の顔をしていた。
「どうだった?」
誇らしげな瞳をしたさおりが感想を求めてきたが、「すごい」とか「かっこよかった」とか、そんなことしか言えなかった気がする。
言葉では足りない何かを感じて、さおりに対する憧れを強めた。
それが恋と呼ばれるものであるのかについては、深く考えないようにしていた。
さおりが中学生になった頃には、更に大人びて見えて、ランドセルを背負う自分との差を大きく感じた。
頼来と二人、おいて行かれた様な気がしていたのだ。いつかきっと、全く知らない誰かと並んで歩いていくのだろうと思っていた。
だから、中学二年になった時の、親友からの報告は衝撃的だった。
「さおりと付き合うことになった」
「え」
驚いた時の反応は、決してその驚愕さに比例するとは限らない。
明後日の方向から飛んできたその現実は、時を止める程の効力があった。
「・・・・・そうか」
仲良くな、と続けて笑って見せたが、うまく笑えていたかどうかはわからない。
別に、盗られたなんて思わなかった。
憧れの人と、信頼できる親友が想い合っているのであれば、応援しようと心から思えた。
思えたはずだったのに、一年後に二人が別れたと聞いた時は、少しだけほっとした自分がいた。
心底嫌な奴だと自分でも思う。大切な二人の幸せを素直に祈ることなど、出来なかったのだと知った。
そして未だに、よくわからないでいる。
過去の想い(あれ)は、今の想い(これ)は、恋なのだろうかと。




