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そっと恋して、ずっと好き  作者: 朱ウ
そっと恋する一年生編
31/109

懐古の瞳

「成瀬は横暴すぎるんだよっ」

「ばっかじゃないの? 頼来が悪いんでしょっ」

「ふ、二人とも声が大きいよ・・・・」


 ヒートアップする成瀬と頼来の言い合いに、深雪は焦りを感じて、おろおろと仲裁に入った。


 このままでは、日路たちの席まで声が聞こえてしまうと危惧していた訳だが、この二人を止められるだけの力量を深雪は持ち合わせていない。


 そしてとうとう、その瞬間が訪れる。


「何してるんだ?」

「!!」


 聞き慣れた声に気が付いたらしい日路が、席を離れて深雪たちの座るテーブルまでひょっこり顔を出してきた。


 深雪は戦慄して固まったが、成瀬と頼来は既に当初の目的を忘れて、二人同時に日路に詰め寄った。


「日路! 成瀬が俺に手をあげようとしてくる!」

「大神先輩、このお喋り木偶をどうにかしてください」

「二人とも落ち着いて・・・・・」


 いきなり話の矛先を向けられ、流石の日路も困り顔で二人を宥める。


 その後ろから、件の美女も顔を覗かせてきた。


「二人の知り合いなの?」


 首を可愛らしく傾ける美女━━━木原キハラさおりは、その長い髪を片耳にかけながら柔らかく問いかけた。


 彼女をオーラはどことなく日本人離れしている気がして、深雪は緊張から背筋をすっと伸ばした。


 さおりの質問に答えたのは、日路である。


「うん。 三人とも、高校の後輩だよ」

「そうなのね。二人とも慕われているんじゃない。 お姉さんとしては、うれしいわ」

「一個しか違わないだろ」


 静かに笑い声をたてるさおりの言葉に、頼来が小さくツッコミをいれる。どうやら、さおりは日路たちより年上であるらしい。


 深雪が彼らのやりとりをどぎまぎしながら聞いていると、微笑むさおりとふと目が合った。

吸い込まれそうな程の澄んだ瞳をしている。


「そうだ。 せっかくだから、皆でお茶しましょ。大勢の方が楽しいし」

「えっ」


 さおりの提案に、珍しく頼来が乗り気でない声を上げた。


 それから左手で一年生三人を手招くと、小声で指示を出してきた。


「さっきの、日路の初恋だとかって話、内緒だからな!」

「りょ、了解です」


 深雪はこくこくと頷いて了承したが、成瀬と千太郎はどこか胡散臭そうな顔をして、頼来を睨んだ。





 兎にも角にも、深雪、成瀬、千太郎の三人と、日路、頼来、さおりという六人でテーブルを囲むという奇妙な構図が出来上がった。


「まずは自己紹介からよね。 私は木原さおり。 頼来と日路君とは、幼馴染なの」


 さおりの簡単なあいさつに続いて、深雪たちも順番に名を名乗る。成瀬と千太郎の愛想はゼロだったが、さおりは大人な対応で「三人とも美男美女ね」と花のように微笑んだ。


 成瀬と千太郎は確かに美男美女だが、自分は完全におまけ感が抜けないと、深雪はこんな状況でも自嘲する。


 さおりが話を回していき、会話の内容は段々と日路たちの思い出話になっていく。


「よくお兄ちゃんに怒られて、頼来はべそかいてたわよね」

「いつの話だよ・・・・」

「今は成瀬に怒られて、べそかいてるけどな」


 日路にからかわれ、頼来が口を尖らせる。


 ここまでいじられる頼来も珍しく、流石幼馴染トリオといったところか。


 三人の話に相槌を打ちながら、深雪は妙にそわそわしていた。


 憧れの人と、その人の初恋の相手と同じ場にいる。更に言えば、その元カレもいるというこの状況。最早修羅場といってもいいのではないかと思われる関係性だが、当人たちは至って平和に会話を楽しんでいる。


 頼来からの緘口令もあり、下手に話に入ることもできず、深雪は口を結んだ。


 深雪の両サイドに座る成瀬と千太郎に至っては、興味がないのか相槌すらそこそこである。


「そういえばさおり、いつまで日本にいられるんだ?」


 思い出話が落着した頃、日路がふと思い出した様にさおりに問いかけた。


「来週いっぱいまで、いるつもり」

「さおりさん、海外に住んでいるんですか?」


 ここで漸く深雪が、無難な質問を口にする。さおりはにこりと微笑んで答えてくれた。


「うん。 ドイツに留学してるの。 バイオリンをやってて」

「すごい!」


 純粋に感嘆の声を上げると、さおりが「まだまだだけどね」と照れくさそうに頭を搔いた。


 その仕草が可愛らしく、これは日路でなくとも好きになってしまうなと、深雪はまた気持ちを落ち込ませる。


 そろそろ成瀬の忍耐力が切れそうになった頃、頼来の取り計らいでなんとかその場はお開きとなった。


「じゃあ、俺らこっちだから」

「皆またね!」


 頼来とさおりが、二人並んで駅の方角へと向かう。その姿を見送りながら、深雪は成瀬と千太郎、そして自転車を引く日路と共に帰路についた。


 それまで沈黙していた成瀬が、漸く息ができた様に「あーっ!」と短く叫ぶ。その様子に、日路が申し訳なさそうに肩を竦めた。


「三人共付き合わせて悪かったな。 せっかくお昼食べに来てたみたいだったのに」


 どうやら日路は、深雪たちが偶然あの場に現れたと信じているらしい。その素直さに若干後ろめたさを感じつつ、しかし尾行がばれずに済んで良かったと、心の底から安堵した。


「あの人、頼来の元カノですよね?」

「成瀬は何でも知ってるなー」


 棘のある様な声色の成瀬の言葉に、日路が苦笑い気味に頷く。


 深雪は、成瀬がそのまま「大神先輩の初恋の人ですよね?」と言い出すのではないかと冷や冷やしたが、流石の彼女も空気を読んでそこには触れなかった。


 それから、成瀬にそっと視線を向けられる。


 何か話せと、暗に言っている。


「き、綺麗な人ですね」


 成瀬の圧に押されて思い切って聞いた深雪だったが、口にしてから後悔した。


 一体どんな答えを期待したのか、自分でもよくはわからなかったが、良い返答を得られる質問ではない。


「そうだな」


 短く肯定した日路の瞳は、どこか懐かしい色をしている。


 過去を見る日路の横顔に、深雪は苦しさのあまり目を背けた。


 日路はまだ、あの人のことが好きなのだろうか。

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