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そっと恋して、ずっと好き  作者: 朱ウ
そっと恋する一年生編
30/109

知らない方が良いこと

 学園から日路たちを尾行すること十分ほど、彼らはファミリーレストランに入店した。


 深雪はてっきり、三人を外で待つのかと思ったのだが、成瀬が迷いもせずに中に入っていくものだから、慌てて腕を引いて制止する。


「ばれちゃうよ!?」

「大丈夫よう。 順番待ちしてるならまだしも、席空いてるみたいだし。 次に入ってきた客のことなんて、気にしないわよ普通」


 成瀬に適当にあしらわれ、それでもと食い下がる深雪に、成瀬が「ていうか」と更に言葉を続けた。


「このくそ暑いのに、外で待つなんてありえないんだけど」

「それが本音なんだね・・・・・」


 夏休みは終了したが、まだまだ残暑が厳しい。成瀬の意見はごもっともだが、あまりに奔放する気もする。


 ちなみに、千太郎は成瀬の送迎車を一旦帰させに行っている為、後から追いかけてくることになっている。


「いらっしゃいませー。 お二人様ですか?お好きなお席へどうぞー」


 結局成瀬と共に入店し、きょろきょろと周りを気にしながら席に着いた。ばれない様にと挙動不審になる深雪は、逆に悪目立ちをしており、成瀬に鋭く睨まれる。


 日路たち三人が座る場所から、少しはなれた席を確保したおかげで、彼らの様子をこっそり窺うことができた。


「千太郎に場所教えなきゃ」


 そう言って、成瀬がスマホをポケットから取り出す。素早くメッセージを打ち込み終えると、瞳を細くして日路たちへと視線を送った。


「ばれない様にこの席にしたけど、声は聞こえないなー」


 成瀬の言う通り、この席からでは、三人が何の話をしているのかまではわからない。表情を見る限り、楽しそうなことに違いはないが。


 前のめりになる成瀬を冷や冷やしながら見つつ、深雪は小声で彼女に訴えた。


「盗み聞きなんてやめようよぅ・・・・・」

「ばっかじゃないの? 何のために尾行してきたと思ってんのよ」


 冷たく突き放され、深雪は二の句が継げない。


 半分諦めて、一応と手に取ったメニューへと目を通していると、入店を告げるチャイムが店内に鳴り響く。


「いらっしゃいませー。 お一人様ですか?」


 店員の声になんとなく視線をそちらへと向けると、入店してきた千太郎と丁度目が合った。


 深雪はこちらの場所を知らせるべく、控えめに片手を上げた。


「あっ、双葉くー・・・・・ん」

「あれ? 千太郎?」


 深雪の声に被せられた声に、深雪含めた一年生三人の時が止まる。


 声をかけてきたのは、先程まで日路と謎の美女と共に席に着いていたはずの頼来である。


 咄嗟に、残る日路たちへと視線を変えれば、幸か不幸か二人は千太郎の登場には気が付いていないらしい。


 頼来をなんとかすれば、なんとかなる。


 深雪はアバウトな解決方法を導き出して、もう一度千太郎と頼来へと視線を戻した。


「なにしてんの、千太郎。 一人? めっずらしー・・・・」

「頼来サンちょっと」


 無駄に声が大きい頼来の腕を強引に引くと、千太郎は一目散に深雪たちが座る席へと駆けてきた。


 頼来を成瀬の隣に無理やり着席させる。強制連行された彼は動揺しながらも、どこか納得した顔で声を上げた。


「び・・・・っくりした。 なんだ、やっぱり成瀬たちもいるんじゃん。 何してるんだ?」

「頼来ちょっと黙ってなさいよ」


 成瀬が舌打ち寸前、日路たちの座る席を指で差し示す。その動作だけで、全てを察した様子の頼来が、少しだけ呆れた顔で「成程ね」と小さく零した。


「つけてきたのかよ? 成瀬ってばストーカー」

「まじキモイんだけど」


 頼来のからかい口調に、成瀬が心の底から嫌悪を示す。「酷いっ」と嘆く頼来に向かって、静かにしろと睨んで訴えた。


 漸く大人しくなった頼来の横で、成瀬が観察を再開させて唸る。


「それにしてもあの人、なーんか見たことある気がするんだよなあ」

「え、あの女の人のこと?」


 成瀬の発言に、流石の深雪も食いつく。しかし、成瀬もなかなか思い出せない様で、深雪の横でつまらなさそうにして座っている千太郎に視線を向けた。


「千太郎はどうよ?」

「オレは、全くぴんとこない」


 一ミリも考えずに即答する千太郎に激しく舌打ちを鳴らし、それから成瀬はふと首を傾げた。


 隣には、急に静かになった頼来が気配を消そうと小さくなっている。


 その不思議な様子に、ぴんとくるものがあった。


「思い出した!」

「え!?」


 手を叩いて声を上げる成瀬に、良い反応を見せたのは深雪だけである。千太郎は相変わらず興味がなさそうだし、頼来は何故か居心地が悪そうにしている。


 そんな微妙な空気はお構いなしに、成瀬は言葉を続けた。


「頼来の元カノ!」

「ええ! そうなの!?」

「そんなでかい声で言わなくても・・・・」


 テンションの高い成瀬と深雪の反応を見て、頼来は苦笑を漏らす。千太郎は、本当に興味がないのか、テーブルに突っ伏して寝ようとしていた。


 頼来の元カノ。そんな存在が何故今現れて、どうして日路も含めた三人で会っているのかは全く意味が分からないが、とりあえず謎の美人の正体を知ることはできた。


「彼女・・・・・さおりは、俺と日路が行ってた道場の娘なんだよ」


 頼来の簡単な説明で、三人の共通点も知れた。それだけの情報で充分なはずだったのだが、頼来はいらない捕捉まで付け加えてくれた。


「んで、日路の初恋の相手」

「「ええ!?」」


 深雪と成瀬の声が重なる。いきなり後ろから刺されたような衝撃に、深雪は愕然とした。


 その様子を見て、要らないことを言ってしまったと頼来が口元に手を当てたが、何もかもが遅すぎる。


 魔王のオーラを纏った成瀬は、席に置かれたテーブルセットから、すっとフォークを手に取って頼来の眼前に向けた。


「成瀬サン!?」

「空気読めない頼来とか、生きてる価値ないから」

「羽澄、殺人はもみ消せないから止めといて」


 気だるそうに顔を起こした千太郎が怖いことを言うので、頼来の怯え方にも拍車がかかる。


 騒がしい隣の諍いを他所に、深雪はそっと日路へと視線を戻した。


 楽しそうに会話をしている日路とさおり。その笑顔はいつも通りの爽やかさだが、深雪たちに見せるものとはやはりどこか違って、幼さの様なものが滲んで見えた。


 あんな表情、見たくなかった。


 いつもであれば、遠くの笑顔でさえも輝いて見えた日路の笑顔だが、今はどういう訳か、胸の奥を嫌にざわつかせて落ち着かなくなった。

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