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そっと恋して、ずっと好き  作者: 朱ウ
そっと恋する一年生編
29/109

放課後の待ち人

 夏休みも終わりを告げ、翼蘭学園は二学期を迎えていた。


 始業式の今日は、午前中のみ。更に三年生対象の面談が行われる為、基本的に部活動もない。


 HRを終えた深雪は、いつものように成瀬と千太郎と共に昇降口に向かっていた。


「じゃあ、今日は自転車じゃないのね」

「うん。 パンクしちゃって」


 深雪は説明をしながら苦笑いを漏らした。


 ちょっとコンビニまで自転車で行こうとしたところ、何故か落ちていた釘の様なものを運悪くタイヤで踏みつけ、見事にパンクさせてしまったのは昨日のことである。


 近所の自転車屋に見せに行ったのだが、今日の登校までには到底間に合うはずもなく、朝は仕事へと向かう父親の車に乗って登校した。


 生憎今日は半日の為、帰りはバスに乗ろうとしている次第である。


「言ってくれれば、迎えに行ったのに。 なんなら送るわよ?」

「だ、大丈夫。 ありがとう」


 成瀬の厚意をやんわりと断りながら、深雪は靴を履き替えた。そのまま雑談を交わしながら歩いていると、校門に人が群がっている光景が視界に入ってきた。


 三人とも、なんとなく歩みを止めた。


「どうしたんだろう」

「有名人でもいるのかしら?」


 さして興味もなさそうに言う成瀬の推測に、深雪は「えー」と疑いの声を上げる。


 流石に、有名人がいればもっと大きな騒ぎになっているだろう。立ち止まった状態で、三人で推測を述べていると、校門の方から見慣れた顔がやってくるのが見えた。


 クラスメイトの岡田である。


「ちょっと、岡田君!」

「ん? ああ、成瀬・・・・に、双葉に立花」


 丁度良い奴を見つけたと、成瀬は人の波を逆走してくる岡田に手を振る。こちらに気が付いた彼は、不審顔を隠そうともせずに恐る恐るこちらへ歩み寄ってきた。


「どうしたんだ?」

「校門のところ、人が集まってるじゃない? 誰かいるの?」


 腰に手をあてて質問をする成瀬からは、どことなく圧が感じられる。


 本人にその気はないのだろうが、その威圧的な態度は、岡田にも伝わってしまっている様で、少しだけ気後れした様子で彼は口を開けた。


「なんか、美人が校門のところにいるらしいよ」


 肩を竦める岡田の説明に、深雪がそっと顎に手をあてる。 


「少女漫画じゃよくあるシチュエーションだね」

「漫画読まないからなー」


 唸る深雪に、成瀬が興味なさげに肩を落とした。


 完全に他人事の女子二人に、岡田から続いた言葉が爆弾となって降ってくる。


「なんか、大神先輩を待っているみたいで。 俺、呼んで来ようと思って戻ってきたんだよ」

「「え!?」」


 深雪と成瀬は思わず岡田に詰め寄った。いきなりの食い気味な反応に、岡田も慄いて体をびくっと震わせる。


 日路に、美人の待ち人がいる。


 戦慄の走った深雪の後ろで、それまで黙っていた千太郎が推論を述べた。


「ていうか、その美人って、王子じゃないの?」

「あ、成程!」


 千太郎の言葉に、深雪も成瀬も合点がいく。


 日路の弟の蓮季は、黙っていれば男子とわかっていても、女性と見間違う中性的な顔立ちをしている。


 絶対に蓮季だと信じ込んだ成瀬は、期待に顔を綻ばせた。


「久々の王子っ。 会ってこようかなー」

「成瀬ちゃんって、弟さんに対して異常な興味があるよね・・・・」


 深雪が控えめなツッコミをすると、岡田が何かを見つけて「あっ」と短く声を上げた。


「大神先輩だ。 俺、ちょっと呼んでくるわ」


 そういうと、岡田は一瞬で目の前から走り去る。


 つられてその背を視線で追っていけば、自転車を引いて歩く日路が目に入った。隣には、いつものように頼来の姿も見て取れる。


 大神の元まで辿りついた岡田が、何やら説明している様子だったが、この距離では二人の反応まではわからない。


 岡田からの説明を受けて、どこか慌てた様子で小走りに校門へと向かう日路と頼来の姿に、成瀬もその後を追う。


「私たちも行きましょ。 王子に会いに」


 意気揚々と駆けていく成瀬に続いて、半笑いの深雪と真顔の千太郎が続く。


 成瀬もそうだが、この時点で深雪も“美人の待ち人”が蓮季であると疑わなかった。


 遂に校門まで辿り着き、人だかりの中心人物を見ようと背伸びをして覗き込むと、丁度目的の”美人”がこちらを振り向いて、笑顔で声を上げた。


「頼来、日路君っ」


 振り向いた美人は、ダークブラウンの美しい長い髪を靡かせている。加えて、高く澄んだ声色。


 明らかに、蓮季ではなかった。


 完全に蓮季であると思いきっていた為、不測の事態に絶句する深雪をはじめとした一年生三人の存在には気づかず、日路と頼来が驚きの声を上げた。


「「さおり!」」


 “さおり”と名前を呼ばれた美人が、目を線にして笑みを深める。


 そのまま三人が会話している様子を、少し離れたところで眺めていると、成瀬が眉根を寄せて低い声を出した。


「誰なのよ、あの人」


 成瀬の恨みの籠った声色に、深雪は思わず肩を竦ませながら、そっと視線を日路たち三人へと向けた。


 談笑する様子は、気心知れた仲だと窺い知ることができる。


 一体、あのさおりという美人は誰なのであろう。


 疑問が生じるのと同時に、知りたいという欲が生まれたが、それ以上に頭の中で警鐘が鳴った。


 知るべきではないと、本能がストップをかける。


「深雪は、気にならない訳?」


 唐突に意見を求められ、深雪は視線を彷徨わせた。


「そりゃあ、気にはなるけど・・・・」


 濁らせる深雪に不満顔を浮かべた成瀬の横で、日路たちの様子を窺っていた千太郎が低く声を上げる。


「あ、三人でどっか行くみたいだな」


 千太郎の言葉に、視線を日路たちへと戻せば、こちらに背を向けて三人でどこかへと歩いていくところだった。


 その様子に、成瀬が機敏に反応を示す。


「追うわよっ」

「ええー、成瀬ちゃんお迎え来てるんじゃないの・・・・?」


 乗り気ではない深雪の指摘に、成瀬がぱっと千太郎へと視線を送る。


「千太郎、車は一旦帰らせといて」

「帰らせといてって、今日は羽澄の家の車なんだけど・・・・」


 成瀬の絶対命令に、千太郎がため息を吐く。


 そんなことは気にも留めず、獲物を見つめるハンターの目をして日路たちを尾行する成瀬の後ろを歩きながら、深雪は嫌な予感を覚えていた。


 知らない方が良いことだって、きっとある筈である。そう思いつつ、深雪は成瀬を引き留めることもできずに、一緒に日路たちの後を追った。

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