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そっと恋して、ずっと好き  作者: 朱ウ
そっと恋する一年生編
26/109

お届け物です

 ホースから出る水がアーチを描き、うっすらと虹色が浮かぶ。


「あー、あっついわ」


 水まきをしながら、成瀬が低い声を上げる。


 当たり前の事実に、反対側で如雨露を使って水やりをしていた千太郎が顔を顰めた。


「羽澄、今日そればっかり言ってる。 いい加減うるさい」

「だって暑いんだもんっ」


 駄々をこねる子供の様に喚く成瀬は、苛立ちをぶつけるようにして、手にしているホースの水を千太郎に向けてとばした。


 頭から盛大に水を被った千太郎は、軽く首を振って水切りをしてから顔を上げる。


「おお、ちょっと気持ちいいわ」

「え、ほんと? ちょっと、私にもやってよ」

「成瀬ちゃんやめときなって・・・・」


 千太郎の思わぬ感想に、成瀬が少しだけ前のめりになって、ホースを千太郎に手渡そうとする。隣で深雪がやんわりと制止すると、つまらなさそうに口を尖らせながらも、思いとどまったようであった。


 当番制の、長期休暇中の水やり。園芸部としては、夏休み唯一の部活動だが、他の部活は盛んに行われている様で、あちこちからボールの音や掛け声、楽器の音が聞こえてくる。


 暫くして、成瀬が「そういえば」と何かを思い出した様に話題を振ってきた。


「夏祭りの時に撮った写真、深雪に送るの忘れてた」

「あ! そういえばそうだったね」


 夏祭りの時、花火の写真を撮ろうとしたのだが、結局日路ばかり見ていて一枚も撮ることができなかった。そのことを成瀬に零したところ、彼女は爆笑しながらも、自分が撮影した写真を送ると申し出てくれていたのであった。


 しかし、割とあるある話であるが、結局そのまま忘れさられて今日に至っている。


「待って、今送るから」


 成瀬がホース片手に、ポケットからスマホを取り出す。


 手元が狂って、また水をかけられては堪らないと、千太郎が蛇口を閉めに走った。


「今送っといたから」

「ありがとう。 携帯、部室に置いてきちゃった。 後で見るね」

「そうしなさい」


 何故か含みを持たせる成瀬に、深雪は眉を顰めつつ、その理由は聞かなかった。


 そのまま水やりをつつがなく済ませ、三人は使用した道具を片付けて、荷物を置いた部室へと戻った。


「千太郎、髪びっしょりじゃない。 タオルで拭きなさいよ」

「誰の所為だと・・・・・」


 いけしゃあしゃあとする成瀬に、千太郎が髪をかき上げながらぼそっと呟く。


 二人のやりとりに笑みを漏らしつつ、深雪は自身の心拍数が段々と上がっていることに気が付く。


 その理由は、今日の朝、蓮季から課せられたミッションの所為である。


「さて、終わったことだし、帰りましょう」


 千太郎が濡れた髪を拭き終わるのを待って、成瀬が廊下に向かって一歩踏み出す。


 深雪は呼び止めようと口を開いたが、呼び止めてどうするのかとふと考えて、声が出なかった。


 いつもならそのまま続いてくる深雪がついてこないことに気が付いて、成瀬がくるりと振り向く。


「深雪? どうしたの、帰りましょ」

「う、うん・・・・・」


 歯切れの悪い深雪に、成瀬は眉間に皺を寄せた。


 これが成瀬の心配している表情なのだが、どう考えても怒っているようにしか見えない。


「何よ、何か言いたいことあるなら、言いなさい」

「威圧してやるなよ・・・・」


 言葉さえも怒っているように聞こえてしまう成瀬を、千太郎が控えめに窘める。勘違いされやすい幼馴染のフォロー役が、身に染みているらしい。


 成瀬の鋭い視線に射抜かれ、深雪は意を決してもう一度口を開いた。


「じ、実は、これなんだけど・・・・・」


 深雪は蓮季から預かった日路のお弁当を取り出して、朝の出来事を二人に話した。


 蓮季に会ったところから、日路のお弁当の配達を頼まれたところまで全て話し終えると、成瀬から珍しく可愛らしい声が漏れる。


「いいなっ。 私も王子に会いたかったなー」

「え、そこなの?」


 羨ましがる成瀬に深雪がつっこむと、彼女は「ああ違ったわね」と一つ咳払いをした。それから、不敵な笑みを浮かべて腕を組む。


「しっかし、王子も粋なことしてくれるわよね」


 感心しながら、成瀬がゆっくりと教室を後にする。


 慌ててその後ろを、深雪は追いかけた。


「どこ行くの?」

「どこって、剣道場に決まってるじゃない。 大神先輩のとこ」


 何を言っているんだという様な顔で、成瀬から当然と言えば当然の反応が返ってくる。


 引き受けてしまったからには仕方がないのだが、それでもまだ思い切りがつかない。


深雪が「やっぱり無理かも」と後ろ向き発言をすると、成瀬のスパルタモードがОNになる。その細い指で、深雪の持つ日路のランチトートをびしっと指し示す。


「ばっかじゃないの? じゃあそのお弁当、どうすんのよ」


 一喝され、深雪はぐうの音も出ない。


 それでも、この大役に怖気づいて足取りを悪くしていると、成瀬から更に追い打ちがかかる。


「大神先輩、困るんじゃないの?」

「ううっ」


 それを言われては、もう行くしかない。


 項垂れながらも了承の意を示す深雪に、成瀬は気分を良くした様で、満面の笑みを浮かべた。


「夏休みのイベント、夏祭りだけじゃ味気ないと思ってたのよね」

「充分味は濃かったよ・・・・」


 跳ねるようにして剣道場へと向かう成瀬の後ろを追いながら、深雪はランチトートを両手で持って慎重に運ぶ。視線を落としてそれを見つめていると、上から千太郎の声が降ってきた。


「フォローするから、頑張れ」

「ありがとうございます・・・・・」


 心優しい声掛けに感謝しつつ、届け物一つ一人でできない自分の不甲斐なさに、深雪は多少気落ちした。

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