表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そっと恋して、ずっと好き  作者: 朱ウ
そっと恋する一年生編
25/109

本屋の王子様

 深雪の所属する園芸部は、基本的に休みの日の活動はない。


 ただし、当番制で数回水やりをする為に、学校に通っていた。


 今日はその当番の日。十時に部室集合の為、深雪はゆっくりと支度をしつつ、少しだけ早く家を出た。


 自転車を走らせながら、深雪は鼓動を高鳴らせていた。今日は特別な日で、立ち寄りたいところがあるのだ。


 部活の後にしようかどうか、散々悩んだが、やはり行く前に済ませたいと、深雪が自転車を停めたのは本屋である。


 通学路途中にある、九時開店の本屋に入店して、深雪は真っすぐ漫画の新刊コーナーへと向かった。


 平積みされた漫画のなかから、目当てのタイトルを見つけると、声もなく歓喜した。


 漫画の新刊の表紙絵を本屋で見つける時の、この瞬間がたまらなく至福であると、深雪は毎度思う。


 目的の漫画を手にした深雪は、レジに直行せず、そのまま他の漫画も物色した。気になるタイトルはいくつかあるが、家の収納スペースを考えて、購入にはかなり厳選に厳選を重ねている。


 全神経を使って、棚に並んだ背表紙を目で追っていた深雪は、背後から近づいてくる気配に気が付かなかった。


「あれ、立花さん?」

「!」


 突然名前を呼ばれたことと、その呼んだ声の心地良過ぎる重低音の両方に驚いて、深雪は顔を上げた。


 声のした方を振り向くと、そこには白のトートバッグを肩に提げた、スレンダーな美女がすらりと立っていた。


 いや、美人ではあるが、彼は美女ではない。


「お、弟さんっ」

「蓮季でいいよ」


 深雪の反応に、蓮季は美しく微笑み返した。


 久しぶりに拝む王子の姿は、記憶の中よりも神々しい気がする。


 予想していなかった事態に慌てる深雪とは対照的に、蓮季は落ち着いた様子で言葉を続けた。


「立花さんは、今日は学校? 部活かな?」


 制服姿の深雪に、ある程度予想をつけた蓮季の質問が飛んでくる。


 深雪は動揺しながらも、こくこくと数回頷いて肯定の意を示した。


「漫画好きなの?」


 深雪が手にしている漫画を見ながら、蓮季が質問を重ねてくる。深雪がぎこちない笑顔を浮かべながら「はい」と短く答えると、彼は「そっか」と更に笑みを深めた。


 漫画コーナーにいるということは、蓮季も漫画好きなのだろうかとふと思う。


「蓮季さんも、漫画読むんですか?」


 慣れない名前呼びに緊張した様子の深雪の問いに、蓮季は「いや」と否定から入った。


「俺はあんまり読まないんだけど。 参考書買いに行くって言ったら、ついでに漫画を買って来いって、弟にパシリにされた」


 肩を竦めて見せる蓮季の言葉に、深雪は目を丸くする。


「三人兄弟なんですね」


 蓮季の下に、まだもう一人弟の存在があるという新事実に、深雪はその妄想力を発揮させる。日路と蓮季の弟なのだから、超ハイスペック少年に違いない。


 勝手に想像する深雪に、蓮季が更なる情報を追加してくる。


「日路の上に、まだ姉もいるんだけどね」


 何と、大神四姉弟であるらしい。蓮季を見るに、かなりの美人の姉であろうということが推測できる。


 想像でしかないが、四人が並んだら相当な迫力であるだろう。


 最早感動の域に達していたところで、蓮季が「そうだ」と話題を切り替えた。


「立花さん、お願いが二つあるんだけど、聞いてくれる?」

「なんなりと」


 “王子”と徒名されるだけの、妙な高貴さを放つ蓮季に、深雪の対応も少しだけおかしくなった。


 蓮季から「お願い」と言われて、断れる人がどれだけいるのだろうかと真剣に考える。


 一体何を頼まれるのだろうかと、緊張する深雪に、蓮季の美しい低音の声が響く。


「俺、漫画コーナー来ないから、弟が欲しい漫画がどこにあるのかよくわからなくて。 できたら一緒に探して欲しいんだけど・・・」


 少しだけ控えめにする蓮季のお願いは、深雪にしてみれば朝飯前のミッションである。


 自信のあることなどほとんどない深雪だが、こればかりは胸を張って請け負った。


「良いですよ。 なんていう漫画ですか?」

「ええと・・・・」


 蓮季がスマホを取り出して、弟に頼まれたという漫画の写真を深雪に見せてきた。


「あ、これ面白いって評判のやつですよね。 しかも新刊」

「立花さんも知ってるんだ」


 目的の漫画は、割と昔から続いている作品だが、最近アニメ化されたことをきっかけに、その人気が更にうなぎ上りになっている漫画だった。


「面白そうだなとは思ってるんですけど、もう三十巻以上出ているので、なかなか追いかける気力が湧かなくて」

「あいつ、そんなに漫画持ってるんだ」


 深雪の説明に、蓮季が少しだけ驚きをその声色に滲ませた。


 漫画を読まない蓮季からすれば、そういう反応になるのであろう。自宅に漫画が溢れている深雪からすれば、今から追いかけるには足踏みしてしまうが、驚愕するほどではない。


「新刊みたいなので、あっちのコーナーに行けば、すぐ見つかると思いますよ」


 そう言って、深雪は先程までいた漫画新刊コーナーへと向かった。その後を、蓮季が続く。


 まさか自分が、王子を引き連れて歩く時が来ようとは。


 深雪は異常に後ろの気配を意識しつつ、目当ての漫画を探した。


「これですね」

「ほんとだ、あった。 ありがとう、立花さん」


 深雪が差し出した漫画を受け取った蓮季が、極上の笑顔で礼を述べる。


 あまりの眩しさに、深雪は立ち眩みを覚えながらも、一度深呼吸をして何とか耐えた。


 それから、もう一度蓮季に向き直る。


「そういえば、もう一個のお願いって何ですか?」


 首を傾げて尋ねる深雪に、蓮季は「う~ん」と唸って同じように首を傾げてきた。


「やっぱり、もう二つダメかな?」


 美声で可愛く強請られ、断れる深雪ではない。


「全然大丈夫ですよ」

「ほんと?」


 快諾する深雪に、蓮季は顔を綻ばせた。


 今すぐにでも、絵にして残したい美しい笑顔に見惚れていると、蓮季が二つ目のお願いを口にした。


「じゃあね、一個は、敬語をやめてほしかな」

「えっ」


 いきなり難易度MAXのお願いをされ、深雪は小さく仰け反った。


 蓮季のお願いは断れないが、対応できるかどうかはまた別問題である。


 硬直する深雪に、蓮季が少しだけ寂しそうな表情になる。


「同い年だし。・・・・・馴れ馴れしい、かな?」


 そんな風に言われてしまえば、もうできませんなんて言えない。深雪は全力で首を左右に振った。


「いいえ! よ、宜しくお願いします・・・・・」

「まだまだ時間かかりそうだなぁ」


 どぎまぎしながら声を絞り出した深雪の反応に、蓮季が低く笑う。


「あ、それで、最後の一つは・・・・・?」


 このまま彼と会話を続けていては、あまりの美しさに殺されてしまいそうだと、深雪は早々に三つ目のお願いを尋ねた。


「ああ、それね。 これが一番申し訳ないんだけど」


 言いながら蓮季が、持っていたトートバッグから、更に小さめのランチトートの様なものを取り出した。


「日路も今日、部活で学校行ってるんだけど、お弁当忘れて行っててさ。 届けようかと思ってたんだけど・・・・・」


 そこまで言って、蓮季は手にしたランチトートを深雪の前に差し出す。

 深雪は反射的にそれを受け取ったが、意図が分からずそのまま蓮季の続く言葉を待った。


「立花さん、よかったらこれ、日路に渡してくれないかな?」

「私がですか!?」


 難易度MAXを振り切ったお願いに、深雪は思わず大きな声を上げた。近くにいた他の客から、何事かと視線を浴びてしまう。


 居たたまれなくなって肩を竦める深雪に、蓮季が更に言葉を続けた。


「なんか最近、日路ちょっと変なんだよね。 たまにぼーっとしててさ」

「大神先輩が?」


 深雪は驚きに目を丸くした。


 日路とは、夏祭り以降会っていない。


 夏祭りに行った時は、いつも通りの爽やかな日路だったが、その後に何かあったのだろうか。


 心配に思っていると、蓮季が「だからさ」とにこりと微笑む。


「立花さんから渡してくれない? それで、ちょっと日路と話してやってよ。 元気出ると思うから」


 残念ながら、そんな力は自分には無いと、深雪は苦笑しか返せない。


 喜んで受けることはできないが、できませんと突き放すこともできないのが何とも難しい。


 そうこうしているうちに、蓮季「じゃあ」と話を締めくくる。


「日路には、立花さんが持って行くよって連絡しとくから。 よろしくね」

「え、あ、はいっ」


 強引ともいえる蓮季の言動に、深雪は断り切れずに流れで承諾してしまう。


 一体どうしたものかと深雪が俯いて悩んでいると、蓮季がその美しい顔を覗かせてきた。


「今日は沢山ありがとう。 今度お礼させてね」

「め、滅相もございません・・・・」


 敬語を使わないという二つ目のお願いをクリアできるのには、もう少し時間がかかりそうである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ