恋する夏祭り~後編~
「人、増えてきたな」
「そろそろ花火の時間だからですかね」
元々多かった人の波が、花火が始まる時間を前にしてより大きくなった。
はぐれない様にと、五人でまとまっていると、何の前触れもなく一発目の花火が上がった。
続いていくつか上がる花火を見て、頼来が興奮気味に声を上げる。
「花火とか久々に見たなー。 写真撮っとこ」
「私も撮る」
頼来と成瀬がスマホを取り出して、花火の写真を撮るところを見て、深雪もせっかくだからと自身のスマホを取り出す。
「ぬいぐるみ、持ってようか?」
ぬいぐるみ片手にカメラを起動させるのに悪戦苦闘していると、日路が親切に声をかけてきてくれた。
深雪は思わず「大丈夫ですっ」と即答した。食い気味の反応に、若干日路が目を丸くしたのを感じて、焦りながら言葉を続ける。
「は、離したくないのでっ」
焦りついでに口を滑らせ、深雪は顔を引き攣らせた。
しかし、表情の機微は辺りの暗さに紛れたのか、日路には笑いを返される。
「良かったな、お前、大事にされるぞ」
そう言って、日路は深雪の抱くぬいぐるみの頭を優しく撫でる。深雪は、ぬいぐるみに本気で嫉妬心を覚えた。
でもまあ、とりあえず日路に変な目で見られなかっただけ良しとしようと心を落ち着かせていると、花火が連続で上り、盛り上がりを見せ始めた。
「お前ら、シャッターチャンスだぞ!」
頼来が夢中になって写真を撮っている横で、成瀬は急に撮影する手を止めた。
「もう生でいいや。 頼来、後で写真送って」
「人任せだなー」
文句を漏らしつつ、完全に撮影役に回る頼来につられて、日路も徐にスマホを取り出した。
どうやらカメラ機能をОNにしたようだが、そのまま眉間に皺を寄せてシャッターをきる様子がない。
「何か、暗くて良く撮れないな」
「撮影モード、変えないとですよ?」
首を傾げる日路に、千太郎が声をかけて横から指導する。その様子を見た頼来が、写真を撮る手を止めて、からからと笑った。
「相変わらず、日路は機械音痴だな」
「うるさいよ」
頼来のからかい口調に、日路が少しだけ口を尖らせた。
遠くから日路を眺めていただけの時は、いつも爽やかな笑みを浮かべている印象だったが、こうして頼来と絡む姿を間近で見る機会が増えたおかげで、様々な日路の表情を見ることができるようになった。
深雪は今この瞬間のありがたみを感じて、ぬいぐるみを抱いている手にぎゅっと力を籠めて日路を見つめた。
結局、花火より日路を眺めていた時間の方が長い夏祭りだった。
「今日はありがとな!」
「三人とも、気をつけて帰るんだぞ」
花火も終了し、群衆が帰路に着く。
深雪は、成瀬の家の車が送ってくれるという好意に甘えて、千太郎含めた三人で近くの駐車場まで移動した。
頼来と日路は、駐車場まで送ろうとしてくれていたのだが、千太郎も付いているので、歩きの二人はさっさと帰れば良いと言う成瀬の強引さに負けて、手を振りながら人の群れに消えていった。
「今日は収穫、あったんじゃない?」
「収穫?」
成瀬の家の高級車に、びびりながら乗り込むと、成瀬がニヤニヤしながら深雪に問いかけてきた。きょとんとしていると、成瀬はその細い指で深雪が抱えるぬいぐるみを差す。
「深雪がそのぬいぐるみを、後生大事にする姿が目に見えるわ」
「後生は言いすぎだろ」
「ははは・・・・・」
成瀬の発言に、千太郎は大袈裟だと鼻で笑ったが、深雪は引き攣った笑いしか返せなかった。
成瀬の言う様に深雪も、自分がこのぬいぐるみを一生大事にとっておくのだろと客観的に思った。
後輩三人と別れ、日路と頼来は並んで家路についていた。
「あー、帰ったらすぐ寝れそう。 食べ過ぎた」
「あれは買い過ぎだったな」
大きく伸びをする頼来の横で、日路はため息交じりに今日を回想した。
頼来を諫めつつも、つられていろいろ買い込んでしまった日路のお腹も、帯に締められて小さく悲鳴を上げている。
日路が今日のハイライトを思い返していると、不意に頼来が言いにくそうに口を開けた。
「・・・・・日路、あのさあ」
「あっ」
頼来の声と同時に届いた、スマホへのメッセージに、日路は思わず声を上げた。何事かと、頼来が日路の顔を覗き込む。
「どうした?」
「翔兄からメッセージ来た」
“翔兄”とは、日路と頼来が通っていた道場の息子で、二人より四つ年上の兄の様な存在である。
最近は連休の時ぐらいしか顔を出さないが、たまにこうしてメッセージでのやりとりをしている。
日路が挙げた名前に、頼来の顔も懐かしさに綻ぶ。
「なんか久々だなー。 俺、ゴールデンウィークも顔出さなかったからな」
「・・・・・」
懐かしそうに話す頼来の横で、メッセージを読んでいた日路が突然沈黙した。
そして、遂には歩みを止めて呆然と立ち尽くしてしまう。
「・・・・・翔兄、何だって?」
立ち止まった日路に合わせて、ゆっくりと足を止めた頼来が静かに問いかけると、日路は漸くその重くなった口を開いた。
「帰ってくるって」
「誰が?」
要領を得ない日路の返事に、頼来は眉根を寄せて更に質問を重ねた。
しかし質問をした直後、頼来はその答えに辿り着いて、ぐっと拳を握り締める。
やけにゆっくりとした時間が流れ、じっとりと、嫌な汗が首筋を辿った。
「さおりが、帰ってくるって」
「・・・・・」
日路の返答に、頼来は何も返せず沈黙した。




