恋する夏祭り~前編~
地獄の期末テストを乗り越え、終業式の日。
いよいよ明日から待望の夏休みである。
更に、今週末は一大イベントが待っているのだ。
「じゃ、日曜日に浴衣持って、深雪の家に行くから」
終業式終了後、教室へと戻りながら、深雪と成瀬は夏祭り当日の打ち合わせをしていた。
「成瀬ちゃん、着付けできるの?」
「できるわよ。 髪は千太郎に任せておけばいいから」
仕事を振られた千太郎は、持っていたスマホの画面を無言でこちらに向けてきた。
「ここにのってるのぐらいなら、多分できると思う。 選んどいて」
「ふ、二人って本当にすごいんだね・・・・」
成瀬と二人で画面をのぞき込みながら、深雪は慄きの声を上げた。
凸凹コンビのスキルの高さには、いつも驚かされてばかりである。
感心する深雪の横で、成瀬は細い腰に手をあてて、不敵な笑みを浮かべた。
「よしっ。 当日は、大神先輩をぎゃふんと言わせてやりましょ」
「なんか、目指すところ違くね?」
千太郎のツッコミは、都合の良い耳持ちの成瀬には聞こえない様だった。
夏祭り当日の夕方。
人で溢れたお祭り会場で、待ち合わせ場所は“千太郎”である。
「あ、いたいた。 仲良しトリオ」
深雪と成瀬で、千太郎を挟むようにして待っていると、大勢の中から見事に千太郎を見つけ出した頼来が、後ろに日路を引き連れて合流してきた。
頼来は開口一番、感嘆の声を上げる。
「やっぱ、来て良かったわー。 女子の浴衣最高っ」
「頼来、おっさんみたい」
突き放した成瀬の背に隠れるようにして、深雪はそっと浴衣姿の日路を盗み見た。
ネイビーの浴衣に身を包んだ日路は、いつもより涼し気で爽やかさが三割増しである。
目の保養を通り越して、目に毒だと思っていると、ぱっと日路と目が合った。そのまま、その瞳が優しく微笑む。
「二人とも、よく似合ってるよ 。可愛いね」
「あっ、ありがとうございます・・・・・」
深雪の人生史上、最大級の褒め言葉に、目の前が眩む。
同じ様に褒められた成瀬はというと、言われ慣れている所為か、反応が深雪とは違う。
「頼来も、大神先輩ぐらい爽やかさがあればね」
「ひっでぇな。 どうせ、俺から褒められたって、成瀬は嬉しくないんだろ?」
卑屈になる頼来に、成瀬は「まあね」と歯牙にもかけない。
二人のいつものやりとりを、千太郎が無言で見つめていると、視線に気が付いた頼来が何かを思い出した様に、千太郎に近寄った。
「てか、俺たちに浴衣勧めといて、千太郎は私服じゃん」
千太郎以外は全員浴衣を着てきたので、私服姿の千太郎は若干浮いて見える。
どうして着てこないんだと詰め寄る頼来を、千太郎は悪気無く見下ろす。
「歩きにくいんで」
「つまんない男だな!」
つれない千太郎の反応に、頼来が嘆く。
千太郎らしい理由だと、深雪と日路は苦笑する。
五人ではぐれない様にまとまりながら歩いていると、並んだ屋台を眺める成瀬が疑問を漏らした。
「食べ物売ってるけど、こんなところで衛生面とか大丈夫なの?」
「保健所とか通してるって」
頼来が言い聞かせるも、成瀬の眉間に寄った皺は取れることがない。
なんだかんだとお嬢様の成瀬だ。物珍しさに惹かれて夏祭りに来てはみたかったようだが、実際に目の当たりにして思うところがあるのだろう。
「俺は食べるぞ! 焼きそば食おうぜ、日路」
「お好み焼きが良いんだけどな」
頼来が日路の腕を引っ張って、焼きそばの屋台へと向かう。
それを眺める成瀬の目が、うっすらときつくなった。
「頼来のやつ、大神先輩連れてっちゃって。 目的忘れてんじゃないの?」
「まあまあ」
宥める深雪に、成瀬は「ばっかじゃないの」と喝を飛ばした。
「深雪が一番、目的忘れてんじゃないの?」
「ううっ」
下から睨まれる形で、深雪は思わず仰け反った。
三人で日路と頼来の帰りを大人しく待っていると、暫くして両腕に沢山のものを抱え込んだ頼来が小走りで戻ってきた。後ろには、少々呆れ顔の日路が付いてきている。
「沢山買ってきたぞ!」
「どう考えても、買い過ぎだよな」
どうやら、頼来に付き合わされた様子の日路は、呆れた様子でため息を吐く。
同じ様に呆れ顔をつくる成瀬の頭越しに、千太郎が頼来に向かって手を伸ばした。
「頼来サン、子供みたいっすね」
言いながら、千太郎が焼きそばのパックを掠めとる。
「ああ! 俺が食いたくて買った焼きそばっ」
「一口ぐらい、いいでしょ」
千太郎は成瀬とは違い、屋台の食べ物だからと特に気にする様子もなく、頼来が買ってきた焼きそばを頬張った。
頼来と千太郎の間で繰り広げられる、焼きそばを巡った乱闘を見守っていた深雪だったが、日路から徐に差し出された水あめに、驚いて顔を上げた。
「立花も食べるか?」
「え、ありがとうございます!」
日路から水あめを受け取った深雪は、いつかのオレンジジュースの様に、永久保存方法を一瞬考えた。笑顔の日路に見つめられては、流石にそんなことはできないが。
千太郎と深雪が屋台の食べ物を口にしているところを見て、少し興味が湧いたのか、成瀬が二人の様子を交互に見て観察していた。
それに気が付いた頼来が、千太郎との戦闘を切り上げて成瀬を覗き込む。
「成瀬、ホントに何も食べないのか?」
「え? ああ、まあ・・・・・お腹空いてないし」
気取っているのか、単に素直になれないだけなのか。
頼来はそっぽを向いてしまった成瀬の口めがけて、紙スプーンを押し込んだ。
口の中で、冷たい甘みが広がる。
「何っ?」
流石に動転した様子の成瀬に、頼来が悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「かき氷! ブルーハワイだぜ」
「・・・・・・」
一連のことに成瀬が何も言わずに黙っていると、遂に突っ込む気力も無くしたのかと、頼来が口を尖らせた。
「ノリ悪いな」
「頼来がガキっぽすぎるんだよ」
成瀬のツッコミ役を、今回は日路が請け負う。
沈黙し続ける成瀬に、調子でも悪いのかと深雪がその顔色を窺うと、すぐに成瀬が視線を合わせてきた。
「何?」
「い、いや、具合悪いのかと思って・・・・・」
成瀬に見つめられて何事かと問われれば、何故か脅迫されている様な気になってしまうから不思議だ。
勝手に怯える深雪に、成瀬は怪訝な顔をしながらも、様子が可笑しい理由を語ってくれた。
「随分固いかき氷だなと思って、ちょっと戸惑った」
「お嬢様が!」
頼来の僻みに、深雪と日路は顔を見合わせて噴き出した。




