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そっと恋して、ずっと好き  作者: 朱ウ
そっと恋する一年生編
20/109

今日の天気は、優しさ模様

 天気予報で遂に梅雨入りが発表され、雨ばかりのじっとりとした日が続いていた。


 天気の悪さに比例して、成瀬の機嫌もどことなく悪く、深雪と千太郎は、触らぬ神に祟りなしと、無意味に話しかけることはせずに沈黙を貫く。


 しかし、成瀬としてはその沈黙すらも苛立ちの種だったらしい。


「雨キライ。 黙ってないで、千太郎何とかしなさいよ」


 矛先を向けられた千太郎は、欠伸を漏らしながら「無理」と断言した。


 更に尖った成瀬の口から、盛大にため息が漏れる。


「梅雨とか、鬱陶しいだけよね」

「でも、日本の風物詩だよ?」


 窘める深雪に、成瀬は「そうだけどさー」と不満そうに天井を仰いだ。


「なーんか良いことないかしらねえ」


 窓の外を睨みながら、成瀬がぼそっと呟く。


 深雪もつられて窓の外へと視線を送ったが、どんよりとした雲から激しく降る雨は、一向に止まりそうもなかった。




 放課後、今日は部活もなく、車通学の成瀬と千太郎とは昇降口で別れた。


 成瀬には「風物詩だ」なんて高説を垂れたが、深雪も雨の日はあまり好きではない。


 今朝はぎりぎり雨が降っていなかったので良かったが、下校時間は土砂降りときた。


 深雪は、駐輪場の屋根の下で溜息を吐くと、手にしていた袋から、カッパを取り出した。


 雨の日の登下校程、面倒で憂鬱で疲れることはないと思う。


 しかし、どれだけ文句を言っても、帰る手段がこれしかないのだから仕方がない。深雪は諦めて鞄をビニールの袋の中に入れ、前の籠に突っ込んだ。


 隣の自転車にぶつからない様、慎重に自転車を移動させ、いざ屋根の下へと足を踏み出す。瞬間、カッパ越しに大粒の雨が次々と体に降りかかった。


 深雪は、気合を入れるべく、ハンドルを握る手に力を籠めた。


 校内を出るまでは、自転車乗車が禁止になっている為、深雪は自転車を引いて門を目指す。


 今日は最近で一番酷い雨だな、と空模様を窺っていると、足元への注意が疎かになっていた。


 ばしゃっ、と左足が大きな水たまりに嵌る。深雪は「わっ」と短く叫んで左足を勢いよく上げたが、その拍子に大きく体のバランスを崩した。


 まずい、倒れると思いながらも、それを止める術はない。


 結局派手に自転車ごと転倒し、籠に突っ込んでいた鞄は、ビニールの袋の閉じ方が甘かった所為か、勢いよく飛び出して一瞬で雨に濡れた。


 挙句カッパのフードも風に吹かれ、頭から豪雨を被る。


 ここまでくると、最早急いでこの状況をどうにかしようという気が無くなってくる。


 深雪は、立ち上がることも忘れて、昼間の成瀬の言葉を思い出していた。


 これだけ不運に見舞われれば「何か良いことがないか」という思いに耽るぐらいのことは許されるだろうかと自嘲気味に考える。


 どれぐらいそうしていたかはわからないが、流石にこのままの状態を誰かに見られたら、不審に思われてしまうに違いないと、漸く自転車のハンドルに手をかけた時、


「立花!?」


 焦りの混じった声に名前を呼ばれ、反射的に振り返ると、頭に降りかかっていた雨粒が一時的に止まった。


 見上げれば、そこには心配そうに顔を歪める日路の姿があった。自分の鞄を傘代わりにし、その状態で深雪の屋根になってくれていた。


「お、大神先輩っ」

「どうした? 何があった?」


 酷く心配した様子で、こちらを見つめる日路に、深雪は説明する言葉に詰まった。


 倒れた深雪と自転車、雨に打たれる放られた鞄。日路は多分、深雪がいじめにでもあったのではないかと思っている。


 ただ転んだだけであると、深雪は説明するのに多少恥ずかしくなった。


「・・・・あの、普通に、転びました」

「え」


 二人の間に、数秒の間が空いた。


 しかし、容赦なく降りかかる雨に、日路はとりあえず屋根のある所まで移動しようと提案して、深雪の自転車を代わりに移動させてくれる。


 深雪は申し訳なく思いながら、鞄を抱きかかえてその背を追った。


 すっかりびしょ濡れになってしまった日路に、深雪は必死に頭を下げる。


「ごめんなさい! 私の所為で、先輩がっ」


 半泣き状態で謝罪する深雪に、日路は何も言わずに、自分の鞄から白のタオルを取り出した。そのまま、濡れきった深雪の頭にふわりと被せる。


「風邪ひいちゃうだろ? しっかり拭いて」

「っ━━━━」


 頭をタオルで優しく拭かれ、深雪は一気に赤面した。タオルでうまく顔色を隠すことができたことは救いである。


 無言になった深雪に、日路が突然手を止めた。


「あ、このタオル使ってないからな? いやまあ、新品って訳じゃないけど、ちゃんと洗ってるから!」


 弁明を始めた日路に、深雪は更に申し訳なくなって首を思い切り横に振る。


「す、すみません。 先輩のタオルを使わせてしまって・・・・」

「それは良いから、ちゃんと拭くんだよ」


 面倒見の良さは、弟を持つお兄ちゃんであるからだろうか。


 深雪は日路の優しさに、言いようのない苦しさの様なものを感じた。


 優しくされて苦しくなるなんて、どうしてだろうと自分でも思う。


 でも、奥歯を噛み締めていないと、我慢できそうもなかった。


「雨、今が一番酷いみたいだから。 もし予定とかないなら、少し時間ずらして帰った方が良いかもな」

「そ、そうなんですね」


 空模様を窺う日路の言葉に、深雪はなんとか返事を振り絞る。


 日路から借りたタオルで顔を隠しつつ、日路の横顔を見つめていると、ふいに彼がこちらを振り向いた。


 ばっちりと目が合い、深雪は咄嗟に逸らすこともできずに固まる。


「じゃ、俺、部活行ってくるから。 風邪ひくなよ!」


 そう言って颯爽と去っていく日路の後ろ姿を、深雪は呆然として見送った。


 降りしきる雨の中、日路の太陽の様な温かい優しさに、じわじわとこみ上げてくるものがある。深雪は無意識に胸へと両手をあてた。


 手にしたタオルを、どうすればよいかとつらつら考えていると、暫くして遠くから、成瀬の声がした。


「あ! 深雪まだいたーっ」


 声に振り返れば、先刻別れたばかりの成瀬が、後ろに千太郎を引き連れてこちらに向かってきているところだった。


 成瀬は屋根の下を通って、深雪の元まで歩いてやってくると、スマホを取り出して、そのまま表示した画面を深雪に見せてきた。


「なんか天気予報見てたら、もう少ししたらちょっと止むみたいだったから。 深雪がまだいたら、その時間まで一緒に時間潰そうかと思って」


 どうやら二人は、天気予報を見てわざわざ戻ってきて、駐輪場まで来てくれたらしい。


 深雪はもう、我慢しきれずに、涙腺を緩ませた。


「成瀬ちゃんーっ」

「え、なに、何よ? っていうか、何でそんな濡れてんの!?」


 突然泣き出す深雪に、成瀬は状況が分からず目を白黒させる。


「今日はホントに、羽澄が泣かせた」

「はァ!?」


 千太郎の棒読み発言に、成瀬が心外だと声を上げた。


 深雪は構わず、そのまま静かに泣き続ける。


 成瀬には悪いが、今日は雨に濡れた分、人の優しさがいつも以上に身に染みて、涙が自然に零れて、止められそうもなかった。

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