ミッション
翼蘭祭が無事終了し、日常が戻ってきた翼蘭学園には、とある不穏な噂が湧いていた。
曰く、
「二年の大神日路に、彼女ができたらしい」
この噂を聞きつけた一年生組三人は、放課後緊急会議を開いていた。
怖い顔の成瀬が、舌打ち寸前に溜息を漏らす。
「ぬかったわ。 大神先輩に彼女がいるかどうかってこと、本人に確認するの忘れてた」
日路に会いに行った当初、頼来から日路には彼女はいないという情報を貰っていたが、それが信じられないからと、今度本人に聞こうという話をしていたのだが、すっかり忘れて今日に至る。
成瀬は「私としたことがっ」と頭を抱えて項垂れていた。
その様子に深雪が苦笑すると、成瀬の鋭い眼光が突き刺さる
「呑気にしてる場合じゃないでしょ? 状況分ってる?」
「え、まあ、うん・・・・・」
成瀬に気圧されつつ、深雪は視線を落として困り顔を造った。
「なんていうか、彼女いて当然だよな~とか、妙に納得というか・・・・・」
自分で言っていて、流石に苦しくなった深雪は、表情を暗くして完全に俯く。
その反応に成瀬が動揺して固まると、黙って話を聞いていた千太郎が口を開いた。
「羽澄が泣かした」
「ばっかじゃないのっ。 泣いてないじゃない!」
「う、うん。 泣いてないよ?」
慌てて深雪が顔を上げると、安堵した成瀬がほっと肩を撫で下ろした。そして、きつく千太郎を睨みつける。
「千太郎のバカ!」
「ちょっと焦ったっしょ」
千太郎が珍しく声を上げて笑う。
成瀬は怒りに転調したが、そんなことより深雪の恋路が優先と、溜飲を下げる。
「こうなったら、やっぱり確かめましょ。 噂の真相」
有言実行派の成瀬の意欲的な発言に、深雪は顔を引き攣らせた。
「それって、本人に聞きに行くってこと・・・・・・?」
それはどんな拷問よりも辛いと、深雪が固まると、成瀬は「甘いわね」と悪戯な笑みを浮かべた。
「そもそもこの噂は、大神先輩が休日に街で、美人と歩いてたってことからきてるらしいのよ」
「だ、だから?」
もしやと思いつつ、深雪は恐る恐る成瀬の続く言葉を待った。
たっぷりと溜めてから、成瀬は楽し気に口を開く。
「尾行すんのよ! 今度の日曜は、三人で駅集合ね」
「む、無理だよ!」
「オレも行くのね・・・・・」
逃げ腰の深雪に対し、どれだけ抗議しても無駄であると、千太郎は悟りの境地に達し、無駄な抵抗をするのを止めて机に突っ伏した。
日曜日の午後一時半の街中は人で溢れ、賑やかさが際立つ。
最寄りの駅に集合した三人だが、成瀬と千太郎は車移動の為、実質電車を利用したのは深雪だけ。改札口を出ると、美形凸凹コンビは群衆に紛れること無く、すぐに見つけることができた。
「深雪―!」
深雪に気が付いた成瀬が、こちらに手を振ってくる。
パステルピンクコーデでまとめている成瀬は、意外にも甘いテイストで、口を開かなければ完全無欠の超絶美少女。隣の千太郎は、黒シャツに白パンツを合わせており、背の高さも相まって、まるでファッション雑誌から飛び出してきた様である。
深雪は、一度足を止めて自分の服装を改めて確認してみた。
白と黒のボーダーTシャツに、デニムという、いたってシンプルな服装。これを成瀬が着ていたのなら良く見えるのだろうが、一般人の深雪ではそうもいかない。
特別目立ちたいわけではないので、薄い印象になるのは一向に構わないのだが、今からあの二人に挟まれて街中を歩くのかと思うと、多少たじろいでしまう。
立ち止まったまま、動かなくなってしまった深雪を不審に思い、成瀬と千太郎の方から歩み寄ってきた。
「深雪? 何してんの」
「え!? あ、いや、なんでもないよ!!」
弾かれた様に顔を上げて、思い切り首を横に振る。
深雪の大げさな反応に、成瀬は怪訝な顔をしながらも、それ以上問い詰めてはこなかった。
代わりに、今日の本題に入る。
「さーて、大神先輩探すわよ!」
やる気満々の成瀬に対して、隣の千太郎の反応は微妙である。
「来ておいてなんだけど、絶対無理だろ」
後ろ向き発言というか、至極真っ当な千太郎の発言を、成瀬が鼻で笑う。
「剣道部が今日部活ないのは、わかってるから。 事前に頼来に、大神先輩が行きそうなとこリサーチしたし」
鼻高々に語る成瀬に、千太郎が「もう本人に聞けば良いのに・・・・」と身も蓋もないことを言い始める。
兎にも角にもと、三人は駅を出て街中に足を踏み入れた。
休日ということもあり、様々な世代の人々が行き交っており、この中から目的の人物を探すというのは、かなり難しいのではと改めて思う。そもそも、日路が確実にこの街中にいるという確証もない。
流石に今日の作戦は、失敗に終わるだろうと思っていた深雪の隣で、成瀬がスマホを取り出して何やらリストの様なものを読み上げる。
「スポーツ用品店に、デパ地下に本屋、服屋は・・・・・あ、あのお店によく行くらしい!」
どうやら、事前に仕入れた日路の行きそうなお店リストらしく、成瀬は自分で指さしたお店へと駆けていく。
いつのも気だるそうな感じとは、打って変わってはしゃいだ様子の成瀬を遠目で眺める千太郎が、徐に深雪の肩に手を置いた。
「悪い立花。 付き合ってやって」
「う、うん。 それは、全然大丈夫だよ」
寧ろ二人を突き合わせているのは自分だと、深雪は申し訳なさそうに肩を竦めた。




