翼蘭祭~後夜祭編~
翼蘭祭もいよいよ大詰めを迎えていた。
一般客がいなくなり、後夜祭がスタートしようとしている。
学生中心の催しである翼蘭祭は、生徒会メンバーが筆頭となって取り仕切る。
それは生徒会に所属している頼来も同様で、グランドで行われるキャンプファイヤーの準備をせっせとしていた。
そんな頼来の背に、聞き慣れた声がかかった。
「お疲れ」
「おお、日路もな」
振り返れば、幼馴染の日路が、今日も爽やかな笑みを湛えて後ろに立っていた。今日の出来事をお互いに軽く話し、そろそろ後夜祭が始まる時間だからと、軽く手を振って別れた。
別れ際、日路が何かを思い出した様に「あ、そうだ」と言ってこちらを振り返ってきた。
「カレーがちょっと余ったからさ、後夜祭始まって自由時間になったら、教室に残飯処理しに来てよ」
「えー。 食べてないから食べたいけど、残飯処理って何か言い方微妙・・・・」
頬を膨らませる頼来に、日路は「ははっ」と笑って、他の友人たちが待つ方へと消えていった。
「・・・・・」
日路の後ろ姿を、頼来は何事かを言いかけながらも、最終的には無言で見送った。
そのまま棒立ちしていると、同じ生徒会の先輩が、心配そうに声をかけてきた。
「吉井? 大丈夫か、ぼーっとして」
「え?・・・・・ああ、すんません。 すぐ準備するので」
くるりと表情を変え、頼来は平静を装う。幸いにも先輩はそれ以上突っ込んだことを言ってくることもなく、「そろそろ始めるからな」と声をかけると、その場を去っていった。
頼来は、周りに誰もいないことを確認してから、一人溜息を吐く。
生徒会としての仕事で忙しくしていた疲れもあったが、昼間に少しだけ成瀬と諍ったことが半日ずっと脳裏から離れなかった。
成瀬と揉めることは今までにも多々あったが、今日ほどの気まずさを感じたことはない気がする。第三者がいると、ここまでこじれるものなのかと、頼来は自嘲気味に笑う。
あの場で成瀬を注意すれば、確実に彼女の機嫌が悪化することは目に見えていた。
しかし、成瀬のことを知らない第三者に、成瀬のことを誤解されたくないという頼来なりの思いがあったのだが、今思えばより場を悪くする失策だったと反省せざるを得ない。
どうしたものかともやもや考えている間に、後夜祭が始まり、キャンプファイヤーに火が灯された。
「よし、あとは俺らでやっとくから、他の皆は解散!」
「おつかれっしたー」
生徒会メンバーのうち、数人がその場に残り、頼来を含めた他の生徒は漸く役目から解放され、後夜祭を楽しむためそれぞれ友人たちの元へ散った。
頼来は迷うことなく日路を探したが、視界のどこかにあの生意気な彼女が映らないものかと心の片隅で思っていた。
しかし暫く歩き回っても、成瀬どころか日路の姿も見つけることができず、頼来は諦めて連絡を取ろうとスマホをポケットから取り出した。
すると、既に日路からメッセージが入っていた。
━━━残飯処理班!教室集合!!━━━
「だから、残飯処理班って言い方」
文面に小さく吹き出し、頼来は軽い足取りで教室へと向かった。
ほとんどの生徒が、グラウンドでキャンプファイヤーを囲みながら後夜祭を楽しんでいる様で、校内は昼間の活気が過ぎ去った静かなものだった。
教室に辿り着き、頼来はいつもの調子で窓から顔を覗かせた。
「はーい、残飯処理班到着しまし・・・・・たぁ・・・・・」
「!」
おどけた調子が、教室にいる人物を視界に捉えたところで動揺に崩れる。
「何で成瀬?」
「何で頼来? てか、何、残飯処理って」
「・・・・・」
教室に居たのは、成瀬一人。ゆっくりと教室に入って辺りを見回したが、日路は勿論、成瀬の友人である深雪と千太郎の姿も見当たらない。
突然の状況に、少しの間困惑したが、だんだんと状況が見えてくる。
それは成瀬も同じだった様で、数秒見つめ合い、どちらからともなくため息が漏れた。
「嵌められたわ」
「嵌められたな・・・・・」
おせっかいな友人たちに見事に騙されたようで、成瀬と頼来は気まずそうにもう一度息を吐いた。
変にもやついていた自分が馬鹿らしくなり、一気に脱力してその場にしゃがみ込む。
「やられたわー。 日路に文句言ってやろ」
「千太郎と深雪は、どうしてやろうかしらね」
成瀬がぼそっと恐ろしい発言をすると、怯えるように教室のドアが揺れた。
頼来はしゃがんだまま、緩く笑って成瀬を見上げる。
「・・・・・友達に恵まれてるよな、俺らって」
「ま、否定はしないけど?」
「でた、照れ隠し成瀬!」
「うっざ・・・・・」
特に、昼間の出来事に触れることはなく、いつもの調子に戻って行く。そのまま軽口を叩き合えば、わざわざ蒸し返す程の事でもないかと、気持ちが軽くなった。
まんまと友人たちの策略にのせられたと、頼来は苦笑を漏らした。
そんな二人の様子を、教室のドア越しに、友人三人がそっと覗く。
「成瀬ちゃん、よかったねえ」
「すっかりいつもの二人だな」
「・・・・・そうっすね」
いつもの光景に安堵する深雪と日路の後ろで、千太郎の反応は少しだけそっけなかった。




