翼蘭祭~彼女と彼編2~
目当ての教室に近づくにつれて、カレーの独特な匂いが漂ってきた。
行き交う人々の表情は総じて楽し気で、その中で成瀬の醸し出す雰囲気は殺伐として近寄りがたい。
三人で一言も交わさずに、日路のクラスに辿り着いた。
一番の昼時を過ぎたとはいえ、未だ盛況を見せている教室内で、カレーを売る日路の姿を見つけた。かなり忙しそうに、しかし、いつもの爽やかさは決して崩すことはない。
行列に三人で並んだが、その間も会話は一切なく、深雪は成瀬と千太郎を交互に窺って口を開いては、結局何も言えずに口を結ぶしかなかった。
結局、無言のまま列の先頭まで辿り着いた。
「いらっしゃ・・・・・おお、皆来てくれたのか。 ありがとな」
三人を迎えた日路の笑顔は、少しだけその場の空気を和らげる。
オーダーを聞いた日路が、三人分のカレーをよそってくれる。手際の良さに見惚れていると、すっとカレーのよそわれたトレーが手渡された。
「・・・・はい、立花は甘口な」
「あ、ありがとうございますっ」
若干の空気の気まずさと、日路への緊張で声がひっくり返る。いつもなら成瀬から一言二言飛んできそうな場面だが、勿論つっこみなど入らない。
続いて千太郎が「どうも」と短く礼を述べて受け取り、最後に成瀬が日路からカレーを受け取ろうと手を伸ばした。
その時、
「成瀬、どうかしたか?」
「え?」
日路からの急な問いかけに、成瀬は似合わない素っ頓狂な声を上げる。
深雪も驚いたが、そのまま黙って見守っていると、日路が柔らかく微笑みながら言葉を続けた。
「なんか、元気無さそうに見えたから」
ストレートな言葉に、何故か深雪が心を打たれてしまう。人の機微に敏感なだけでなく、選ぶ言葉まで神センスだ。
一方で言われた本人の成瀬はというと、何かを抑えるように微妙に顔を顰めた。
「・・・・・大神先輩って、本当に何者なんですか」
「え?」
成瀬流の照れ隠しだと、深雪と千太郎は合点する。しかし、日路は未だそこまで成瀬を攻略できていない様で「ええと・・・・・」と困り顔で深雪と千太郎へ視線で助けを求めてきた。
その様子に、成瀬がもう一度口を開く。
「ほんっと、何で大神先輩が頼来と友達なんだか」
成瀬の言葉に、日路は爽やかに笑って見せた。
「ははっ。 頼来のことなんて、成瀬の方がよく知ってるんじゃないか?」
「・・・・・」
邪気のない日路との会話は、成瀬のとがった心をほんの少しだけ丸くしてくれたようで、日路からカレーを受けっとって深雪と千太郎の元へと寄ってきた成瀬は、少しだけ俯きながら上目遣いでこちらを窺ってきた。
「・・・・・ごめん、空気悪かったわね。 もう平気よ」
少しだけ強がりを含む声色だったが、深雪と千太郎は気づかないふりをして成瀬を囲む。
「全然大丈夫っ。 ね、それより午後はどこ回ろうか?」
「そうね、頼来のことでイライラするとか、時間の無駄だったわ。 もっと楽しみましょ」
どこまでも頼来にドライな成瀬に苦笑しつつ、深雪は三人で楽しく食事ができることが嬉しかった。
せっかくの文化祭だ。思いっきり楽しみたい。
これも日路が場を和ませてくれたおかげだと、カレーを売っている日路へとちらりと視線を送った。
すると、先刻まで成瀬の隣でカレーを食べていた千太郎が、丁度日路に声をかけていた。
「大神先輩、ちょっと」
「ん?」
珍しい組み合わせに、何の話をしているのかと疑問に思った深雪だったが、徐々に調子を取り戻していく成瀬との会話に花が咲き、結局その後も、二人が何を話していたのかは聞けぬまま、翼蘭祭を思い切り楽しんだ。




