うるさいクラスメイト
入学式から時が経ち、未だ慣れない顔ぶれの教室で、千里は一枚の紙を片手に眉毛を寄せた。
クラス全員に配布されたそれは、所属する部活動を選択する希望用紙である。今日から2週間、各々が部活動を見学、体験し、入りたい部活を選ばなければならない。
一年生は、校外のクラブ活動を行っている人以外は、部活の所属が必須である。千里はずっと続けていたサッカーのクラブを中学で辞めてしまったので、必ずどこかの部活に入らなければならない。
手にしていた紙に向かって、千里は小さくため息を吐き出した。
所属するのであれば運動部が良いが、ここでサッカー部を選択するのは、何だか違う気がする。かといって、特別他のスポーツをやりたいという気持ちもない。
ふと、教室を見渡してみる。
やはり殆どの生徒が、先刻配られた希望用紙を手に、部活の話題で盛り上がっていた。
それは、千里の後ろの席に座る、喧しいクラスメイトも例外ではない。
「可西さんは、部活動どうするか決めてるの?」
「もちろんですわ!」
近くの席の女子生徒に質問され、蘭子は希望用紙を手に、高々と掲げた。そこには、思いの外流麗な字で既に「演劇部」と記載されていた。
「演劇部かー。 可西さん、オーラあるから合ってそうだね」
クラスメイトに持ち上げられ、蘭子は嬉しそうにはしゃいだ。
ちらりと、千里は顔だけ後ろを振り向く。入学式の日、双葉や成瀬と知り合いらしい彼女の嵐ぶりを見ていたので、同じクラス、しかも出席番号が前後だったことに最初は驚いた。
騒がしそうだし、あまり関わらないようにしようと思っていたのだが、フレンドリーかつ空気を読まない蘭子は、席が近いという理由だけでよく千里に話しかけてきた。
今回も、千里と目が合った蘭子はにこにこで話しかけてきた。
「千里くんは、もう決めましたの?」
千里的にはかなり違和感のある言葉遣いは、蘭子のキャラとしてクラスでは早くも認知されている。特に誰も指摘することなく、寛容な性格の生徒が多いなと、千里は他人事のように考えた。
「決まっていないなら、一緒に演劇部の見学にいきましょう」
沈黙する千里を都合良く解釈した蘭子が、とんでもないことを言い出すので、千里は慌てて首を横に振った。
「あら、もうどこの部活にするか、決めていらっしゃるんですか?」
「いや・・・・・」
小首を傾げる蘭子の問いかけに、千里は声を詰まらせた。
これといって、入りたい部活が無いのは事実である。だからといって、全く興味の無い演劇部の見学へ行くほど冒険家ではない。
千里が目を泳がせていると、隣の席の男子生徒が話に入ってきた。
「大神って確か、有名なサッカークラブにいたんだろ? 俺の従兄弟が同じクラブでさー」
「まあ、そうなんですね!」
蘭子がキラキラとした瞳で千里を見つめる。恐らく、千里が所属していたクラブチームが、どれくらいすごいのかということは、全然分かっていないのだろう。
千里は誤魔化すように、曖昧に笑ってみせた。サッカーの話になると、年始に勃発した兄弟喧嘩を未だに思い出す。勝手に気まずくなって黙り込む千里に、男子生徒は更に続けた。
「サッカー部の勧誘とか、あるんじゃない?」
純粋な褒め言葉として放たれたその発言に、千里はどきりと顔を引き攣らせる。
実際、既にサッカー部の上級生から勧誘を受けていた。サッカーを続けるつもりはなかったので、丁重に断りを入れたのだが、もう少し考えてほしいと食い下がられているのである。
ここで他にやりたい部活でもあれば、はっきり断れるところなのだが、それも無いため、説得力のある理由を絶賛探し中だ。
悩ましい問題に、内心頭を抱えていると、蘭子が「でも」と口を開いた。
「最終的に決めるのは、千里くんですものね」
そう言うと、蘭子は目を伏せて静かに微笑んだ。普段の騒々しさからは想像できない、大人びた表情に、千里は目を丸くして固まる。
一拍おいて目を開けると、蘭子はその大きな瞳をキラリとさせて千里の腕を勢いよく引いた。
重ねて驚いた千里は、危うく椅子から転げ落ちそうになった体を、掴まれた腕とは反対の手で机を押さえて踏ん張った。
「というわけで、一緒に演劇部に行きましょうっ」
なんでだよ、というつっこみは、呆れから声には出ない。
反論が無いのを良いことに、蘭子の調子はこれ以上無く上がっていった。ぐいぐいと千里の腕を引いて、早口でまくし立ててる。
「そして、是非わたくしが書いた脚本の、主役を務めてくださいな!」
「お前、出る側じゃねーのかよ・・・・・」
とうとう声に出たつっこみは、きっと蘭子の耳には届いていない。




