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そっと恋して、ずっと好き  作者: 朱ウ
ずっと好きな二年生編
104/109

Who is she?

 深雪は、突如として現れた可憐な少女の発言を脳内で反芻した。


 聞き間違えではないだろう。少女は確かに成瀬に向かって「羽澄お姉様」と呼びかけた。

 

 深雪は緊張の面持ちで成瀬の顔を見る。


「・・・・・成瀬ちゃん、妹さんいたの?」

「いないわよ!」


 探るような深雪の質問に、成瀬の食い気味な否定が被せられた。


 いつだったか、弟がいると話していたのは覚えていたが、やはり妹はいないのだろうか。しかし、それならばこの少女は一体誰なのか。


 成瀬は自分に抱きつく少女を引っ剥がし、咳払いを一つしてから深雪に紹介をしてくれた。


「この子は可西蘭子(カザイランコ)。 私の母方の従妹」

「初めましてっ」


 蘭子と紹介された少女は、そのきらきらとした瞳に初めて深雪を映した。


 胸元まで伸びた綺麗な黒髪。整った顔立ちは成瀬の血縁者を思わせるが、表情筋全てを使って全力の笑顔を見せる蘭子は、やはり成瀬とは似ても似つかない。


 じっと深雪を見つめた後、ぐりんっと勢い良く成瀬に顔を向ける。


「お姉様のご学友ですの?」

「・・・・・そうよ」


 間を開けた成瀬の回答はぎこちなく、どことなく気恥ずかしそうだ。


 蘭子はというと、成瀬の友人という立場の深雪に興味津々で視線を送ってきていた。


 深雪はどぎまぎしながらも、蘭子に笑顔を向けた。


「えっと、立花深雪です。 宜しくね」

「深雪お姉様! こちらこそ、宜しくお願い致します!」


 お姉様!?


 未だかつて呼ばれたことのない呼称は破壊力抜群で、深雪を唖然とさせた。


 言葉を無くした深雪を余所に、成瀬が怪訝な顔で蘭子の顔を覗き込む。


「っていうか、何であんたがここにいるのよ・・・・・っていうかその制服着てるってことはもしかして」


 成瀬は言葉を詰まらせ、それに蘭子の溌剌な声が続く。


「はい! 可西蘭子、晴れて今日から羽澄お姉様の後輩ですの」


 幸せそうに、胸の前で両の手のひらを合わせて微笑む蘭子に目眩を覚えつつ、成瀬は驚愕した。


「な、何で!? っていうか、聞いてないんだけどっ」

「あら、わたくし、お姉様宛の手紙でちゃんとご報告致しましたわ」

「手紙って・・・・・」


 純真無垢な顔の蘭子の言葉は、成瀬の勢いを堰き止めるのに充分だった。


 ついに頭を抱えた成瀬へ、千太郎は哀れみの視線を送る。


「本当に嵐が来たな、羽澄」

「ちょっと黙りなさいよ・・・・・」


 千太郎へのつっこみにもいつもの鋭さや力強さは無く、ぐったりとした様子で肩を落とした。


 蘭子はというと、姿勢を正してから千太郎を見上げた。


「千太郎お兄様も、今日からは先輩後輩として、どうぞ宜しくお願い致しますわね」


 蘭子と千太郎の面識はあるらしい。しかし、非常に丁寧で落ち着き払った蘭子の挨拶は、成瀬へ向ける高いテンションとは異なる。


 千太郎が「ああ」と小さく返事をすれば、蘭子は少しだけ頰を紅潮させて微笑んだ。


 おや?と深雪は首を傾げたが、蘭子はすぐさま元のテンションに戻って、成瀬の腕を強引に引いた。


「そんなことよりお姉様! わたくし、お姉様とお写真撮りたくて探してましたのよ。 外にカメラマンを待たせてますから、一緒に行きましょう!」

「ちょっと、引っ張らないでって・・・・・」


 文句を言いながらも、成瀬は腕を引く蘭子の手を振り払えない。されるがままに、廊下の奥へと消えていく。


「ど、どうしよう、双葉君」


 急展開について行けず、深雪はおろおろと千太郎の顔を見上げた。


 千太郎はだるそうに頭をかいて、一つため息を吐く。


「まあ、今日は成瀬の家の車が迎えだから、置いていくわけにもいかないし。 ゆっくり後を追う」

「追いかけるけど、ゆっくりなんだね・・・・・」


 面倒事には関わりたくないという気持ちを顕にする千太郎は、足を踏み出す前に窓の外へ顔を向けた。


「なんか騒がしくして悪かったな、千里」

「あ、いや、別に」


 すっかりこの場から存在感を無くしていた千里は、呆気にとられた様子で首を横に振った。


 蘭子の登場からここまで一言も発さなかった千里は、面倒事に巻き込まれたくなかったというよりは、本当に置いてけぼりにされていたといった感じでそのまま立ち尽くす。


 深雪と千太郎は宣言通りゆっくりと成瀬の後を追って行き、その場には千里だけが残された。


 嵐の前の静けさと言うが、去った後の静けさは余計に際立つなと、千里は一人そんなことを思ったのだった。


***


 賑やかな学園を後にし、千里は近くのコンビニを訪れていた。適当に水と缶コーヒーを購入し、外に出ると、駐車場に見覚えのある車が入ってきた。


 千里が迷い無くその車に歩み寄ると、すぐに運転席側の窓が開いた。


 「お待たせ」


 そう言って顔を見せたのは、姉の元恋人の鷲尾大尉である。何がどうして、大尉は別れた恋人の弟を迎えに来るようなシチュエーションになったのだろうか。千里はその経緯を知らなかったが、彼が異常なお人好しであると言うことはよく分かった。


 千里は後部座席に乗り込むと、先程買った缶コーヒーを大尉に手渡した。


「迎えありがと、大尉君」

「お、悪いな。 ありがとう」


 大尉は千里の善意を心地良く受け取ると、運転席のドリンクホルダーに缶コーヒーをそっと置いた。


 千里がシートベルトをするのを見届けてから、大尉はゆっくりと車を発進させる。


「入学おめでとう、千里」

「うん、ありがと」


 流れる外の景色をぼーっと眺めながら、大尉と他愛ない話をする。時折、姉の近況をそれとなく伝えてみた。


 姉の話になると、大尉は「そうか」と相づちをうつばかり。興味のないふりをしているのか、本当に興味がないのかは分からなかったが、バックミラーで確認できた大尉の表情は、どこか優しげで妙に切ない。


 どうして別れたのかなんて知らないし、知るつもりも別段ないのだが、姉のパートナーが大尉であれば良いと思うほどには、千里は大尉のことが気に入っている。


 赤信号で停まった車の揺れを感じながら、千里はそれとなく呟いた。


「早く、より戻せば良いのに」

「ははは、日路と同じこと言うなよ」


 千里としては本心だったのだが、大尉には冗談にしかとってもらえない。



 まあ、俺が気にすることでもないか。


 

 そう思い直して、千里は再び車窓に視線を戻す。窓には、反射でつまらなさそうな顔をする自分が映ったが、気づかないふりをして遠くを眺めた。


 青信号で車が発進すると、翼蘭学園の校舎の上部が、建物や木々の間から見えた。今日から三年間、あそこに通うことになる。


 少しずつ、しかし着実に大人へと近づいている現実に、未だ実感はわかなかった。


 なんだかずっと、このままの自分しか想像できない。


 いつの間にか、つまらない顔の自分と見つめ合って逡巡していると、徐ろに車が左折したので、翼蘭学園の校舎が視界から完全に消える。


「高校生活、楽しめよ。 一瞬でオジサンになるからな」


 大尉がそんなことを言うので、ふっと千里から笑いが漏れる。


 実際、あっという間に過ぎていくのだろう。人生のうちの、たったの三年間。ぼうっとしていたら、一瞬で終わるのだろうなというのは、入学した日に思うにはいささかセンチメンタル過ぎる気もするが。


「説得力あるねー」


 千里がわざとらしく頷いた返しに「うるさいよ」とつっこみながら、大尉は穏やかに笑った。




 

 

 

次話は11/1投稿予定です!

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