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そっと恋して、ずっと好き  作者: 朱ウ
ずっと好きな二年生編
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春の嵐

第二章始まりました!


活動報告で触れましたが、登場人物の名前を一部変更していますので、こちらでもご報告です。


第88話 冬の花屋にて

鷲井大尉→鷲尾大尉


 春。


 桜前線は遅れに遅れ、今日、翼蘭学園入学式を美しく彩っている。


 式や説明会を終えた新入生やその保護者たちが、外で記念撮影をする中、深雪、成瀬、千太郎の三人は揃って閑散とした廊下を歩いていた。


 窓の外に見えた、新品の制服に身を包むきらきらの新入生の姿を一瞥し、成瀬は盛大なため息を吐いた。


「あーあ。 頼来の所為で、とんだ重労働だった」


 言いながら、両手を上げて伸びをする成瀬の少し後ろを歩いていた千太郎が、それを聞いて怪訝な顔をした。


「力仕事は、基本的にオレにやらせてただろ」

「あったりまえでしょ。 適材適所」


 言ってることの辻褄が合わないのだが、指摘するのも面倒で、千太郎は短く息を吐くに留めて口をつぐんだ。


 今日は翼蘭学園の入学式。通常二、三年生は午前中のみの登校なのだが、例によって生徒会の頼来に入学式の手伝いを頼まれた三人は、準備に受付に片付けまで、すっかりこき使われたのである。


 ちなみに、日路は本日部活で遠征の為、手伝いには不在。そのことも、成瀬としては深雪の恋の進展にも繋がらないと、不満の種になっていた。


「でも、お弁当も出してもらったし。 入学式の準備も楽しかったよ」


 にこにこと笑う深雪は、外にいる新入生を眩しそうに見つめた。


 一年前は、自分もあちら側だった訳だが、時間が経つのはあっという間である。


 深雪が感慨深く思っていると、隣で同じように窓の外を眺めていた成瀬が「あっ」と声を上げて立ち止まった。


「生意気少年、発見」


 成瀬の言葉に、深雪も立ち止まって外の景色から該当の人物を探す。すると、人の固まりから少し離れた木の陰で、一人スマホをいじる千里の姿を発見した。周囲に保護者とみられる人はいない。


 千里が翼蘭学園に進学したことを知ったのは、つい先日。日路はかなり驚いていた様だが、学校見学にも来ていたし、深雪たちはそれほど驚かなかった。


 声をかけるか、微妙な距離感に深雪は少し悩んだ。窓を開けて呼びかければ、聞こえなくはないだろうが、外は賑わっているので、それなりに大きな声でないと届かない気もする。


 そもそも、深雪に声をかけられても、千里は良い顔をしないだろう。最初の出会いから今日まで、あまり距離は縮まっていない。


 どうしようかと深雪が内心考えあぐねていると、千太郎がすっと足を踏み出して、がらっと窓を開けた。


「千里」


 いつも気だるげな千太郎の大きな声に、深雪は目を丸くした。


 呼びかけられた千里は驚いた様子で、しかし的確に声のした方向を捉えてこちらを振り返った。


 その瞳にはまず千太郎が映り、彼の顔を綻ばせたが、すぐに後ろの深雪と成瀬の存在に気がついて眉根を寄せる。結果的に酷く微妙な表情のまま、一応小走りに駆け寄ってきた。


「入学おめでと」

「あ、ありがとうございます!」


 千太郎に祝いの言葉を向けられれば、流石に嬉しさが勝って千里の顔にも笑顔が咲く。


 いつも目つきの悪い千里の、少年らしい表情に、深雪も微笑ましい気分になった。


「ねえ、生意気少年の親御さんはー?」


 成瀬が横からひょっこり顔を出して話に割って入ると、すぐさま千里の眉間に皺が寄る。しかし、そなんなことで怯む成瀬ではない。「どこにいるの」と挑むような態度で再度問いかける。


「・・・・・もう帰ったけど」

「なーんだ。 大神家ご両親、興味あったのにぃ」

「成瀬ちゃん・・・・・」


 つまんない、と頰を膨らませる成瀬には、深雪も苦笑する他ない。


 呆れ気味にため息を零す千里に、今度は千太郎が問いかけた。


「家の人、先に帰って千里帰り一人? もう帰るなら、車乗っていくか?」

「「えっ」」


 千太郎の思いがけない提案に、目を煌めかせたのは千里で、驚きに低い声を漏らしたのは成瀬である。


「ちょっと、勝手に決めないでよ。 今日うちの車なんだけど?」

「ケチだな、羽澄は」


 凸凹コンビのいざこざが始まりそうになり、深雪は身構えたが、すぐに千里の方から「いや」と断りの言葉が続く。


「せっかくですけど、お気遣いなく。 知り合いが迎えにきてくれることになってるので」

「何よ。 断られたら断られたで、むかつくわね」

「成瀬ちゃん、流石に理不尽だよ・・・・・」


 成瀬が腰に手を当ててふんっと鼻を鳴らすので、小さくつっこみを入れてみた深雪だったが、それで態度を改めるような成瀬ではない。


 敵などいないと言う風に胸を張る成瀬に、千太郎はやれやれと首を振った。


「あんまり調子乗ってると、とんでもない嵐に巻き込まれるぞ」

「何よ、とんでもない嵐って」


 バカバカしい、と歯牙にもかけない成瀬だったが、千太郎の言葉は完全なフラグとなって、嵐を呼び寄せる。


 すぐにその“嵐“の足音が、一向に近づいてきた。


 廊下を駆けるその音に気がついた深雪が後ろを振り返ったのと、どんっという音とともに成瀬の体が大きく横に揺らいだのは同時だった。


「痛った・・・・・何!?」


 成瀬は、腰辺りに突進してきた“誰か“に驚いて、その長い睫毛に縁取られた目をぱちくりとさせた。


 結果的には、傾いた成瀬の体は千太郎によって支えられた為、成瀬がその場に倒れるということはなかったが、あまりの衝撃に流石の成瀬も驚きを隠せない様子だった。


 同じように、突然の出来事に脳内処理が追いつかない深雪は、視界からなんとか情報を集めた。


 翼蘭学園の制服を身にまとったその“誰か“は、成瀬に抱きついた形のまま、ばっと顔を上げた。


「・・・・・やっとお会いできましたわっ」


 はしゃいだ声を上げるのは、くりんとした瞳が愛らしい可憐な少女。


 一同の視線を一身に受けながら、少女の瞳には成瀬一人が映る。


「羽澄お姉様!」

「ら、らんこ・・・・・!?」


 桜舞う翼蘭学園の新しい春に、成瀬の驚愕の声がよく響いたのだった。

 


 

 

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