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そっと恋して、ずっと好き  作者: 朱ウ
そっと恋する一年生編
102/109

春を待つ

 三年生がいない校内は、いつもよりどこか静かだった。


 部活のミーティングを終えた日路は、教室に戻る途中で、職員室での用を終えた頼来と廊下でばったり遭遇した。


 朝から会っているので、大したエピソードもないまま、一緒に教室まで戻っていると、そういえばと日路がし始めた話に、頼来は目を丸くした。


「え、千里がどこの高校に行くか、昨日まで知らなかったってこと?」

「そう・・・・・」


 溜息混じりに、日路は気まずそうに頷く。それから、ことの経緯を話し始めた。


 話は、昨夜まで遡る。


***


「千里、先に風呂入ってこいよ。 またゲームして寝落ちしたら、朝風呂になるぞ」

「へーい」


 日路の母親の様な指摘に、今日の千里は案外素直に従って風呂場に向かった。


 リビングで塾に行くまでの時間を潰していた蓮季は、その様子に肩を揺らして笑った。


「千里も後少しで高校生かー。 日路は大学飛び越えてお母さんかな」

「まだ高校生だから」


 からかう蓮季に軽くつっこみながら、日路は自分の心に靄がかかったのを感じた。


 千里が春から高校生になるのは、勿論承知している。サッカーは続けない決断をした彼が、受験と合格発表という人生のイベントを済ませたことも、同じ屋根の下に住む兄として知っている。


 が、しかし、


「・・・・・蓮季ってさ、千里がどこの高校受験したか、知ってる?」

「は?」


 日路の質問に、蓮季は余程驚いたのだろう。普段はしないような口調と表情で、日路の顔を見上げた。


 その反応は、日路の精神を多少なりとも抉る結果となった。


 これだけ生活面を支えているくせに、弟の受験先を知らないとは、自分でもおかしな状況であると理解はしている。


 更に今の反応からして、蓮季は千里がどこの高校に受かったのかを知っているようだし、同じ兄だというのにこの差は何だと、肩を落とすしかない。


 項垂れる様にして、日路は「だってさぁ」と蓮季の向かいにしゃがみ込んだ。


「"あれ"以来、ちょっと踏み込んで聞きにくかったし・・・・・」


 日路の言うあれとは、正月に勃発したあの問題である。


 蓮季にもそれは勘違いされることなく伝わったようで、にやにやと笑いながら「あーあれね」と何度か首を縦に振った。


「でも、どこの高校に決まったかぐらい、聞いても良かったと思うけどね」

「受かったっていうのは雰囲気でわかったけど、わざわざこっちから聞くのもなって・・・・・」


 完全に拗らせている日路が珍しく、蓮季は吹き出しそうになるのを何とか堪えた。きっと爆笑したら、日路はもっと拗ねるだろう。それはそれで面倒な気がして、蓮季は「そっか」と短い返事に留めた。


「で、どこなんだよ?」

「えー、本人に聞けばいいじゃん」

「蓮季ぃ」


 意地悪な弟に痺れを切らした日路が、蓮季に詰め寄る。逃げるようにドタバタと狭い部屋で鬼ごっこ状態になっていると、ガラッと脱衣所のドアが開いた。


「何してんの、うるさいよ。 近所迷惑」


 早々に風呂から上がってきた千里は、首から下げたタオルで髪を荒く拭きながら、この状況に眉を潜めた。


 真っ当な指摘をされて、日路はぴたっと動きを止めて「わ、悪い」と気まずそうに頭をかいた。


 その様子に、遂に耐えきれなくなった蓮季が声をあげて笑い出す。


「蓮季ぃーっ」

「え、何。 蓮兄壊れた・・・・・?」


 終いには涙を流して笑う蓮季を見て、千里は怖いものでも見る様に顔を引き攣らせる。


 ひとしきり笑った蓮季は、目に浮かぶ涙を指で拭いながら千里に話しかけた。


「そういえば、千里も高校は自転車通学するの?」

「何、急に。 まあ、そのつもりだけど」


 突拍子もない問いかけに、千里は怪訝な顔をしながらも頷く。


 日路はここから自転車で通うような距離にある高校を思い浮かべたが、この情報だけでは絞りきれない。


「じゃあ、日路と一緒に登校だね」

「いや、別にバラバラに行くし」


 続く弟達の会話に、日路はいよいよ首を傾げることとなる。


 日路と同じ方面へ登校するということらしいが、自転車圏内にある学校が全く思い浮かばない。


 正解に辿り着けそうもない日路の鈍感さに、再び蓮季の笑いがこみ上げる。


 やりとりの意味がわからない千里は、ずっと戸惑いの視線を兄二人に向けていた。


「え、まじで何なの」


 弟の純粋な疑問に、そろそろ家を出る時間かと時計を見上げた蓮季は、玄関に向かいながらとうとう爆弾を放った。


「いや? 千里も春から、翼蘭生だねって話」


 そんな話かと、呆れ顔の千里とは対照的に、日路の表情が面白いくらいに驚きのそれに変わる。


「え!? 千里、翼蘭受けたの・・・・・か?」

「え・・・・・」


 あまりに衝撃を受ける日路の言葉に、千里も目を大きく見開いて驚きの表情になる。


 少しの沈黙の後、遂には小さな声で「言ってなかったっけ?」とぽつりと零し、なんとも言えない複雑な空気が漂う。


 一連の流れを、完全に視聴者目線で見ていた蓮季だったが、ここで白状にも二人を置いて「行ってきます」と部屋を出た。


 気まずそうな二人のその後は気になったが、想像するだけで楽しいので良しとする。


 きっとあの二人は、後で別々に蓮季に文句を言ってくるだろう。それも含めて面白く、蓮季はふっと白い息を吐き出した。


「ほんと、千里は日路のこと好きだよな」


***


「・・・・・ってことで、春から千里も翼蘭生なんだよ」

「あ、うん、そっか・・・・・」


 昨夜の出来事をあらかた話し終えた日路は、当然頼来も驚くか笑い飛ばすだろうと思っていたのだが、予想に反して、彼の反応はどうも歯切れが悪い。


 目も合わせようとしないので、日路は疑いの目を頼来に向けた。


「まさか、頼来も知ってたのか?」

「いや! 別に、黙ってたわけじゃないから! まさか知らないとは思ってなかったからさぁ」


 頼来が必死に弁解しようと慌てふためくので、日路も苦笑して「いいよ、別に」と首を振った。そもそも、一緒に住んでいる弟の進学先を、こんなにぎりぎりまで知らなかった方がどうかしている。


 ましてや、普段は弟から母親かとからかわれるほどだというのに。


「でもま、来年度も騒がしくなりそうだな」

「え?」


 機嫌を損ねなかった日路に安堵した頼来は、そう言って廊下の先を指差した。


 頼来が指ししめた先へ目線を向ければ、そこにはこの一年ですっかり見慣れた顔となりつつある、後輩三人の姿が。


 日路たちには未だ気がついていないようで、三人で会話しながら、こちらの方向に歩いてくる。


「だから、あれは千太郎がさぁ・・・・・あ、大神先輩だよ、深雪」

「えっ」


 話の途中で、成瀬が日路と頼来に気がついて、隣を歩く深雪の肩を軽く突いた。


 深雪は日路と目が合うと、一瞬驚いて立ち止まったが、やがて小走りにこちらへ駆け寄ってきた。その後を、成瀬と千太郎が続く。


「こ、こんにちはっ、大神先輩」


 少し小走りしたせいか、あるいは寒さのせいか、頰を紅潮させる深雪の挨拶に、日路は柔らかく笑って「おう」と返事をする。


「俺もいるよー」


 頼来が、日路の肩に手を置いて自分の存在をアピールすると、すかさず成瀬の冷ややかな目線が突き刺さった。


「頼来なんて、眼中に無いのよ。 察しなさいよ」

「言葉が過ぎるぞ!」


 いつもの流れに、千太郎が呆れ顔でため息を吐く。深雪が「まあまあ」と遠慮がちに宥めにかかるのも、もはや定番だ。


 ここに千里も加われば、確かに騒がしく賑やかな高校生活になることだろう。





 未だ、寒さの残る翼蘭高校。春の訪れまで、もう少し。

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