sweets present
ケーキを二個食べたところで、流石にお腹の限界を感じた深雪は、残りを持ち帰れるように箱のケースに入れてもらうことにした。
テーブルの上が片付いた頃、ふと窓の外を見た。暗くなり始めた外の街は、ぽつぽつと早めの灯りが目立ち始めた冬の夕暮れだ。
そろそろ解散する流れとなり、会計が気になった深雪が成瀬に尋ねると、既に支払済みであると回答された。
自分の分の支払いはさせてほしいと進言したが、成瀬は首を縦には振ってくれない。
「皆からの誕生日プレゼントだと思ってよ」
最終的には、皆に言いくるめられて深雪も渋々納得して店を出た。
外は相変わらず寒く、深雪は急いでマフラーを巻いて、鼻先まで顔をうずめた。他の四人も、外に出てから途端に思い出したかのように、慌ただしく防寒グッズを身に着けていく。
「私、車をこっちに呼んでくるから。 深雪も送っていくから待ってて。 千太郎、行くわよ」
「はいはい」
成瀬がケーキの箱を持つ手とは逆の手で、千太郎を呼び寄せる。なんだかんだ成瀬に従ってついていく千太郎を、深雪が微笑ましく思っていると、蓮季がゆっくりとした動作で、黒田の顔を覗き込んだ。
「え、 バメちゃん、お手洗い行きたいの? しょうがない、お店で借りてこうか」
「えぇ、別に行きたくは・・・・・」
そう言って、半ば強引に黒田を連れてお店の中へと戻っていく。途端に一人になった深雪は、視線を暗がりで煌めく街中に向けた。
ぎりぎりの夕日と、街明かりに照らされた辺りは、どこか現実味がない気がして、深雪は夢の中にいるような気持ちになる。
だから、聞こえてきた声は、きっと幻聴だと思った。
「立花」
聞こえた声は聞き覚えのあるもので、確実に自分のことを呼んでいる。
深雪は弾かれたようにして、声がした方へと振り返った。
振り返った視線の先にいたのは、夢にまで見た憧れの人。
「大神先輩!?」
驚きの声をあげて固まる深雪の前に、自転車をひいた日路が立ち止まる。
幻覚でも見ているのだろうか。
成瀬たちに誕生日を祝ってもらい、美味しい料理も可愛いケーキも堪能して、確実に特別だった十六歳の誕生日。幸せな気持ちが、ありもしない幻を見せているのだと。
しかし、日路はそこに存在していて、自転車を道の端に停めると、更に深雪に近寄ってきた。
「良かった、間に合った。 蓮季に場所だけ聞いたんだ」
日路が何か言っているのを、深雪はぼーっとした頭で解釈を試みたが、どうやっても脳内処理が追いつかない。
内心動揺する深雪をよそに、日路が話を続ける。
「誕生日会には行けなさそうだったから、学校で渡そうと思ったんだけど、時間が合わなくてな」
そう言って、自転車の籠に入れていた鞄の中に手を突っ込んで、何かを取り出した。
「誕生日おめでとう」
言葉とともに何かを手渡され、深雪は反射的にそれを受け取った。
薄桃色の包装紙に、黄色のリボンがかけられた両手サイズのそれは、まるで誰かへの贈り物だ。
それが自分への誕生日プレゼントだと気がつくのに、たっぷり五秒はかかった。
驚いて、深雪は赤くなる鼻のことも忘れて顔を上げた。
「え、そんな、悪いですよこんな・・・・・」
「俺が渡したかっただけだから。 当日に渡せて良かった。 もらってくれるか?」
あたふたとする深雪だったが、日路にそんなことを言われては、素直に受け取ることしかできない。
だって、心臓がうるさく「嬉しい」と叫んでいるんだから。
そうこうしているうちに、成瀬と千太郎が小走りで戻ってきた。
「深雪ー、帰るよー!」
「あ、大神先輩だ」
ぶんぶんと手を振る成瀬の斜め後ろで、日路の存在に気がついた千太郎が、棒読みでその名を呼ぶ。
二人が深雪たちのもとにたどり着くのとほぼ同時に、お店のドアが開いて中から蓮季と黒田が出てきた。
「やっぱり、トイレ行っておいて正解だったー。
ありがと、蓮季」
「どういたしまして・・・・・あ、日路がいる」
日路がいることに気がついた蓮季は、ゆっくりとした足取りで、こちらに向かって歩いてきた。その後ろを、黒田がぴょんぴょんと跳ねながらついてくる。
大所帯に戻り、少しだけ会話したところで、やはり寒さに勝てず、すぐに解散となる。
深雪は成瀬たちと車で帰るのだと知ると、日路は安心したようにほっと息を吐いた。
「それなら、大丈夫そうだな。 気をつけて帰れよ」
「は、はいっ」
「先輩優しいー」
わざとらしく褒める成瀬へ、千太郎が冷ややかな視線を送ったが「何よ」と横目で睨んで返す成瀬には「別に」と小さくこぼすだけだった。
日路が徐ろに自転車を動かそうとすると、蓮季が慌てて引き止める。
「ああ、待って待って日路。 俺も帰るから」
「僕もー!」
同じ方面に帰るらしい黒田も、高々と手を上げて蓮季の横に並ぶ。
「大神先輩! ありがとうございましたっ」
日路は優しく微笑みながら「また学校でな」と右手を少しだけ上げた。
大好きな友人に開いてもらった誕生日会も、
憧れの先輩から、プレゼントを渡されたことも、
大好きな人と「また会える」ことも、
全てが特別で、幸せなことだと、深雪は「今」を一生懸命噛み締めた。




