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そっと恋して、ずっと好き  作者: 朱ウ
そっと恋する一年生編
101/109

sweets present

 ケーキを二個食べたところで、流石にお腹の限界を感じた深雪は、残りを持ち帰れるように箱のケースに入れてもらうことにした。


 テーブルの上が片付いた頃、ふと窓の外を見た。暗くなり始めた外の街は、ぽつぽつと早めの灯りが目立ち始めた冬の夕暮れだ。


 そろそろ解散する流れとなり、会計が気になった深雪が成瀬に尋ねると、既に支払済みであると回答された。


 自分の分の支払いはさせてほしいと進言したが、成瀬は首を縦には振ってくれない。


「皆からの誕生日プレゼントだと思ってよ」


 最終的には、皆に言いくるめられて深雪も渋々納得して店を出た。




 外は相変わらず寒く、深雪は急いでマフラーを巻いて、鼻先まで顔をうずめた。他の四人も、外に出てから途端に思い出したかのように、慌ただしく防寒グッズを身に着けていく。


「私、車をこっちに呼んでくるから。 深雪も送っていくから待ってて。 千太郎、行くわよ」

「はいはい」


 成瀬がケーキの箱を持つ手とは逆の手で、千太郎を呼び寄せる。なんだかんだ成瀬に従ってついていく千太郎を、深雪が微笑ましく思っていると、蓮季がゆっくりとした動作で、黒田の顔を覗き込んだ。


「え、 バメちゃん、お手洗い行きたいの? しょうがない、お店で借りてこうか」

「えぇ、別に行きたくは・・・・・」


 そう言って、半ば強引に黒田を連れてお店の中へと戻っていく。途端に一人になった深雪は、視線を暗がりで煌めく街中に向けた。


 ぎりぎりの夕日と、街明かりに照らされた辺りは、どこか現実味がない気がして、深雪は夢の中にいるような気持ちになる。


 だから、聞こえてきた声は、きっと幻聴だと思った。


「立花」


 聞こえた声は聞き覚えのあるもので、確実に自分のことを呼んでいる。


 深雪は弾かれたようにして、声がした方へと振り返った。


 振り返った視線の先にいたのは、夢にまで見た憧れの人。


「大神先輩!?」


 驚きの声をあげて固まる深雪の前に、自転車をひいた日路が立ち止まる。


 幻覚でも見ているのだろうか。


 成瀬たちに誕生日を祝ってもらい、美味しい料理も可愛いケーキも堪能して、確実に特別だった十六歳の誕生日。幸せな気持ちが、ありもしない幻を見せているのだと。


 しかし、日路はそこに存在していて、自転車を道の端に停めると、更に深雪に近寄ってきた。


「良かった、間に合った。 蓮季に場所だけ聞いたんだ」


 日路が何か言っているのを、深雪はぼーっとした頭で解釈を試みたが、どうやっても脳内処理が追いつかない。


 内心動揺する深雪をよそに、日路が話を続ける。


「誕生日会には行けなさそうだったから、学校で渡そうと思ったんだけど、時間が合わなくてな」


 そう言って、自転車の籠に入れていた鞄の中に手を突っ込んで、何かを取り出した。


「誕生日おめでとう」


 言葉とともに何かを手渡され、深雪は反射的にそれを受け取った。


 薄桃色の包装紙に、黄色のリボンがかけられた両手サイズのそれは、まるで誰かへの贈り物だ。


 それが自分への誕生日プレゼントだと気がつくのに、たっぷり五秒はかかった。


 驚いて、深雪は赤くなる鼻のことも忘れて顔を上げた。


「え、そんな、悪いですよこんな・・・・・」

「俺が渡したかっただけだから。 当日に渡せて良かった。 もらってくれるか?」


 あたふたとする深雪だったが、日路にそんなことを言われては、素直に受け取ることしかできない。


 だって、心臓がうるさく「嬉しい」と叫んでいるんだから。


 そうこうしているうちに、成瀬と千太郎が小走りで戻ってきた。


「深雪ー、帰るよー!」

「あ、大神先輩だ」


 ぶんぶんと手を振る成瀬の斜め後ろで、日路の存在に気がついた千太郎が、棒読みでその名を呼ぶ。


 二人が深雪たちのもとにたどり着くのとほぼ同時に、お店のドアが開いて中から蓮季と黒田が出てきた。


「やっぱり、トイレ行っておいて正解だったー。

ありがと、蓮季」

「どういたしまして・・・・・あ、日路がいる」


 日路がいることに気がついた蓮季は、ゆっくりとした足取りで、こちらに向かって歩いてきた。その後ろを、黒田がぴょんぴょんと跳ねながらついてくる。


 大所帯に戻り、少しだけ会話したところで、やはり寒さに勝てず、すぐに解散となる。


 深雪は成瀬たちと車で帰るのだと知ると、日路は安心したようにほっと息を吐いた。


「それなら、大丈夫そうだな。 気をつけて帰れよ」

「は、はいっ」

「先輩優しいー」


 わざとらしく褒める成瀬へ、千太郎が冷ややかな視線を送ったが「何よ」と横目で睨んで返す成瀬には「別に」と小さくこぼすだけだった。


 日路が徐ろに自転車を動かそうとすると、蓮季が慌てて引き止める。


「ああ、待って待って日路。 俺も帰るから」

「僕もー!」


 同じ方面に帰るらしい黒田も、高々と手を上げて蓮季の横に並ぶ。


「大神先輩! ありがとうございましたっ」


 日路は優しく微笑みながら「また学校でな」と右手を少しだけ上げた。


 大好きな友人に開いてもらった誕生日会も、


 憧れの先輩から、プレゼントを渡されたことも、


 大好きな人と「また会える」ことも、


 全てが特別で、幸せなことだと、深雪は「今」を一生懸命噛み締めた。

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