二人の帰路に
有意義な勉強会を終え、深雪たちは帰路に着いていた。
深雪と並んで歩く成瀬が、ふっと溜息を零す。
「結局、頼来歌っちゃうし」
「一曲ぐらい良いだろっ。 カラオケだぞ?」
未練がましく喚く頼来に、深雪が苦笑しながら声をかける。
「頼来さん、歌お上手でした」
「ありがとー! まじ深雪ちゃんだけだわ、俺の味方」
深雪の素直な感想に、頼来は感動して涙をふく動作をする。その様子を冷めた目で眺めていた成瀬が、暫くしてゆるりと歩みを止めた。
「じゃあ、私たちこっちなんで」
「また明日」
ひらひらと手を振る成瀬と一緒に、千太郎が軽く右手を挙げてきた。そして反対の手では、頼来の制服の裾を掴む。
「え、俺も?」
「送ってってやるわよ、頼来」
困惑する頼来に、成瀬が棒読みで進言する。まだ何か言いたそうにしている頼来だったが、成瀬と千太郎が両脇からがっちりと固め、有無を言わせず連行する。
「深雪、また明日ね!」
「ううぉ! なんか誘拐されるみたいだわ。 じゃあな、日路っ」
深雪と日路が何かを言う前に、三人は騒がしくあっという間に道の先に消えていった。
唖然として見送るしかなかった深雪対し、日路は楽しそうに笑っていた。
「あいつら、良いコンビだよな。 あ、三人だからトリオか」
日路が楽しそうなのはなによりだったが、深雪は急に二人きりになったことに対して、一気に緊張度を高めた。勉強会中も二人きりになることはあったが、その時は勉強に集中すれば良かった。しかし今は、会話をする以外にこの場をもたせる術がない。
深雪は自転車を引く手に力をこめ、高鳴る心臓を落ち着かせようと奮闘した。
斜め前を歩く日路に動揺がばれぬよう、静かに深呼吸を繰り返す。
ほとんど日路が話すことに対して相槌を打つだけの会話をしていると、日路が徐に深雪を振り返ってきた。
突然のことに、深雪は驚いて思わず歩みを止めた。それに合わせて、日路の足も止まる。そして、心配そうに表情を曇らせた。
「悪い、俺ばっかり話して、つまんないよな」
「そ、そんなことないです!」
とんでもない勘違いをする日路に、深雪が全力で否定を入れた。
しかし、日路の勘違いも仕方がないかと、自分の行動を振り返る。
深雪としては相槌をうっていたつもりだったが、ただ頷くばかりで、前を歩く日路からすれば無反応と思われたに違いない。
深雪は、咄嗟に謝罪の言葉を述べた。
「ご、ごめんなさい。 私、話すの得意じゃなくて、聞き上手でもないので・・・・・あ、でも、大神先輩の話すことは、一言一句余さず聞いてますっ」
口から漏れ出た余計な発言に、深雪は遅れて気が付く。慌ててごまかそうと、もう一度口を開いたところで、日路が盛大に噴き出した。
「何だよー、それ。 一言一句聞かれて、超恥ずかしいじゃん。 俺、変なこと言ってないよな?」
涙を浮かべて笑う日路は、ひとしきり笑ってから、改めて会心の笑顔を向けてきた。
「じゃ、もう少し俺の話に付き合ってよ」
「勿論っ」
喜んで、と続きそうになった言葉は何とか飲み込み、勢いよく首を縦に振る。
深雪の反応を見てから、日路が歩みと共に会話を再開させた。歩く速度を、深雪に合わせてくれることに遅れて気が付き、キュン度が上がる。
そこからの日路との会話は、なるべく相槌や質問を入れるように努力した。日路も、深雪に会話のペースを合わせてくれる。
そのことに少しだけ思い上がりながら、深雪はずっとこの時間が続けばいいと心の内で願った。




