7.王妃アナスタシア
2021/01/09 『腐食死の讃歌』の振り仮名をガンマからラズに変更しました
入学して時間が経ち、新入生も学園になれた頃。その噂は流れ始めた。
「お聞きになりまして?アナスタシア王妃陛下が今年のユリィエヴァンズ開花祭でご復帰なさるそうよ」
「ええ!父からは素晴らしい御人だと聞かされていましたがお目にかかったことはございませんから」
ユリィエヴァンズ開花祭。国の一大行事であるこの祭りで長年療養していた王妃アナスタシアが復帰すると言う噂。
能力、美貌、身分全てに優れ王に愛され嫁いだ王妃。しかしおよそ10年前からずっと病気の療養を理由に表舞台から姿を消し、現在の子供世代でその姿を知るものはほとんどいなかった。
親は口を揃えて言う。
「あんなに優れた王妃はいなかった」
と。
だから子供たちの未だ見ぬ王妃への期待値は高く、この祭りでとうとう復帰するのではという噂はあっという間に広まっていったのだ。
普段話しかけることをしない王女に真実を尋ねるほど、盛り上がっていたのだ。
「殿下、アナスタシア王妃陛下のことは本当ですの?」
その時、ユリアナは必死にその話題を耳に入れないようにしていた。
ユリアナは復帰が事実だと知っている。父王からの手紙に書かれていたからだ。
『アナスタシアが復帰する。ユリィ、お前も戻ってこないか』
けれどユリアナは母アナスタシアに会いたくない事情がある。会えない理由がある。
それは緘口令が敷かれたために誰も知らないユリアナの傷。
「わたくしに聞くな」
ユリアナは、問いを投げた者にそう答えることしかできない。
***
その日の夜。
夢を視た。
夢であって夢でないものを視た。
これはユリアナの記憶と世界の記録のすり合わせ。
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王妃アナスタシアは公爵家の出身。
政略的な意味はあれど、王サンフラワ=クライシスとは相思相愛。アナスタシアは王にふさわしい人間でありたいと努力し、王もまたアナスタシアの横には最高の国王をと熱心に政務に励んだ。
しかし、愛だけではどうしようもない問題というものはある。
婚姻して3年が経った頃、王はもう1人の妻を迎えると言った。それが側妃。
側妃は子爵家出身の令嬢であったが、国内最大の魔力を持つと謳われた王のおよそ1.5倍の魔力を持っていた。
魔力量は遺伝する。だから、その膨大な魔力を他の貴族に渡すわけにはいかず必然王家の人間と結婚をさせる必要があった。
しかし、その時未婚の王族はいなかった。
けれど、他の家に渡すわけにはいかない。
この国にはある法律がある。
国王以外は一夫一妻とし、正式な婚姻関係にない人間から生まれた子供に親の相続権を与えないというもの。
子爵令嬢と婚姻を結べるのは複数の妻を娶ることのできる国王しかいなかった。
王妃は嘆く。愛想を尽かされてしまったのだと。もう夫は自分を愛していないのだと。
王は嘆く。愛する妻の心を傷つける選択肢しかないことに。
その後、側妃は王妃よりも早く子を産む。
それがより一層王妃の心を蝕んだ。
***
辺りに静寂が立ち込める深夜、黒髪の兄妹は王族寮の前に陣取っていた。
変身の魔法はユリアナが寝ている時には解除されている。
「さて、アルファ。わざわざ俺を呼んだってことはそういうことだろ?」
「大変に癪ですが1人で姫様を守り切れるとは言い切れないので」
「そこは素直に兄を頼ろうか…?」
「最後の最後では信頼してますよ。…さて、敵が来たようです」
音もなく現れたのはおよそ20人ほどの黒ずくめの男たち。
兄妹の同業者だと一目でわかる出立ちである。
「申し訳ありませんが姫さんにお会いしたいなら侍従の俺を通ってからでないと困るんですよね」
「姫様はご就寝です。姫様が全てをお忘れになりごゆっくりなさるこの時間、邪魔するものは許しません」
「すまないが俺たちも依頼されてここにいる。引くわけにはいかないんだわ」
「それにお前達たった2人で何ができる」
馬鹿にしたようにわらう襲撃者に兄妹は呆れる。
「この業界にいながら俺たちのことを知らないとは」
「わざわざ髪も目も晒してあげているのに察しの悪いですね」
今日は新月。闇がより一層濃いこの日、僅かな星灯りが兄妹の髪を照らし出す。
闇の世界において黒い髪を持つ一族は多大な意味を持つ。
「お前たち…まさか…『毒霧の一族』!」
「じゃあアルファ。赤髪のやつから右が俺、左がお前ね」
「わかりました」
「「毒魔法『猛毒の血』」」
同時に同じ魔法を唱え、兄妹は空に舞う。
「敵の血を猛毒にして殺す。ご先祖様もえっぐい魔法を考えるよな」
「いいじゃないですか。この魔法のおかげでイプシロン様の代から飛躍的に我々の生還率が上がったんですから」
兄妹の毒で襲撃者は血を流すことなくバタバタと倒れていく。
唯一残された赤髪の男は震えていた。
裏社会に属する以上、一度は聞く悪魔の名前。
『毒霧の一族』。黒い髪、黒い瞳を持つ最強の暗殺集団。相対して生き残った者があまりにも少ないが故に情報も少なく、身体的特徴のみが有名な一族。
スキアとアルファはその生き残りだ。
「さて、この依頼者は誰ですか?答えないなら拷問用の魔法を使ってやってもいいんだぜ?」
「四肢を徐々に腐らす『腐食死の讃歌』、『猛毒の血』を一部にだけかけるのもありですね。別に魔法に頼らず原始的な方法でもいいのですが…」
「わ、わかった話す!話す!」
怯えきった表情で男が言ったその後。
「なーんてなぁっ!」
「逃げた?!…まさか『転移属性』かっ」
赤髪の男の姿は消えていた。
土属性の変異属性『転移属性』。
この属性の持ち主はたった一つしか魔法を使えない。それこそが転移。自分のの視界に入る場所、地続きであるという条件はあるものの一瞬で移動できる魔法。
「視界に入らなければいけないという条件上、姫さんの部屋に直接入ることは不可能なはずだが…」
「より警戒する必要がありますね」
「マジで授業どころじゃないんじゃないか?ずっと寮にいていただくか王宮にお帰りになるのも手だぞ」
「それは私たちが決めることじゃありません。とりあえず姫様にご相談しましょう」
「ああ、そうだな」
兄妹は帰還する。
眠る姫のいる場所へ。
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作品内最初の魔法が毒魔法だとは…。
多分後で作中にも書きますが、魔法に振られているふりがな(イプシロンやらガンマやら)は人名です。開発して人間の名前で呼ばれる方式。理科の〇〇の法則みたいな感じですね!(多分違う)
年内最後とは言いましたが明後日もう1話更新します。