【クリスマス番外編】聖夜のパーティーナイト
クリスマス番外編です
現在の時間軸よりおよそ3ヶ月後の話。次回からは元に戻りますのでご安心を
12月25日。この日がクリスマスであるというのは不思議なことにこの世界も地球も変わりがない。
「ねえ、聖教会の教祖の名前ってなんだっけ?」
「聖アルトリンデにございます、姫様」
「12月25日は何の日だっけ?」
「聖アルトリンデの生誕記念祭、クリスマスにございます」
「…なんでアルトリンデなのにクリスマスなのかしらね」
「あの…どういう?」
「こちらの話よ、気にしないで」
(クリスマスという名前の由来は前世の教会の教祖だった気がするんだけど)
気にしたら負けか。そう思いこの不毛な考えを打ち消す。
なんにせよ、クリスマスだろうと熱心な信者ではないユリアナにとってはただの平日である。
「ところで姫様。ドレスはどれになさいますか?入学の際に陛下からいくつか新しい冬用のドレスが贈られましたが」
「なんの話?」
「クリスマスパーティーのドレスはどれになさいますか?という話です」
「…クリスマスパーティー?」
「学園の伝統だと伺っております。なんでもこのクリスマスパーティーの後にようやくウィンターホリデーが始まると」
「知らなかったわ…」
ただの平日ではなかった。
現在、学園はクリスマスパーティーの話で持ちきりだ。どのような装いで行くかや婚約者のいない者はパートナー探しをしたりと大盛り上がり。現在婚約者のいない第一王子ハインリッヒの周りにはいつにも増して女子生徒が群がっている。
しかし、ハインリッヒを忌み嫌うユリアナは絶対に会わないようにしているためそのようなことは知らないし、生徒も気軽にユリアナに話しかけるような者はいない。友達のいないユリアナにクリスマスパーティーについて知る機会はなかったのだ。
「お邪魔しまーす。姫さん、ゲオルグ様から当日のいろんなことに対する打診が来てますよ」
「…久しぶりにお前の表の立場がわたくしの侍従長だということを思い出したわ」
「姫さんパーティーろくに出ないから俺の仕事ってないんですよね」
スキアは手紙を携え当然のように王族寮に入ってきた。
けれど、いつものように「護衛なんで」という言い訳で広い王族寮に入り浸るためではない。きちんと仕事をしに来たのだ。
スキアはユリアナの侍従長である。主な仕事は他の人間とユリアナとの取次役。直接ユリアナに話しかけることは不敬にあたるので、基本全ての人間はスキアを通じてユリアナに要件を伝える。
さすがに学園でそれをやるのは面倒だが、パーティーなどの行事は別。ユリアナ・レッドローズ第一王女に随伴を頼むにはスキアを通す必要がある。
「アルファと相談して返事を出しておいて」
「お読みになられないので?」
「わたくしが読まなければならないような内容?」
「いいえ」
「ならいいわ。適当によろしくね」
「かしこまりました」
うきうきとドレスを選びはじめる兄妹を横目にユリアナは紅茶をすする。
「…味はいいのだけれどね。香りがあれば完璧なのに」
***
あっという間にクリスマス当日。
この日の授業は昼前に終わり、その後はみな18時からのパーティーの準備をする。
もちろんユリアナも例外ではない。王族寮に戻るとアルファがウキウキでドレスを準備して待っていた。
「結局これにしたの?」
「はい!姫様の美しい金の髪にはこの赤いドレスが映えるかと!クリスマスですし」
「やっぱりここもゲーム通りなのね」
「それは例の乙女ゲームの話ですか?」
「ええ。ゲームの中でもユリアナはこの赤いドレスを着ていたなって」
アルファにクリスマスパーティーの話をされた後、よくよく思い返してみればゲーム内のイベントにもクリスマスパーティーは存在した。
そこでユリアナはマティルダにパーティーの出席禁止命令を出して妨害するのだがヒーローが連れ出し会場に現れる。王女の命令を無視する存在が現れることでユリアナの権威が失墜しはじめる。そういうイベントだった。
けれどユリアナはそのような命令を出していない。ゲーム通りの結末を願うが、そのような辱めを受けるような不敬な真似をされたらその人物を殺す自信がある。だからこそイベントを無視することに決めたのだ。
ぼんやりとそのようなことを考えているうちに準備は終了したらしい。
ユリアナはコルセットを必要としない完璧なプロポーション、軽い化粧で十分な派手で美しい顔を持つ。だから準備にあまり時間がかからないのだ。
「暇ね…あと4時間もあるじゃない」
「何をなさいますか?セットが崩れるのであまりできることは多くないですが…」
「そうよね。なら…寝るわ。最近ちょっと色々視てしまったせいで睡眠不足だし」
「姫様?!」
「おやすみなさい、ゲオルグが来たら起こしてちょうだい」
「姫様?!」
そしてユリアナは姿勢を完璧に保ったまま眠りについた。
***
「…リアナ、ユリアナ」
「あら…ゲオルグ。もうそんな時間?」
微睡み始めてはや3時間半。一切姿勢が揺らぐことなくユリアナは目を覚ます。
「ああ。今は17時半。迎えに来たよ、エスコートさせていただけますか?ユリアナ・レッドローズ殿下」
「よろしくてよ、ゲオルグ・ヴィクラム…そう、お前はわたくしをエスコートするのね」
「……?当然だろう、婚約者なのだから」
「そうね」
けれどそれが当然でないのが乙女ゲームなのだ。
この時、マティルダのエスコート役に誰が来るかで誰のルートに入ったのか確定する。
「ハインリッヒは誰がくるかご存知?」
「混ざり物?ユリアナがあいつに興味を持つなんて珍しい」
「いいから答えなさい」
「確か…一年生のマティルダとかいう庶民だったはずだ。一応とはいえ陛下の血を引いているというのに庶民と群れるなど母親の血が知れる」
「そう」
これで確定した。マティルダはハインリッヒルートに入った。
ハインリッヒルートではゲオルグはほとんど出てこない。というのも彼がそもそもハインリッヒを嫌っているからだ。2人が和解するのはゲオルグルートのみ。それ以外はゲオルグの庶民嫌いはそのままなのだ。
「まあどうだっていいわ」
わたくしが死ぬ運命は変わらないのだし。
その声は音を出すことなく消えた。
***
クリスマスパーティーはわざわざ王宮楽団を呼び華やかに行われる。
開会のファンファーレが鳴り、拍手と共にパーティーははじまる。
パーティーのプログラムの1番初め、ファーストダンスはその場で最も高貴な者が踊る決まりになっている。
当然それはユリアナとゲオルグの2人。
ゆったりとしたワルツが流れ軽やかに2人は踊りはじめる。
2人とも幼い頃から完璧に躾けられている。そのためステップは美しく、優雅。普段はユリアナを恐れている人々も今だけは感嘆の息を漏らす。
しかし不穏な視線があるのも事実。
(憎むような視線…男爵、男爵、男爵、子爵、子爵…あら、侯爵家まで。この場で踊るのはわたくしでなくハインリッヒが相応しいと言いたいのかしら)
言うまでもなく第一王子派の人間たち。
最も高貴な人間がハインリッヒではなくユリアナであることに不満を持つ人々。
「去年まではハインリッヒだったから余計、かしら?」
「そうですね。そのせいで余計つけ上がったとも思いますが」
「本当に第一王子派は阿呆しかいないのね」
第一王子ハインリッヒには絶対に王になれないある理由がある。
それなのになぜゲームでは王になれたかは不思議な話だが、ともかくこの世界では現時点でハインリッヒは絶対に王座につけない。
「だからこそ現実が見えていないんだ」
そうこうしているうちにファーストダンスは終わる。
拍手喝采の中互いに礼をし、その場では別れた。
互いに恋愛感情がない上、そもそもユリアナもゲオルグも社交に忙しい。一緒にいる理由はないからだ。
その後ユリアナに話しかけるのは第一王女派の貴族たち。
型通りの挨拶、型通りの褒め言葉。それにユリアナは作り物の笑顔で迎える。
慣れたものだ。10歳で社交界デビューして6年。毎度毎度同じことをやっていれば誰だってプロになれる。
そろそろユリアナが飽きたという頃。今までの貴族とはジャンルが違う人間がユリアナに話しかけてきた。
「お久しぶりにございます、殿下」
心からの笑顔を浮かべ、そう言ったのは銀髪の青年。
「学園では話しかけるなと伝えたはずだけれど?」
「ユリアナ様、ゲオルグ様から言伝が…え?アルベト男爵がなぜここに」
正式な場でユリアナに話しかけるには一部の人間を除きスキアの許可が必要である。
その一部とは同じ王族、婚約者のゲオルグ、そして直属の側近。この青年、アルベト男爵は直属の側近に当てはまる。
「スキア殿…同じ教室に3ヶ月もいたのになぜ今」
「お前、わたくしのそばにいた者の素性も知らずによく侍従長なんてやっているわね」
「陛下自らが姫さん…ユリアナ様の側近につけたならわざわざ調べる必要はないかなと思いまして。そんな時間なかったですし。随分と若い男爵だなあとは思っていましたが」
「呆れた。こいつはセント・アルベト・イーヴィ。聖教会の教主子息よ」
乙女ゲームの攻略対象の1人、セント・アベルト・イーヴィ。
聖教会教主一族が代々継承する光魔法の派生属性、治癒属性を持つ次期教主である。
そんなユリアナとセントが面識があるのはゲームでも現実でも共通。そしてこのセントルートでのみユリアナの過去が語られ、セントは攻略対象の中で唯一最後までユリアナの味方をしようとするのだ。
「なんでそんな大物がユリアナ様の専属治癒士になってたんですか」
「………」
この質問にユリアナは口を塞ぎ、無神経なスキアを睨みつける。
「構わないですよ殿下。自分は妾胎出身で、父の正妻に一族の治癒属性持ちが生まれなかったので本来は認められない後継になったんです」
その無神経をセント自身が許し、簡潔に経緯を語った。
それにため息をつき、ユリアナも補足する。
「うちの国って国王以外正式に婚姻を結んでいない男女から生まれた人間にその一族の子であると認めていないのよ。子供が多いとそれだけ政略に使える駒も増えるでしょう?貴族、商人、あとは教会が力を持ちすぎると王族的には困るのよ」
「けれど治癒属性を持つ次代の人間は親戚で自分だけでした。なので王族と交渉して特別に自分を父と正妻の間の子として扱うこと、代わりに自分を王族の専属治癒士として留めおくという契約を結んだんです」
「今まで王族とはいえ治癒を受けるにはわざわざ金を払って待たなきゃいけなかったのをこれですぐに治癒させることができるようになった。その人間をお父様はわたくしに付けたってわけよ」
「それは理解しましたが…なぜアルベト男爵は爵位を持っているんですか?教会が爵位を持ち始めたらそれこそ政治に介入されるじゃないですか」
「当然一代限りよ。けれどわたくしの側に上がるには身分が必要でしょう?だから特別に男爵位を与えることになったの」
「あれ…俺達は?」
セントは出自がしっかりしているから一代限りとはいえ爵位を与えることができた。しかし、兄妹は違う。突然どこからかユリアナが連れてきたのを周囲の反対を押し切って側近にしたという経緯がある。
「安心なさい、お前達はただの平民よ」
「辻褄が合わなくないですか?」
「そこを無理矢理押し通してこそわたくしよ」
すこし自慢げに言うユリアナにそっとスキアは嘆息する。
こうして姫さんは下げなくていい評判を下げていくんだ、と。
「今までは遠くから見ていることしかできませんでしたがお二人が相変わらずで安心しました」
「どういう意味よ」
「スキア殿は絶対的に殿下の味方だということです」
では失礼いたします、良いクリスマスを。
そう言ってセントはユリアナの前から去る。
パーティーはまだ終わらない。
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番外編で新キャラを投入するという。本編の軸がクリスマスを越えるまで再登場はお待ちください。
12/27に年内最後の更新をします。ストックが尽きたので今から書きます、応援してください…、