6.忠告者ドリゼラ
入学して数日が経った。
その間も当然何度も魔法演習の授業があったが、別に演習場にわざわざ行く必要はないのではと気付いたユリアナは、その時間は寮に戻りのんびりとしていた。
それに反対していたのがハインリッヒ。噂を聞きつけ寮に乗り込んできたのだ。
「ユリアナ、いくら魔法が使えないからって授業をサボるなんてダメだよ」
わざわざそれを言いに来た時はあまりにも腑が煮え繰り返り、ハインリッヒの前で魔法を使いかけたほどだ。
(いけないいけない、わざわざこいつの前でわたくしの魔法を見せてやることないのに)
「ハインリッヒ、お前にここに立ち入る権利はありません。早急に去りなさい」
「僕と君は」
「兄妹ではございません。一度王族の系図をご覧になっては如何ですか?」
そう皮肉げに言うとハインリッヒは悲しそうな顔をする。
系図にはハインリッヒの名はどこにも存在しないからだ。
「さあ、さっさと帰りなさい。貴族寮はあちらでしてよ」
話は終わり、とさっさと追い出しアルファに「二度と通さないように」と告げる。
というのが3日前の話。
そもそも、この寮の管理を預かるアルファには誰も通すなと告げてある。
素性はどうであれ、現在第一王女付きの侍女長(といっても侍女はアルファしかいないが)であるアルファには大貴族に対しても命令を聞く必要はない権利を与えられている。自分は公爵子息だぞ、という者がいても私の後ろにはユリアナがいると言う権利がある。だから、誰が寮に入れろと言っても拒否することができる。
…はずなのだが。
「姫様、訪問客が…」
「ハインリッヒは追い出せと言ったでしょう。わたくしはその権限を与えたはずだけど」
「いえ、その…」
「まさかゲオルグ?」
婚約者であればさすがに侍女ににべもなく追い出させるのはゲオルグの名誉にも関わる。
別にユリアナはゲオルグのことは嫌いではない。自分の行動で貶めなくてもいい名誉を貶めるのはさすがに申し訳ない。
応答してやろうか、と立ち上がるが
「いえ、ゲオルグ様でもなく…」
困ったようにアルファは答える。
「わたくしよ、ユリアナ」
玄関ホールから続く扉から現れたのは金の髪に同色の瞳。ユリアナにどことなく似た顔を持つ女性。
「ドリゼラ…。なんの用?」
王位継承権第三位、王弟の実の娘ドリゼラ。
本来であればこの王族寮に住むべき人間である。
「ここっていい場所よね。王女のあなたが住んでいるのだから警備は厳重。他に人がいないから盗聴の心配もない」
「嫌味かしら。わたくしがここを独占するのはお父様にも認めていただいているはずだけれど」
「そこに関しては別に何もないわ。あなたの事情に関しては大体把握しているから」
「…機密書庫に入ったの?あそこは花印持ちしか入るのを許されていないはずだけれど」
「王位継承権を持つ人間であれば国王の許可と花印持ちの人間が同伴すれば入れるわ。わたくしのお父様は直系なのよ」
「…事情の知る親戚ほど余計な者はないわね。で、何の用かしら」
「忠告に来たのよ。あなたそういうの疎いから」
秘密が知れていた、という告白にすら動じなかったユリアナの眉がピクリと動く。
「忠告…?」
「第一王子派が動き出したわ」
「あの無能どもが」
「それには同意するけど」
吐き捨てるように言うユリアナにドリゼラは同意する。
第一王子派。主に中央から遠い下級貴族が占める次期王をハインリッヒとしようとする派閥。
第一王女のユリアナと高位の王位継承権を持つドリゼラの共通の敵と言っても過言ではない派閥だ。
第一王子派は現実を知らない下級貴族が多い。事情を知らず、ただ狂い姫とさえ呼ばれるユリアナが王となることを忌避する人々。彼らは自分が間違っていないと思っているが故に過激な行動を取ることがある。
「クラス内の第一王子派に注意なさい、やつらは事故が起こりやすい魔法演習の授業であなたを害する可能性が高いわ」
「ああ、だからハインリッヒはわたくしに授業に出るよう言ったのね」
「第一王子は随分といいように踊らされているのね」
「今に始まったことじゃないでしょう?ーわたくしを害すると言うことに関しては授業に出るつもりはないのだから関係ないわ」
「試験はどうするつもり?単位を落としたら留年なのは知っているわよね?」
「それは…」
さすがに留年はまずい。
しかし、試験は一人一人個室に呼ばれ執り行うものであるため十分に誤魔化しは効く。職権濫用などとは言わせない。
たしかに出なければいけない日があるのは事実だった。
「忠告は受け取っておくわ」
「そうしてちょうだい。じゃあ要は済んだから帰るわ、ごきげんよう」
ソファから立ち上がり、帰ろうとしたドリゼラはデスクの上に置かれた銀の盆に鎮座する手紙を見つける。
封筒にはサンフラワーの紋章が描かれている。現王の花印であるサンフラワーの紋章の使用が許されるのは現王のみである。
「あら、この手紙…陛下から?」
「ええ、ユリィエヴァンズ開花祭のオープニングセレモニーに出てくれないかですって」
「………わたくし陛下は尊敬しているけれどこれに関しては軽蔑するわ」
ユリィエヴァンズ。この国において秋の風物詩であり幸福の象徴とも呼ばれる花。
かの建国王はユリィエヴァンズの花の木の下で王妃に告白し、もう一度その花が咲く頃に二代目が産まれた。建国神話には欠かせない花である。
「それのせいでお母様はああなったんだから、お父様の察する力がないのはずっと昔からよ」
「そうね」
では、今度こそごきげんよう。
そう言ってドリゼラは自分の寮に帰っていった。
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スキアとアルファの本来の職はユリアナ付きの隠密。情報を集めたりするのが仕事のはずですが、2人とも侍従役と侍女役を兼任しているので情報収集は後回しにし、護衛に集中するように命令しています。ユリアナは魔法を使えることを隠しているのでいざというとき戦えないからです。
次の更新は明日18時、クリスマス番外編を投稿します。