5.お茶会ユリアナ(授業中)
魔法学園は国内で唯一魔法を学ぶことのできる教育機関であり、当然目玉の授業として魔法の実践授業がある。
入学して数日後。
初めての魔法演習の授業でユリアナはそれはそれは目立っていた。
「ジロジロ見られるのは不快だわ」
「当然でしょう姫さん。王族ってだけで目立つのに授業ボイコットですもん」
ユリアナは授業の参加を拒否していたからだ。
横にスキアも伴い、演習場の端で仁王立ちの構えである。
事前に教師にはユリアナに無理に魔法演習の授業を受けさせるなと王城から通達がされているため教師は見て見ぬふりだが、生徒はそんな通達を知るはずがない。
しかし生徒は王女であるユリアナに「授業になぜ参加しないのか」など堂々と言えるはずもないためにユリアナの方をチラチラと見ながら小さな声で噂話をするのだ。
『ユリアナ・レッドローズ殿下は王族の変異属性をお持ちでない。だから授業にご参加なされないのではないか』
概ね話されているのはこれ。しかしこう噂されるのは今にはじまったことではないし、そもそも事実である。
変異属性、それは基本属性である火・水・風・土・光・闇が特殊変化した特異な魔法属性のことである。
変異属性は遺伝し、王族は水・風・光魔法が混合したと言われている天候を操る魔法『操天属性』を継承している。それをハインリッヒは持っているがユリアナは持っていない。
ユリアナが持つのは闇属性。発現者数があまりに少ない為に偏見を受けることの多い魔法属性。
王族が闇属性を持っていると知られたら無駄に国民感情を煽ってしまう。だから公表したくないとユリアナ自身の望みでこの事実は国家機密扱い。そもそもゲームではユリアナの魔力が足りず発動すらしていなかったが。
そして対となる、同じく発現者数が少ない魔法属性も存在する。
「もしやマティルダさんが発動なさっているのは光魔法では…?」
「本当だ…!嘘だろう、200年ぶりじゃないか?!」
「どこのご令嬢だ」
「いや、彼女は庶民らしいぞ」
光魔法。過去はそれを持つだけで男爵出身の少女が第二王子に嫁いだ過去がある、それほどの影響力を持つ魔法属性。
それをヒロイン、マティルダは持っていた。
「えへへ…でも何ができるってわけでもないんだよ?水属性とか火属性の方がよっぽど生活の役に立つもん」
(光魔法の魔法大辞典に記載されていない魔法…。いえ、そもそも庶民に魔法大辞典が見れるはずもないから当然かしら)
完全オリジナルの魔法を入学したての庶民の少女が使い、さらに属性は光魔法。
この事実は一気に学園中に広まり、マティルダは注目の的になる。
そんな中、乙女ゲームははじまるのだ。
「…ふざけた茶番だわ。本当に」
ユリアナはそう吐き捨てた。
「そういえばですけど姫さん」
「なにかしら」
授業はまだまだ終わらない。
魔法を披露するわけにはいかないユリアナとそれに付き合わされている(という設定の)スキア。
暇を持て余したユリアナは必要がないために授業時に伴うのを禁止されているはずの侍女、アルファを呼び勝手に演習場でお茶会を開催していた。
「そもそも、闇魔法とか光魔法とかってなんなんですか?」
「何を今更…?」
ユリアナは訝しげにスキアを見る。
2人の付き合いはもう6年ほどになる。その間にユリアナは幾度もスキアの前で闇魔法を披露している。
しかし、どれも共通点というか特徴がよくわからないというのがスキアの弁。火魔法は火を操る魔法だし水魔法は水を操る魔法。そういったわかりやすい特徴がないからよくわからないと言う。
「だから本で調べてみようって王宮の図書館に行ったんですけど闇魔法も光魔法も希少すぎるから詳しいことどの文献にも書いてないんですよ。昨日のうちに学園の図書館に行ったんですけどそこにもなくって」
「王宮にない本が学園にあるわけないでしょう。…まあどこにも書いてない、誰もよくわからないからこそ光魔法の神聖化は進むし闇魔法が忌み嫌われるのだけれど」
「童話の悪役は大抵闇魔法の使い手ですもんね」
「そう、それでヒーローは絶対に光魔法を持っているの。更に言うならば歴史上に存在する闇魔法保持者より童話の悪役の方がよっぽど数が多いのは何かしらね。よくわからないくせに適当に書いて」
そう言って少し寂しそうにユリアナは笑う。
「何をおっしゃいますか。姫様は私たちにとってのヒーローです」
「そうですね、姫さんは俺たちの命の恩人で唯一の王だ」
「そんなこと言って、わたくしは王位についてないんだから不敬罪で捕まるわよ」
「どう思うかなんて勝手じゃないですか。で、教えてくれるんですか?闇魔法と光魔法について」
「そんな面白いものでもないけれどね。まあいいわ、教えてあげる。確かに闇魔法は他の魔法属性と違って概念的な部分が多いわね。闇魔法は過去と停滞の魔法よ。光魔法は……スパコンね」
「余計意味がわからないですし何ですかスパコンって」
「スパコンは前世の超高機能な演算装置よ。でも本当にそうとしか表現のしようがないの。1番わかりやすいのは過去視・未来視の魔眼かしら?わたくしが過去を視れることは知ってるでしょ?」
「ああ、確かに姫さんもマティルダさんも同色の紫色の瞳ですね。なるほど、だから姫さんは生まれながらの王族でただ一人目が金じゃないんですね」
「お黙りなさい」
「そうだったら…これコンプレックスだったんだ…」
「聞こえているのだけれど?」
目を細めながらユリアナはお茶をすする。
口の中いっぱいに今まで飲んだことのない素晴らしい味が広がる。
「あら…この紅茶。初めていれてくれたもの?」
「はい。市場に出回り始めたばかりのもので試飲してみたところとても美味しかったので」
「確かにとても美味しいわ。けど…」
「香りをあまり感じない。エスタニア地方で新しく作られている紅茶ね。味は超一級品、しかし香りがない。貴族にはうけないわ、恐らくは庶民向けになるでしょうね」
突然、3人の空間に第三者が口を出す。
「スキア、アルファ」
「だって見知った顔じゃないですか。わざわざお伝えする必要あります?」
「当然でしょう!……で、何の用かしら。ドリゼラ」
「ごきげんようユリアナ。授業中にティーパーティーなんて随分と余裕がおありね」
「何の用かしら」
「何の用とはひどいわ。同じ王族じゃないの」
「お前は傍系、わたくしは直系。同じじゃなくってよ。花印も持たぬ身で偉そうにしないでちょうだい」
「あら。貴女がやるべき職務を代行してあげているのをわかっていまして?」
乱入者の名はドリゼラ。
臣籍降下していない王弟の娘で、花印こそ持たないが血筋の正当性から王位継承権第三位を持つ、ユリアナの実の従姉妹である。
金色の髪に同色の瞳、さらに魔法属性は操天属性。次期王位継承において第三の派閥ができるほどの有力者。
「うるさいわね。わたくしに雨を降らせることはできないのだから代行もなにもないでしょうに」
「貴女ならやろうと思えばできるのではなくて?いい加減何もできないふりをするのは腹が立つわ」
「何のことかしら」
「例の儀式は王族全員に通知される。まあどこぞの王子は例外らしいけれど」
「………」
「あら、そろそろわたくしも魔法を披露しなければ。ごめんあそばせ」
少し後、秋であるにも関わらず演習場に雪が降り始めた。
『ユリィ!見てちょうだいな、雪が積もっているわ!一緒に遊びましょう』
フラッシュバックする幼いときの記憶。
「昔から、なぜこうもわたくしに関わろうとするのかしら」
気づけばもう授業時間も残り少し。懐中時計をパチンと閉じ、ユリアナは立ち上がる。
「片付け頼んだわよ」
「畏まりました」
「スキア、次は?」
「エリーゼ教授の魔法工学ですね。実習棟第四実習室です」
「魔法工学……。エリーゼ教授は保守的過ぎてつまらないのよね」
「姫さんに言わせればどの授業だってつまらないでしょうよ」
秋の風は気づけば冷たく、冬の予感を示していた。
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新キャラ、ドリゼラ。
思わせぶりなムーブを醸し出して登場しました。
彼女の得意魔法は雪を降らせること。冬場スキー場などで食い繋いでいる地域からは特に崇められています。
この世界は中世風に見えて意外と現代的。乙女ゲームだから…?この辻褄があっていない感じ。ゲームプレイ中、ユリアナは前世そう感じていたという。
次の更新は明日の18時です。