表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

枢軸国に輸出されたT34戦車

ソ連以外でT34戦車が活躍する架空戦記です。

 テレビの前のソ連人民の皆さん!こんにちわ!


 ここソビエト社会主義連邦共和国首都モスクワで開催されている「T34戦車祭り」からソビエト全土に生中継です!


 これは偉大なる指導者スターリンがT34戦車を第二次世界大戦における枢軸国に大量に輸出したことから我がソ連が「第二次世界大戦に最後まで参戦せずに豊かな国になった」ことを記念して祝うお祭りです。


 偉大なる指導者スターリンが何故T34戦車を枢軸国に輸出したのかはソ連人民にとっては常識ですが、テレビを見ている外国人の皆さんのために解説しましょう。


 まずこちらのT34戦車を見てください。


 黒い十字のマークをつけているこのT34戦車は、第二次世界大戦においてドイツ第三帝国に輸出され、実戦で使用された実物です。


 偉大なる指導者スターリンがT34をドイツに輸出した理由は次のような物でした。


 第二次世界大戦が開戦した時、ドイツ第三帝国はヒトラー総統の決断によりポーランドに攻め込み、ポーランドの西半分を占領し、我がソ連はポーランド人民の求めに応じてポーランドに東半分を解放しました。


 ドイツは続いてフランスを降伏させて、イギリスも降伏させようとしましたがうまくいきませんでした。


 ヒトラーは愚かにもイギリスを敵として抱えたままソ連への侵攻作戦を考えていましたが、それを事前に察知した偉大なる指導者スターリンは「サンプル」としてT34戦車一両を提供しました。


 T34の実物を見たドイツ軍部はパニックになりました。


 当時のドイツの主力戦車であった3号戦車より砲も装甲も高性能だったからです。


 あわてて4号戦車に長砲身75ミリ砲を載せようとしましたが、それだけでは我がソ連軍に大量に配備されているT34に対抗できないのは明らかでした。


 ドイツのヒトラー総統は思い切った決断をしました。


 我がソ連に「T34戦車の大量購入」を求めたのでした。


 ヒトラーは我がソ連への侵攻作戦は賢明にも諦めましたが、イギリスとの戦争を継続するには戦車がいくらあっても足りません。


 それで、我がソ連からT34を大量購入しようとしたのでした。


 偉大なる指導者スターリンはそれを受け入れました。


 それには偉大なる指導者スターリンの賢明なる判断があります。


 購入代金としては国際的に信用度の低いドイツマルクではなく、ドイツがオーストリアやフランスの中央銀行から略奪した金塊やイギリスポンドやアメリカドルでの支払いを求めました。


 ヒトラーは内心はともかくとして、この要求を受け入れました。


 ドイツとイギリスの戦争は全体主義者と資本主義者の争いに過ぎません。


 こうして偉大なる指導者スターリンは大切なソ連兵士の命を一人も失うことなく、全体主義者から労働者の福祉のために使う資金を得たのでした。


 さて、今度は、こちらのT34を見てください。


 車体に赤い丸いマークをつけているこのT34は、第二次世界大戦において、日本帝国に輸出され、実戦で使用された実物です。


 日本の戦車はドイツの戦車より貧弱で、ドイツ経由でT34の情報を知った日本はドイツより酷いパニックになりました。


 そして、日本もドイツに習い「T34戦車の大量購入」を求めたのです。


 偉大なる指導者スターリンは、日本の関東軍の大幅削減と引き換えに、これを受け入れました。


 日本では北進論が引っ込められ、南進論が主流となりました。


 日本はアジアに植民地を持つイギリス・アメリカ・オランダと対立するようになり、軍国主義国家日本と資本主義国家アメリカとの戦争である太平洋戦争が開戦したのでした。


 T34戦車はドイツからイタリアにも譲渡されました。


 T34は枢軸国の戦車として、欧州・北アフリカ・太平洋の島々で活躍しました。


 もし、枢軸国にT34戦車が無ければ第二次世界大戦はもっと短期間で終わったと言われています。


 それこそが偉大なる指導者スターリンの狙いでした。


 全体主義国家・資本主義国家・軍国主義国家の戦争には参戦せずに、T34を輸出して外貨を稼ぎ共産主義国家である我がソ連を発展させたのでした。


 ソ連最高指導部の一部からは「枢軸国がT34で我がソ連に襲い掛かってきたらどうするのか?」という意見がありましたが、もちろん、偉大なる指導者スターリンはそれに対する備えは万全でした。


 T34より強力な重戦車を我がソ連軍は保有しており「スターリン重戦車」と名付けられました。


 スターリン重戦車は輸出は禁止で、枢軸国の駐在武官に見学だけを許可しました。


 スターリン重戦車を驚異に感じた枢軸国はソ連に戦争を仕掛けるようなことはありませんでした。


 第二次世界大戦末期、枢軸国の敗北は明らかでした。


 イタリアは連合国に降伏し、ドイツ・日本の降伏も時間の問題でした。


 そして、偉大なる指導者スターリンは虐げられたドイツ・日本の人民を解放するために行動したのでした。


 ドイツに占領されていたポーランドの西半分をソ連軍が解放し、続けてドイツ本土も解放しました。


 極東においては日本の傀儡国家満州国を解放し、日本の植民地だった朝鮮半島も全土を解放しました。


 我がソ連を脅威に感じたアメリカが日本と早期講和し、アメリカ海軍を日本周辺に展開させたため、海軍力に劣る我がソ連は日本本土解放は断念しなければなりませんでした。


 その後、我がソ連とアメリカは東西冷戦を繰り広げ、1990年代にはソ連が崩壊すると西側のマスコミが唱えたりもしましたが、21世紀になっても我がソ連は健在です。


 さあ、皆さん!アメリカのニューヨークにある自由の女神像より巨大な偉大なる指導者スターリンの銅像に向かって万歳をしましょう!


 偉大なる指導者スターリン万歳!

ご感想・評価をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] さらっと忘れられる中国戦線www
[気になる点] ドイツに輸出されたT34はティーガー戦車と名付けられたんですかね(グデーリアン並感) [一言] 何だこのディストピア… まあ人類がどうなろうが、とにかく自国(ソ連)の人民を救ったのだか…
[良い点] 御参加ありがとうございます。見事なまでのプロパガンダ! [一言]  ちなみに、史実ではT34戦車は試作で留まり、次の車両の開発計画があったものの、第二次大戦の勃発で急遽量産されたという経緯…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ