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三国羅将伝  作者: 藍三郎
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間章 或る歴史の結末


 これは、遥か遠い未来の、ある結末――




「やはり避けられそうに無いわね……」


 数多の書物、数多の設備が揃う室内で、白衣を着た二人の男女が話をしている。

 背中まで伸びた長い黒髪を額の中央で分けた男は、窓から外を眺め……同じく長い黒髪に、眼鏡をかけた女は柔らかい椅子に腰掛け、互いに別々の方向を見ながら会話している。


「科学の進歩の結果、人類は有史以来の夢である、不老不死を成し遂げた。

 人類から死の恐怖は消え、永劫の繁栄がもたらされる……はずだった」


 女は、かつて進化の果てを極め、人類全体が熱狂していた時代を思い返していた。


 アストラル・エリアへの干渉によって発掘された第二エネルギー“T”。


 従来のエネルギーとは根本的に異なる、霊的なエネルギー。

 森羅万象を動かす、真実(True)のエネルギー。

 それに伴う不老不死の実現。

 誰もがその甘美な現実に酔い、輝かしい新時代の到来に心踊らせていた。

 しかし、彼女を含む一部の者達は気付いていた。破滅への秒読みも、同時に始まったということを……


 不死の肉体を手に入れた人類は、老いや病、飢餓、そして突然の死に悩まされることも無くなった。

 だが、その代わり人類は、短い一生に追い込まれることも無くなり、生きる情熱を失っていった。

 科学の最盛期は、同時に長い長い衰退期の始まりでもあったのだ。


「けど、それだけならまだよかった。

 人間は、不死に至ってもなお、他者を傷つけたいという欲求を消すことは出来なかった」


 種の存続のために子孫を残す必要がなくなり、愛という概念さえも失われつつある世界で……

 死の喪失は、同時にそれを基盤とするあらゆる娯楽を奪い去った。

 急激に価値観が変わる世界で、人々は次第に生きる意味を見失っていった。

 死が無ければ、急ぐ必要もない。

 世界から死が消えたことで速さが失われ、遅滞から怠惰に、怠惰から完全なる停止に至るまで、そう長い時間はかからなかった。


 そして……そんな末期的な世界で、人々が最後に情熱を燃やしたのは、“不死の人間を殺したい”という欲求だった。

 殺したくても殺せない、死にたくても死ねない世界で抑圧された人間の業が爆発したのか、それとも停滞を嫌い、進化を求める人間の本能か。


 やがて……不死を殺す術は確立された。


 アンチ-T-ウェポン……


 不死者を不死者たらしめている源、“T”を断つ兵器が開発されたことを皮切りに……人類の未来は、最終戦争へと雪崩れ込んで行く。

 大国同士の利害関係、人類の正しい姿を取り戻そうとする理想主義者、更なる変革を求める者達、あるいは、一個人の欲望に世界を巻き込もうとする者……

 数多の人間の思惑が絡み合った結果、やがて事態は最終戦争という形で結実する。

 敵も味方も、原因すらも定かではない戦いは、すぐに混迷を極めることとなる。

 それはもはや戦争ではなく、終わり無き破壊の連鎖だった。

 アンチ-T-ウェポンの連続使用によって、大勢の人間が死んだ。

 人間から不死を取り除く当初の目的は、ここに達成されたのだ。


 だが、その時にはもう、全てが遅かった。 

 原因もわからなければ、結末もわからない戦いは、誰の思惑も越えて延々と続いた。

 人類にとって不幸だったのは、この世界における文明の全てに、“T”が用いられていたこと。

 アンチ-T-ウェポンは、人類の命と同時に文明をも滅ぼす、禁断の兵器だったのだ。

 この世界における最高峰の頭脳の持ち主達は、同時に結論を出していた。

 もはや世界の終焉を止める術はなく、遠からずこの世界は滅びることを……

 



 この二人も、その結論にたどり着いた者達だった。


「必然の結末だ」


 黒髪の男は、侮蔑をこめて冷たく言い放つ。


「精神が未成熟にも関わらず、永遠などという過ぎたるものを求めれば、こんな末路を迎えることなど分かりきっていた……」

「そんなの、私も同じよ。

 いえ、世界の名だたる頭脳は皆、人間が不死を得た時から、この結末を予期していた。

 だけど、その頃から、時代のうねりは私達にもどうすることも出来ないほどに速くなっていた。

 “あの人”でさえも……」

「ふん……」

「まぁ、止めようとしなかったという方が正確だけどね」


 世界との関わりを絶って、ただひたすらに己が研究に没頭してきた彼女らは、もはや世界の存亡自体に無関心となっていった。

 傍観者であり続けた結果、世界の激変と、その終わりに気付くことが出来なかったのだ。

 どれだけの英知であろうと、大衆の意志、時代の流れという巨大な力の前では、あまりにも無力……

 不老不死を実現し、さらにその不死を殺す技術を編み出した彼ら科学者であっても、人々の意志まで完全に制御することは出来なかった。

 いや、彼らは最初から支配など望まない。

 この世の全てを観察対象と見なしている彼らにとって、支配とは対象を歪めるだけの、意味の無い行為であった。

 そして……彼女らはこの期に及んでも、世界の滅びを、単なる事実として無感動に受け入れていた。

 ただ一人を除いては……


「例の計画……成功すると思うか?」

「因果律を司る“T”をコントロールして、新しい世界を創造するって奴かしら。

 科学者として成功確率を聞きたいなら、答える必要はないわ。

 どうせ貴方の演算結果と同じだから」


 その結果は……そもそも、あらゆる条件が不確定のため、正確な確率を弾き出すことさえ難しかった。

 それでもあえて数値化するならば、刹那の位でもなお高すぎるだろう。


 他人事のように語っているが、この二人もまた計画の参加者である。

 計画を立ち上げたのは、彼女ら二人の師であった。


「そうだな……質問を変えよう。

 例の計画が仮に上手くいったとして……お前はまだ、生きたいと思うか?」

「そぉねぇ……」


 女は椅子に背中を沈めて、自分の指を見ながら言う。


「フツーに生きているんじゃないの?

 正直私はもう何もかもに飽きちゃっているけど、

 生きる目的が無きゃ生きられないなんてガキ臭いこと言うつもりもないし」


 自分はもう、何もかもが面倒くさいのだ。

 生きることも、死ぬことも。

 ただ、生きるよりは死ぬ方が手間が掛かるので、こうして生き続けているに過ぎない。

 世界が消えた後の新しい世界といっても、それほど期待できるものでもないだろう。

 

「で、貴方はどーなの? 何かやりたいことでもあんの?」


 特に考えも無しに聞き返してみる。

 この二人は気の遠くなるほど長い時間共に研究活動をしたり、研究内容について議論を交わしたりしてきたが、互いの内面に思いを馳せたことなど一度もない。

 どうだっていいのだ。

 彼女らは長い時を生きて膨大な情報を蓄積してきた。

 それらの全てが、平等な価値を持つ事象であり、その中に特別なものは何一つありえなかった。

 人の命も……人の心でさえも……

 彼らの関係を一言で表すと……仲間でも同僚でも好敵手というわけでもなく……

 “腐れ縁”と呼ぶのが一番近いだろうか。


「私は……」


 男は鉄面皮を崩さぬまま、ゆっくりと口を開くが……

 その答えを聞く前に、扉が開かれた。



「やぁ、孔明、仲達……待たせてしまったね」


 水色の髪に、白と青の瞳を持つ青年が入ってくる。

 男は扉の方を振り向き、女は気だるそうに椅子から立ち上がる。

 柔和な笑顔を浮かべる彼こそ、黒髪の男女の師であり、“計画”の主導者だった。


 青年……左慈の眼は、彼女ら二人と違って死んでいない。

 瞳に未来への希望を湛え、生気に満ちた笑みを浮かべている。


 

「では、始めようか。世界を再生させる実験を」




 墨で塗り潰した上に、真珠の欠片を散りばめたような漆黒の宇宙。

 その中に浮かぶ銀色の筒の中に、彼女らは居た。

 眼下には、故郷ふるさとである蒼い惑星ほしが、迫り来る崩壊を微塵も感じさせぬように、雄大に佇んでいた……





<間章 或る歴史の結末 完>


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