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三国羅将伝  作者: 藍三郎
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第十三章 伝説の終焉(三)

「はぁぁぁぁっ!!」


 高順の叫びと共に、彼の跨る魔獣馬が跳躍する。


(高ぇ!!)


 その高さに、夏侯惇は片眼を見開く。

 高順の魔獣馬は、跳躍力、機動力共に、夏侯惇の馬を遥かに上回っている。

 夏侯惇の乗騎も中々の駿馬だが、やはり肉体改造を受けた魔獣馬には劣る。

 同じく跳躍しても、その高さには格段の差が出る。

 高い場所からの攻撃がどれだけ有利かは、一流の武芸者ならば熟知していることだ。

 加えて……


「ぐっ……!!」


 夏侯惇の左肩が、僅かに裂ける。

 高順には、変幻自在の飛び道具、黒翼がある。

 手から離れたが最後、予測もつかない軌道を描いて襲い掛かる黒翼は、以前戦った時と同様の厄介さを備えていた。


「ふ……大口を叩いた割りには、防戦一方だな、夏侯惇!」


 挑発しながら、高順は魔獣馬を跳躍させる。


「………………」


 夏侯惇の馬も、ほぼ同時に飛び上がる。

 だが、やはりその高さには馬身一つ分の差が生まれる。


「死ねい!!」

 

 眼下の夏侯惇に向けて、黒翼を投げつける高順。

 これに対して夏侯惇は……


「シャァッ!!」


 馬の背から腰を浮かすと、馬を蹴って単身飛び上がった。

 旋回する黒翼は、残る馬の腹へと命中する。


「!」


 馬を踏み台にした二重跳躍に、今度は高順が驚嘆する。

 これで、両者の高さは五分と五分になった。

 

「ラァァァァァァァァァァッ!!!」


 空中で大鎌を振るう夏侯惇。

 唸る刃は、魔獣馬の首に円形の裂傷を刻む。

 魔獣馬の頭部が、首の付け根からずり落ちる。

 胴体だけになった魔獣馬と高順は、そのまま地面へ落下する。


「へっ、どうよ!!」


 夏侯惇も大鎌の柄を地面に突き刺して、落下の衝撃を緩和する。

 お互いに乗騎を失ったが、これで乗騎の有利不利は解消された。


 あそこで馬を踏み台にして、高さを埋めるとは……

 夏侯惇の戦い方に、高順は舌を巻く。


 夏侯惇という武将の真価は剛力でも知性でも用兵でも無く……

 戦場での咄嗟の閃きにあるのかもしれない。


 しかし、それ以上に驚かされたのは、夏侯惇の成長ぶりだ。

 数年前……自分と夏侯惇の実力はほぼ互角だった。

 ならば、魔獣馬を持ってすれば、力の均衡は崩れ、すぐに決着を付けられる……そう踏んでいた。


 だが、彼は魔獣馬に乗った自分の猛攻にも耐え、最終的にはその不利を覆した。

 魔獣馬を仕留めたのも、発想力だけでなく、それを為しうる地力があればこそだ。

 この数年間で、夏侯惇は驚くほど成長している。

 そして……恐らく純粋な武は、この高順を上回っている……!


 この男もまた、未来へ続く道を持つ者……


 高順はきつく唇を噛み締める。


 曹操の下には、優れた才を持つ者が集っている。

 いつの時代も、才に恵まれた将を持つ主君が歴史を動かしてきた。

 やはり、歴史の流れは曹孟徳を選んでいるのか……


 否――


 断じて否!



「行くぜオゥラァァァァァァァッ!!」


 大鎌を両手で持ち、突撃する夏侯惇。

 高順は黒翼を投げ付けるが、夏侯惇は大鎌の柄を動かし、黒翼を打ち払う。


「またそれか! 芸の無い野郎だぁ!!」


 既に彼の感覚器と反射神経は、空気の流れと風を切る微かな音を感じ取り、死角から襲い来る黒翼に反応できるほどに発達していた。

 間合いに入った夏侯惇は、勢いよく大鎌を振るう。

 

 高順の手には黒翼が一つだけ……これでは大鎌の一撃は止められまい。


 しかし……


「!?」


 高順の両の腕が、異常に膨れ上がった。

 大鎌の刃は、一本の黒翼によって受け止められる。

 こちらは両手、相手は片手……にもかかわらず、幾ら力を込めても全く打ち払うことが出来ない。


「ぬぅぅぅぅん!!」


 かつてない剛力ちからが、大鎌を通して夏侯惇を襲う。

 その膂力に耐えかねて、ついに大鎌の方が弾かれてしまう。

 体勢を崩す刹那、高順の右腕に黒翼が握られているのを見た惇は、即座にその場から離れる。


 投擲された黒翼は、弾丸を超える速度で宙を舞う。 

 僅かでも反応が遅れていれば、命は無かっただろう。


「てめぇ……そいつぁ……」


 高順の両腕は、丸太のように太くなり、溶岩のように赤く膨れ上がっていた。

 

 この腕は、陳宮に投与された幻獣の細胞によって変化したものだ。

 彼もまた、この戦が始まる前に、陳宮によって肉体改造手術を受けていた。 


(私を笑うか……? 張遼……

 だが、私は何が何でも呂布将軍についていく。

 あの御方が統一する天下を、この眼で見る為に。

 その為ならば、悪魔と取引してでも力を求めよう……!)


 呂布と陳宮のやり方を受け入れるならば、自分自身がその対象となろう。

 その覚悟は、とうの昔に決めている。


 口には剣歯が並び、頭部の血管が浮き上がって鬼の角のような形状になる。

 獣人将へと変貌を遂げた高順は、覚醒の咆哮を上げる。

 


「うおおおおおおおお――――ッ!!!」





 



 逃げる曹操軍を追撃する呂布。

 その速度は曹操軍の馬を遥かに凌いでおり、距離は徐々に詰められていく。

 追いつかれるのも時間の問題だ。


「淵将軍! ここは俺が……」

 

 殿しんがりについて応戦しようとする楽進を、夏侯淵は眼で制する。


「私が行こう。それも、郭嘉の立てた作戦だ」

 

 呂布と赤兎馬を見据え、弓に矢を番える夏侯淵。

 余程調練されているのか、夏侯淵の馬は全く体勢を崩さず、全速で走り続けている。


 迫り来る呂布を前に、彼の照準に狂いはない。

 矢の尖端には、何やら黒い塊が結び付けられている。

 淵は狙いを定めて、七、八本の矢を纏めて射った。


「ハッ! 来たか!!」


 撃ち落してやろうと方天画戟を構える呂布。

 だが、矢は途中で失速し、呂布へ到達することなく、赤兎馬の足下へと落下する。

 その瞬間……


「!!」


 高密度の爆炎が、風船のように膨れ上がった。

 大地が弾け、礫片が乱れ飛ぶ。

 爆風に押され、赤兎馬の速度がやや鈍った。


 あの矢の尖端には、李典の造った爆弾を結び付けてある。

 兵士の五、六人は、軽々と吹き飛ばす威力のものだ。


 だが、それでも呂布を仕留めるのは到底足りない。


 夏侯淵は、最初から呂布に命中させるつもりは無かった。

 あの呂布ならば、正面からの矢など軽がると切り払ってしまうだろう。


 だから、夏侯淵はこの爆弾矢を足止め目的にのみ使うことにした。

 矢が重さで失速し、呂布の間合いの直前で落ちるように計算して矢を射った。

 夏侯淵ならば、矢の重量や空気の流れ、追っ手の速度、敵との距離……

 全てを瞬時に計算して、狙った場所に矢を放つことが出来た。


 だが、それでも僅かに時間を稼いだに過ぎない。

 呂布と赤兎馬は爆風による抵抗など物ともせず、速度を上げて行く。


「イィヒャハハハハハハハ――――ッ!!!」


 足止めとはいえ、ようやく攻撃らしい攻撃が来たことに呂布は歓喜する。

 今の爆撃は、呂布の燃える闘争本能に油を注いだようだ。

 方天画戟を振り回し、赤兎馬を更に加速させる。


 

 夏侯淵は、そんな呂布に強さに全く動揺せず、第二射を放つ。

 今度は、十数本の矢を纏めて、上空に向けて射る。

 天空に飛翔する矢の群れ。

 一見、まるで見当違いの方向に飛ばしたように見えるが……


「!!」


 見えない網が、呂布の身体を包み込み、その動きを封じる。

 鋼の糸で編んだ網で、外周部に矢が結び付けられていた。

 こちらも並みの武将ならすぐに身動きが取れなくなるが、呂布にとっては絹糸の網と大差ない。

 呂布は即座に方天画戟で網を切り裂く。

 だが、間髪入れず爆弾矢が飛んでくる。


「ギュロロロロォォォォォォン!!!」


 爆炎に包まれる呂布と赤兎馬。



「へぇ……さすがっすね! 淵将軍!!」


 弓矢で呂布と渡り合う夏侯淵に、楽進は尊敬の声をあげる。

 一方、淵の顔には一片の驕りも油断も無い。

 今までの射撃も、結局は距離を離す以上の効果を上げられてはいないからだ。


 自分一人の力では呂布は倒せない。

 しかし、そのことについて苛立ちや不満を覚えることはない。

 夏侯妙才は、己を作戦のための歯車だと常に割り切って行動している。


「楽進、もうじきお前にも動いてもらうぞ……」

「は、はい!!」


 ここまで、郭嘉の作戦通り……

 自分の実力さえも織り込んで計画を練る郭嘉に、夏侯淵は改めて感服する。


 曹操の軍勢が、ある地点を通過した瞬間……


「!!!」


 右側の崖の裂け目から、激流が押し寄せてくる。

 この水も、氾濫した祈水が分岐して流れてきたものだ。

 自然現象ではなく、この時刻、この場所に流れてくるよう、予め曹操軍が水路を築いていた。

 呂布がこの地点を通過する時刻……それすらも郭嘉は計算していたのだ。

 一瞬で、呂布と赤兎馬は激流に呑み込まれる。


「ハッ! さっぱりしていいじゃねぇか! ヒャハハハハハハハ!!」


 しかし、呂布にとってはこの程度単なる水浴びに過ぎない。

 常人ならば軽く内臓が破裂する水圧でも、呂布にはただ単に体が濡れた程度にしか感じていないだろう。


 だが、流れてきたのは水だけではなかった。

 激流に乗って、無数の岩塊も襲ってきたのだ。


「ヒャハッ!!」


 方天画戟を振るうたびに、身の丈以上の大きさの岩塊が、玉葱でも切るように軽々と両断されていく。

 しかし、その岩塊に混じって……



「がああああぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 

 巨大な戦斧を掲げ、上空から舞い降りる巨漢。

 曹仁の上空からの一撃が、呂布を襲う。


「ヒャハハハハハハハ!!!」


 呂布は方天画戟を振るい、その一撃を真っ向から打ち払った。


「がはっ!!」


 剛力においても呂布は敵を凌駕する。

 曹仁の巨体が吹き飛ばされ、地面に転がった。

 

 だが、さすがに董卓をも恐れさせた曹仁の一撃は効いたようだ。

 方天画戟を握る両腕には、鋭い痺れが残っている。

 されど、この疼きこそが、呂布にとっての快楽となる。



 やがて、濁流が通り過ぎた後……



 辺りを見回せば、呂布は無数の曹操軍の兵によって包囲されていた。

 濁流の発生と同時に、祈水から移動した曹仁、曹洪率いる部隊が合流したのだ。

 

 兵士達の先頭に立つのは、いずれも劣らぬ曹操軍の精鋭達。


「ちっくしょー! 次は負けねぇぞ!!」


 戦斧を肩に担ぐ曹仁。


「おっしゃ!! ようやく戦えるぜ!!」


 両の拳を打ち付ける楽進。


「うふふ……虐めみたいで悪いけどね♪」


 鉄の鞭を唸らせる曹洪。


「…………行くぞ」


 弦に矢を番える夏侯淵。


 高い崖の上には陣が敷かれ、そこには荀或と荀攸が戦場を見渡している。

 

 夏侯淵らの目的は、呂布をこの包囲網まで誘い込むことにあった。

 既に総攻撃の体勢は整っている。


 万に達する兵が、一斉に弩弓を構える。

 中には砲台や火炎放射器もあり、ただ一人の敵を相手にするとは思えない装備だ。

 対象の完全なる殲滅を目的とした布陣。

 もしこれらが一個の生物に向けて放たれれば、塵一つ残るまい。



 それを見た呂布は……


「ヒャハハハハハハ!! ようやくやる気になりやがったか!!」


 一対一万でも、呂布に恐れは無い。

 敵が強ければ強いほど、多ければ多いほど、呂布の闘争本能は促進される。

 目の前に極上の美食を並べられたように……



「さァ来いよ! ヒャハハハハハハハハハッ!!!」



 呂布の歓喜の叫びと同時に、赤兎馬もまた濁流のようないななきをあげた。




 この数秒後に……



 呂奉先の暴威は、曹操一万を完膚なきまでに蹂躙することとなる……







 下丕城……


「ねぇ、劉備……」


 今日も陳宮は、親しみを込めた声で囚われの劉備に向けて語りかける。


「最近思うんだよ。この僕こそは、呂奉先と並び立つ資格を持つ、唯一の男じゃないかって」

「へぇ……」

 

 感心したように相槌を打つ劉備。


「呂布将軍の強さは最強だ。この地上に彼に勝る生命体は存在しないだろう。

 “強さ”のみを基準とするならば、どんな生物であれ彼より格下ということになる」


 陳宮は笑顔を浮かべ、劉備に対して問いかける。


「今、矛盾している、と思ったろ?

 そうだよ。強さにおいて彼と同格な存在はいない。

 なのに何故、僕は彼と並び立つことが出来るのか……」


 外れだ。劉備が思ったことは“そんなことどうでもいい”、ただそれだけだ。

 勿論、表層では興味深そうな様子を崩さない。

 真っ直ぐな眼で、自己陶酔する陳宮を見据える劉備。


「それはね。この僕が新しい強さを“創造”できる人間だからさ。

 自然界に呂布将軍に勝るものは存在しない。

 だけど、僕はいずれそれを創り出す。呂布将軍自身を素体としてね……

 彼を進化させられるのはこの僕だけだ。

 自然界が後千年経っても実現できない奇跡を、僕はこの時代で成し遂げようとしている。

 僕と呂奉先は、自然界の法則を撃ち破り、神の呪縛を解き放つ存在なのさ」


 相変わらず劉備には全くついていけない大言壮語を繰り返す陳宮。

 彼の自慢話を聞いて、適当に褒めてやるのが彼と上手く付き合うコツだ。

 性格はねじくれているが、人間としてはかなり単純と思われる。


 最も、呂布の強さと彼の才能が凄まじいのは確かなことだ。

 過度に謙遜して、結果的に自分の才能を小さく纏める者が多い中、彼らの“強さ”はその圧倒的な自信に支えられているのやもしれない。


 それに……

 自信ならば、自分も人のことは言えないだろう。


 劉玄徳は、この八方塞の状況においても……


 自分が助かると、片時も信じて疑わなかった。




 その時…… 


「!?」


 小規模な地震が発生したように、室内が揺れる。

 地下の実験室にも、城外の轟音が伝わってきた。


「な、何だ!?」


 何か異変が起こったのは間違いない……

 先ほどの揺れと陳宮の同様を見て、劉備も状況を察する。


「地震……? いや、敵襲か!?」

 

 陳宮は直ちに上階に続く階段へ向かう。

 その時……傍に侍る巨漢の片割れが、その場に立ち止まった。


「? 魏続、どうし……」


 次の瞬間……魏続は眼にも止まらぬ速さで、天に向けて拳を放った。


「ひっ……!?」


 頭に両手を当てて縮こまる陳宮。

 下僕の予期せぬ行動に怯えながらも、怒声を張り上げる。


「な……何をするんだ!?」


「………………」


 魏続は答えない。

 宋憲と共に、闇の一角を睨みつけている。


 闇のうちに潜んだ影が、ゆっくりと蠢く。

 やがてその影は、黒衣を纏った人形ひとがたを成す。


「……チッ」

 

 覆面の下で舌打ちする于禁。

 速攻で陳宮を仕留めるつもりだったが、逸早く魏続に気づかれてしまった。

 最上の成果は得られなかったが……

 少なくとも、彼らの眼を自分に向けることはできた。


「兄貴ぃぃぃぃぃぃっ!!」


 上階から、剣を持って駆け下りて来る張飛。

 階段の中腹辺りで飛び上がり、陳宮ら三人の頭上を飛び越える。


「益徳!!」


「らぁぁぁっ!!」


 寝台の上に拘束されている劉備の傍まで近づくと、手にした剣で四肢の拘束を断ち切る。

 だが、その直後……


「がはっ!!」


 一瞬で背後に回った宋憲の拳が、腹に炸裂する。

 張飛の小さな体は軽々と吹っ飛び、実験用具の並べられた棚に激突する。


「魏続、宋憲! こいつらを殺せぇ!!」


 陳宮の若々しい声が響く。


 宋憲の無機質な眼が、劉備へと向けられる。

 劉備は素早く寝台から敵の反対側へと転がり落ちるが、宋憲は寝台の上に飛び上がり、劉備を追い詰めようとする。


「させるかぁぁぁぁぁっ!!!」


 今度は宋憲の背中に強い衝撃が走る。

 棚に激突した張飛だが、そのまま壁を蹴って宋憲へと飛びかかったのだ。

 砲弾のような頭突きを喰らい、宋憲は寝台の上から崩れ落ちる。


 一方の于禁は魏続と戦っている。

 于禁の闇に紛れた素早い攻撃を、魏続は硬質化した皮膚で防いでいる。


 于禁の腕から鎖で接続された手甲“鎧黒爪がいこくそう”が発射される。

 だが、魏続は強化された動体視力でそれを見切り、手甲を掴み取る。

 そのまま剛力に任せて于禁を地面に叩きつけようとするが……

 于禁は地面を滑るように落下し、衝撃を完全に殺してしまう。

 手甲はひとりでにすり抜け、再び魏続を襲う。


 于文則の動きは、まるで不定形の“影”のように捕らえどころが無かった。




 陳宮の脳内は高速で回転する。

 何故、敵兵の侵入を許してしまったのか……

 何故、幽閉していた者が解き放たれているのか……

 

 とにかく、魏続と宋憲があの二人を抑えている間に、上階に上がって応援を呼ばねばならない。

 走り出そうとした瞬間……背後に殺気を感じて、懐から銃を抜く。


「あちゃ〜〜……少し遅かったか」


 視線の先には、実験用の鋏を喉元に突きつけた劉備が立っていた。

 這って陳宮の背後へ回り込む途中で、床に落ちていたものを拾ったのだ。

 恐らく、先ほど張飛が激突した棚から落ちたものだろう。


 もう少し陳宮の反応が遅ければ、すぐに喉元を貫いて仕留めることができたものを……

 陳宮の銃は、劉備の額へと照準があわせてある。

 両者が少しでも動けば、恐らくどちらか……最悪両方が死ぬだろう。 


「全部、嘘だったんだね……僕の友達になるって言ったのも……」


 暗い憎しみをその眼に湛え、陳宮は劉備を睨みつける。

 その表情に怖気を感じつつも、劉備は飄々と笑い飛ばす。


「はっ! 白々しいことを。さっき殺せって言ったじゃねぇか」

「そうだったね……まぁ、もうどうでもいいや。

 僕のためにならない人間に……生きている資格なんて無いんだよ」


 自分以外の存在は、全て部品パーツに過ぎない。

 全く歪みの無い瞳を見て、この男の独善はもはや修正不可能なのだと知る。



「兄貴ー! そのまま動くなよ!

 速攻でこいつをぶっ殺して助けにいくからよー!!」


 そう叫びながら、宋憲と戦う張飛。

 于禁も含め、ここにいる者たちは皆わかっているのだ。

 劉備と陳宮が動けない以上、先に目の前の相手を倒した側が勝利を掴むことを……



「任せたぜ……益徳……!」


 義弟の勝利を信じて、劉備は手にした鋏に全神経を集中する。

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