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三国羅将伝  作者: 藍三郎
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第十二章 最強の行方(五)

 徐州、下丕城……


「こ、高順将軍! そ、曹操軍が!」

「何……?」


 劉備を捕らえた翌日……

 

 下丕城に、曹操の徐州侵攻の報が入った。

 曹操軍は徐州に入った直後、瞬く間に彭城ほうじょうを攻め落としたという。


 張遼が沛城を陥落させて、下丕城に帰還した、僅か一日後のことであった。


(早すぎる……! 曹操め、我らが侵攻した時には既に徐州近くまで本隊を移動させていたのか……!)

 

 こちらの進撃を見越して、州境を越えた途端に別の進路から反撃に移る。

 何とも曹操らしい意表を突く大胆な作戦行動だ。

 恐らく、事前に幾つかの部隊を先行させていたに違いない。

 

 直ちに頭を回転させ、曹操軍への対応を練っている最中に……


「曹操が来たって?」


 呂布が現れた。


「は、はい……」

「そうか……楽しみだな」


 そう言う呂布は、実に愉しそうな表情をしていた。

 一方で、全身に闘気が充溢しているのを感じる。

 曹操軍への恐れなど微塵も無い。さりとて油断しているわけでも無い。

 彼は、曹操との戦を全身全霊で愉しもうとしているのだ。


 曹操軍……と聞いて、一瞬緊張してしまった己を恥じた。

 呂布軍の将たる者、強敵相手の戦であっても己の糧として取り込む気概を持たねばならない。


「さぁて、いっちょう遊びに行くか!!」

「お供いたします、将軍!!」


 高順もまた、覇気の漲った声で応える。


(将軍……貴方はその最強の武で奔放に戦場を駆け巡られよ……!

 貴方が煩わしく感じるものは、全て我らが排除してみせましょうぞ……!)






 下丕城、地下実験室……


 劉備は相変わらず寝台の上で拘束されていた。

 痛みは落ち着いているが、これはまだ麻酔が効いているからかもしれない。

 それでも陳宮の施術の腕前は確かで、瀕死の劉備の身体は徐々に回復に向かっていた。

 この腕をまともな方向に活かせば……と思うのだが、もし出来るならああまで捻じ曲がりはすまい。


 説得を試みるのも手だが、それはあまりにも危険が大きすぎる。 

 どんな言葉が彼の機嫌を損ねるか分かったものではない。

 それは即ち、死を意味する。

 今の自分はまな板の上の鯉……いや、暴れることすら出来ない点では鯉よりも無力な存在と言えるだろう。



 そして……呂奉先……


 己の身で痛みを味わい、ようやく彼は呂布の本質を掴むに至った。

 呂布にとって、世俗の地位や名誉、真っ当な倫理や道徳など何の価値も無いのだ。

 彼が求めるのはただ闘争のみ。

 “強さ”のみを唯一絶対の価値観と見なし、ひたすら“強さ”を求め続ける。

 だから、呂布はあれほどまでに強いのだろう。


 最終的には平和を求める劉備とは、決して相容れない存在だ。

 呂布も、恐らくはそれに気づいている。

 だからこそ、彼は自分にあれほどまでの嫌悪感を示したのだろう。



 最強の武を持つ呂布と、最悪の頭脳を持つ陳宮……


 どこまでも奔放に上を目指し続けるこの二人が組めば、中華は徹底的に蹂躙されるだろう。


 彼らは文と武の違いこそあれ、純粋に種としての強さを求めている。

 彼らの飽くなき探究心は、いずれこの中華を、人類をさらに発展させるかもしれない。


 だが……

 果たしてそれに、無力な民草は耐えられるのか?


(皆が皆……お前らのようになれるわけねぇだろうが……)


 劉備は、曹操のように人間の強さを信じる気にはなれなかった。

 人間はもっと弱くて、触れただけで折れてしまいそうなぐらい脆い存在だ。

 呂布や陳宮にとっては、彼らなど蟻に等しいだろう。

 いくら純粋とはいえ、民を省みず、ただ上だけを求める者が天下に君臨すれば、そこに待つのは地獄だけだ。


 ただ前だけを見て進む人間が、蟻を踏み潰すことに気づくわけが無い。


(駄目……だな……)


 あわよくば、本気で呂布と手を組もうと考えていたが……今でははっきり否定できる。

 単に呂布を説得できないから……だけではない。

 これは、劉備自身の矜持の問題だ。

 呂布と陳宮は、劉備が目指す明るい未来を壊そうとしている。

 そのような輩とは、断じて手を組むことなど出来ないし、彼が治める天下に残る資格も無い。

 戦うしかない……殺すしかない。


 囚われの身で何をいきまいているのかと自分でも思ったが、それでも譲れないものは譲れないのだ。



 そんなことを考えていると、魏続と宋憲を伴って陳宮が現れた。

 今日も彼は劉備に対し、友好的な笑みを浮かべている。

 この関係を崩してはならない。


「おはよう劉備君。一つ悪い知らせがあるんだ。

 さっき聞いたんだけど、もうじき曹操が攻めてくるんだってさ」


 安堵の表情になるのをぐっと堪える。


 自分は、まだ人質として見捨てられなかったということか。

 正直、曹操が自分を助けに来る可能性は窮めて低いと考えていた。

 どうせ勝てない戦とはいえ、城を捨ててあっさり投降してしまったのだから。


 最も、劉備を助ける為に軍を動かしたかどうかは怪しいものだが。

 いや、限り無く高い確率で、そうではないと断言できる。


「君も大変だよねぇ。だって、君は既に僕の友達になっちゃっているんだから。

 曹操が城に乗り込んできたら、裏切り者として処刑されちゃうよ」

「へへへ、そうですね……」

 

 劉備は引き攣った笑みを浮かべる。

 陳宮は曹操が劉備を助ける為ではなく、

 殺す為に軍を動かしたと思っているようだが……これは否定できない。

 曹操ならば、これを機に裏切り者として、劉備を処刑するぐらいはやりかねない。


 それにしても、陳宮はまだ自分が友達になったなどと信じているのだろうか。

 純粋というか単純というか……


「でも、安心していいよ。君には指一本触れさせない。

 曹操は絶対に僕達には勝てないからね」


 自信に満ちた表情で語る陳宮。

 およそ武には全く縁の無さそうな彼が、そこまで断言できる根拠は何だろう。


「僕は長年に渡り、曹操軍の長所も短所も調べ尽くしてきた。

 そして、この下丕城を無敵の要塞へと改造した。

 堅牢な城門、城壁に備えた多数の砲台、周辺に埋められた無数の地雷……

 城内には、数多くの罠と獣人将と魔獣馬の軍勢が待ち構えている。

 彼らが束になっても、この城を落とすことは不可能だよ」


 そう言えば、久方ぶりに訪れた下丕城は大きく様変わりしていた。

 城壁は更に高く、城門は鋼鉄で造られている。

 関羽辺りでなければ詳しくは分からないだろうが、曹操軍とはいえこの城を落とすのは至難に思えた。 


「それに僕らには、最強の呂布将軍がいる。

 曹操が城を落とすのに手間取っている間に、呂布将軍らが暴れ回り、曹操軍をズタズタに引き裂くのさ。

 いや……ひょっとしたら、下丕城に来る前に将軍が曹操軍を潰してしまうかもね」

「なるほど……そりゃ曹操軍に勝ち目はありませんや」


 半分は本音だった。

 自分自身で体験して分かったが、あの呂布の強さはまるで異次元の存在だ。

 曹操がどうやって呂布を斃すつもりなのか、劉備には想像もつかない。


「この城を落とすには、それこそ呂布将軍自身じゃないと不可能だろうね」


 その後も、陳宮はぺらぺらと城の自慢話を続ける。

 劉備は適当に相槌を打ちながら、可能な限り情報を引き出していった。



「ところで……」


 話せるだけ話したところで、陳宮は話題を変えた。


「君の愛馬は何処へいっちゃったのかな?

 是非とも解剖して、色々と調べてみたいんだけど」


 陳宮は、天然の幻獣である的廬に強い興味を抱いていた。

 彼が劉備の投降を歓迎したのも、半分はそれが理由だ。

 しかし、劉備が投降しようとした途端、的廬は劉備と張飛を振り落とし、どこかに逃げてしまった。


「あ〜……情けない主人に愛想をつかして、逃げて行ったんじゃないですかね?」


 それも……半分は本気で言ったことだった。






 轟音と共に、城門が開けられる。

 

「呂布将軍! ご出陣――――っ!!」


 赤兎馬に跨り、鬼と髑髏をあしらった赤い鎧を身に纏った呂布が姿を現す。

 その威風堂々とした姿に、呂布軍の将兵は息を飲む。


 赤兎馬は、更に禍々しい姿へと変貌を遂げていた。

 筋肉はより肥大化し、全身が赤い鱗で覆われている。

 鰐のように裂けた口には、鋭い牙がびっしりと並び、充血した眼は見ただけで人を殺すような殺気を放ち続けている。

 頭から背中にかけて生えた鬣は、まるで立ち昇る炎のようだ。


 赤兎馬もまた、陳宮の生体改造により、大きく進化していた。

 それだけでなく、呂布と共に幾多もの戦場を駆け抜けたことで、乗り手に呼応するかのような成長も遂げていたのだ。


 赤兎馬に跨る呂布を見ただけで、呂布軍の兵士達の闘志に炎が宿る。

 元より、戦を嫌う惰弱な兵卒など呂布軍には一人もいない。

 そのような者は、戦場で死ぬか陳宮の実験体にされるかの二択しかなかった。




 方天画戟を肩に担ぎ、地平線の彼方を見据える呂布。

 彼の表情は、期待感で輝いていた。

 この徐州の大地のどこかで、曹操が待っている。


 


 一年前……


 賈栩の手引きで、呂布は曹操と直接相対することに成功した。

 しかし、典韋という鎧武者が足止めをしたお陰で、曹操は取り逃がしてしまった。


 だが……典韋との死闘は、曹操と直接戦うよりも遥かに実りの多いものだった。

 生と死の境を体験したことなど、あの董卓との戦以来だ。

 そして、それ以上の収穫がある。



 典韋との戦いを通じて、呂布はようやく理解した。

 曹操とは、曹操軍という集団と合わせて一つの存在なのだと。


 あの典韋は、曹操を護る為に限界以上の力を引き出した。

 今まで戦ってきた曹操軍の強者たちも同じことだろう。


 曹孟徳こそは、曹操軍の力の根源なのだ。


 彼がいるからこそ、曹操の部将は爆発的な力を発揮できる。

 命を投げ出してでも、敵を撃ち滅ぼそうとする。

 己の全てを出し尽くす戦は、呂布に無上の快楽を与えてくれる。


 全が一である集団の武。それこそが曹操軍の本質。

 今まで戦ってきた軍とは根本的に違う。

 董卓や呂布が単独での武を究めた者ならば、曹操は集団での武を至高の域にまで高める存在なのだ。


 強さに対し並々ならぬ好感を抱く呂布は、“曹操”という集団もまた、自分と戦うに相応しい“強者”と認めていた。


(何を見せてくれる? どんな風にして俺様を愉しませてくれるんだ?)


 集団との戦は、呂布の予想のつかないことばかりだ。

 曹操と彼に侍る軍師達は、如何なる計略を仕掛けてくるのだろうか。

 想定外の窮地こそが呂布の喜び。想像するだに心が躍る。


 長安を脱出して、始めて軍を率いて戦った戦。

 集団と集団の戦は、最初の頃こそ新鮮であったが、相手があまりにも弱すぎるのでたちまち飽きてしまった。


 しかし、曹操の軍は違う。

 常に自分の思考を超える手を使って、こちらを愉しませてくれる。

 呂布に対して集団の戦の喜びを与えてくれたのは、この軍だけだった。

 

 

 呂布の時間は、董卓との戦で止まっている。

 典韋は中々いい線まで行ったが、それでも董卓との戦で感じた満足感にはまだ及ばない。


 だが……


 曹操が相手ならば……

 彼の率いる最強の軍が相手ならば……


 呂奉先を、次なる段階に引き上げることが出来るかもしれない。


 董卓との極限の死闘をも超える、未知の領域へと。


 

 呂布は、先を求めることしかできない生き物だ。

 まだ見ぬ闘争を、未知なる快楽を求めて駆け上がるだけの存在。

 地位も名誉も栄光も友愛も情義も野心も覇業も眼中に無い。

 

 ありとあらゆる虚飾を剥ぎ取った“強さ”。

 呂布が興味を抱くのはそれだけだ。



「行くぜぇ!! ヒャハハハハハハハハ――――ッ!!!」


 

 いつもの笑い声と共に、呂布は赤兎馬を奔らせる。


「ギュロロロロロォォォォォォン!!!」


 赤兎馬も、さらに毒々しくなった嘶きをあげる。


「皆の者! 将軍に続け!!」


 高順の号令と共に、大軍が後に続く。

 張遼は城の守りに残っているため、今呂布軍を率いているのは高順だ。

 だが、誰一人として呂布と赤兎馬には追いつけない。


 赤兎馬との距離は、見る見る内に離されていく。

 友軍のことなど、まるで考えていない疾走。


 だが、これでいいのだ。

 呂布が先頭に立って敵軍を蹂躙し、生き残りを後続の軍が掃討する。

 これが呂布軍騎馬隊の最強戦術。

 呂布と言う規格外の武を持つ者を有する呂布軍だからこそ取れる戦法だった。



 勿論、呂布はそんな計算など頭に無い。

 彼の頭にあるのは、ただ一刻も早く戦いたい、燃焼する闘争本能だけだった……






 下丕城を護る衛兵達に、気の緩みは一切無かった。

 勿論、呂布軍が城から出立する時も同様だ。


 だが……


 そんな彼らでも、呂布が出陣する際に、黒い影が密かに城門内に忍び込んだことには気づかぬままだった。


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