表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三国羅将伝  作者: 藍三郎
63/178

第十二章 最強の行方(三)

 徐州、下丕城……


 投降した劉備と義弟達は、下丕城へと連行される。


 三兄弟は鎖で体を縛られ、両手を後ろに回し、手枷を嵌められている。

 どちらも特殊な金属で造られた、武将の力でも破壊できない代物だ。


 最も……拘束が無かったとしても、下手に動こうとは思わないだろう。

 今眼前にいるのは、中華最強の武将、呂奉先なのだから。


(こいつが……呂布……)


 呂布は階段の上で方天画戟にもたれかかり、楽な体勢でくつろいでいる。

 彼の両隣には陳宮と高順が侍り、劉備らの傍には張遼が控えている。


 くつろぐ一方で、眼だけは油断無く劉備らを眺めている。

 その心中まで見透かすように……



 あの曹操軍を散々に苦しめた、中華最強の怪物。

 曹操の完璧なる統治を撃ち砕くには、呂布のような規格外の暴力が必要だ。

 ここは、何としてもこの場を切り抜け、呂布に取り入らなければならない。 


「呂布将軍、此度は私達の投降を受け入れていただき……」


「喋るな、ゴミ」


 劉備の口上を、呂布は一言で遮った。

 即座に口を紡ぐ劉備。

 自分を見つめる呂布の眼は、紛うこと無き敵意に満ちていた。


(おいおい何だこの嫌われようは…… 

 そりゃ、虎牢関じゃ色々あったが、別に深手を負わせたわけでもねーだろうがよ)


 呂布の激しい敵意を感じ取り、ひとまず従順に振舞うことにする。


「てめぇなんぞに用はねぇんだよ。

 俺が興味あるのは、隣にいる二人だけだ」


 そう吐き捨てると、関羽へと目をやる。

 劉備に向けた冷たい視線とは打って変わって、好奇と興味に満ちていた。


「よぉ、関羽。張遼をぶっ倒したそうだな」

「…………」

「隣のクズが横槍入れたせいでトドメ差し損なったそうだが……まぁいい。

 随分と強くなったようで、何よりだ」

 

 あの時、呂布に初めて成長というものを教えた男、関羽。

 彼の期待通り、この数年間で彼は見違えるように強くなっていた。

 呂布ほどの実力者ならば、一目見ただけで解る。


「ところで、俺に降伏するってことは……」


 呂布は上体を起こすと、左膝に左腕を置いて、どこか嬉しそうに話し出す。


「俺の下僕になるってことでいいんだよなぁ?

 そいつはつまり……俺が死ねと言えば死ぬってことだよなぁ!?」


「てめ……!」

「………………」 


 思わず噛み付こうとした張飛を、関羽は目配せで制する。


「はははは! 冗談だ……!

 てめぇみたいな面白い奴、自害なんかさせるわけねぇだろ。 

 まぁ、俺が戦えと言えば戦ってもらうがな!!」


 呂布の発言に、関羽は落ち着いた口調でこう答える。


「長兄が降伏した以上、貴殿の命に従うことに異存はない。

 だが……これだけは約束してもらいたい。

 我が兄、劉玄徳の命だけは奪わぬことを……!」

 

 それは、関羽にとって決して譲れぬ条件だった。

 その瞳には、決して折れぬ意志の強さが宿っている。


 呂布は、楽しそうだった顔をたちまち曇らせる。

 不機嫌そうに顔を歪めると、吐き捨てるように言い放つ。


「また劉備か…… 何でだ? 

 何でてめぇみたいな強い男が! こんなクズを気にかける!?」


 呂布の劉備を見る眼は、激しい憎悪で燃えていた。

 弱者は強者に屈服するのが当然……それを絶対の真理と考える呂布にとって

 劉備などという弱者に関羽が従っているのはまるで理解できないことであった。


 彼が僅かに体を動かした時……呂布は一瞬で階段を降り、劉備の前へと立つ。


「!!」


 劉備に掌をかざす呂布。

 彼がその気になれば、劉備の頭など卵の殻を割るより容易く砕けるだろう。


「もういい。ここでこいつを殺して、てめぇのくだらねぇしがらみを無くしてやるよ」


「………………」


 憎悪に満ちた抹殺宣言に、劉備は息を飲む。

 呂布は劉備へと手を伸ばす。



「止めろ呂布! 長兄が死ねば、私も自ら命を絶つ!」

「俺もだ!!」


 即座に立ち上がり、そう叫ぶ関羽と張飛。

 呂布は舌打ちする。

 せっかく戦い甲斐のある獲物が手元に転がり込んできたというのに、自害されては勿体無い。


「チッ……」


 次の瞬間……呂布の右腕が、見えないほどの速度で動いた。


「ごっ!?」


 劉備の顔面がへこみ、口から血を吐く。

 頬には、生々しい痣が残っていた。


「呂布! 貴様!!」


 長兄への狼藉に激怒する関羽。そんな彼を、呂布はせせら笑う。

 

「心配すんな、殺しはしねーよ……

 だが、俺様に屈服するのがどういうことなのか……体に教えてやるぜ!!」

 

 呂布は左腕で劉備の首根っこを掴み、持ち上げる。

 万力で絞められたような圧力が劉備の首を襲う。

 そして、見えない拳が再び劉備の頬を撃つ。


「ごはっ!!」


 頭蓋骨に皹が入るほどの衝撃が、中身の脳内を揺らす。

 今度は正面からの拳を喰らい、鼻の骨を砕かれる。

 僅か三発で、顔面を真っ赤に染める劉備。

 

「がぁぁぁうっ!?」


 劉備の腹部が派手に陥没する。

 相変わらず拳は見えないが、今度は腹部に正拳突きを叩き込んだらしい。

 続けて、両肩、胸板と体のあらゆる部位を殴られてしまう。


 激痛の嵐が絶え間なく五体を襲い、飛び散る鮮血は体を染め、床を濡らして行く。



「兄貴――!!」

「呂布ぅぅぅぅぅ!!」


 いいように嬲られる長兄を見て、張飛と関羽は絶叫する。

 呂布への憎悪と憤怒はこの瞬間最高に達した。


 そんな彼らを押し留めたのは、階上にいる研究者だ。


「ああ、下手に声をかけないほうがいいよ」


 劉備をいたぶる呂布にも視線を送りながら、陳宮は得意げに解説する。


「今の呂布将軍は、可能な限り力を抑えて劉備を殴っている。

 掌の上の蟻を潰さずに摘むような、最低の力でね。

 将軍は、本当に精密な力加減で劉備を殺さないようにしている。

 もし、君達が彼の集中を乱してしまったら……

 力を入れすぎて、本当に劉備を殺してしまうかもよ?」


「ぐ…………」


 陳宮にそう言われ、二人は断腸の思いで口を紡ぐ。

 実際、呂布にしてみれば劉備などは羽虫も同然。

 小さな虫を殺すのは簡単でも、殺さないように痛めつけるのは至難の業だ。

 呂布は、そんな難しい力の調節も事も無げにやってのけた。


「ごはっ! がぁっ! ぶふっ!?」


 殴られ続けた劉備の顔面はすっかり変形し、顔色も赤黒くなっている。

 


 気に入らねぇ――



 気に入らねぇ――――!



 何故、何故こんな男が戦場にいる?

 


 最初に会った時からおぼろげに感じていた。

 この男には、戦う気概というものが全く無いと……


 戦場にいる者は、すべからく戦う意志を抱いている。

 それは、血を流して戦わぬ軍師や、脆弱な一般兵であろうと同じこと。

 相手を殺してでも、何かを勝ち取ってやろうという闘志。

 そんな意志は、大小問わず呂布は好ましく思える。


 だが、この男は……

 戦場に身を置きながら、全く闘志が感じられない。

 相手に勝とうとする意志など無く、ただ生き延びることしか考えていない。

 それだけならば、取るに足らぬ臆病者でしかない。


 呂布の癇に障るのは、この男が戦そのものを忌み嫌っているような眼をしていることだった。


 この男には、憎しみや怒りなど、戦いに付随する様々な要素が見受けられない。

 彼の呂布を見る眼は、その奥底に、どこか憐れみや悲しみを湛えている。

 呂布にはそれが、途方も無い侮辱に感じられた。

 


 常に戦のことのみを考え、闘争のことしか頭に無い呂布は、

 劉備が絶対に己とは相容れぬ存在であることを直感していた。


 この男の目指す先にあるもの、それは――



「ふん……!」


 ボロ雑巾のようになった劉備から手を離す。

 全身を殴られた劉備は、見るも無残な有様で床へ仰向けに転がった。

 一息つく暇もない。


「ごああぁぁぁ!! がっ! はぁっ!?」


 劉備の胸板を踏みつけ、緩やかに体重をかけていく。

 心臓を直接圧迫される苦痛は、想像を絶するものであるはずだ。

 それでも、呂布にとっては卵を踏み潰さぬほどに抑えた力ではあったが。

 

 その光景を、関羽と張飛は唇から血が流れるほど歯を食い縛って見つめている。

 護るべき主が嬲られているのに、動くに動けないこの葛藤。

 彼らもまた、精神的には劉備と同じ痛みを味わっていた。


 ここまでやれば溜飲も下がったのか、呂布は劉備を蹴っ飛ばして脚を離す。

 血塗れの劉備は、床を滑り、程無くして止まる。


 微かに息をしているが、死ぬ一歩手前の状態だ。

 それでいて、意識は残っており、ひたすら苦痛は続く。

 気絶することすらも許されない、まさしく生き地獄である。


 これは偶々そうなったのではなく……

 呂布は最初から、生かしたまま苦しめるように力を調節していたのだ。


 


「お見事ですね、呂布将軍」

「ふん……」


 階上へと戻った呂布は、まだ不機嫌そうな顔で方天画戟にもたれかかる。

 一方陳宮は、呂布の絶妙な力加減に本気で感動していた。


「ところで、あの劉備ですが、僕にくれませんか?

 あの男は、色々と利用価値があると思うんですよ」

「好きにしろ」


 この男の言う利用価値が、どう考えても劉備のためになることとは思えない。

 どうせ、あの地下で人体実験の素材にするつもりだろう。

 処分に困ったゴミの行き先としては、適切な場所だ。


 憎い相手を散々痛めつけて、少しは溜飲が下がった。



 しかし……劉備に対するしこりは、依然呂布の中で留まっていた。





「兄者!!」

「兄貴、しっかりしろ!!」


 義弟おとうと達の声が聞こえる……

 意識ははっきりとしており、体の内外を襲う激痛は、依然劉備を苛んでいる。


 そんな中で、劉備は……


(へ、へへ……やった……ぜ……)


 笑っていた。

 表情を表せない程に顔面が変形していたが、それでも心中では笑みを浮かべてみせる。



(俺……まだ、生きてる……)



 劉備の内にあるもの。

 それは呂布への怒りや憎しみでも、恐怖でもなく、己の運命への悲観でもない。


 ただ、生き延びたことに対する無常の感謝、それだけだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ