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三国羅将伝  作者: 藍三郎
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第十二章 最強の行方(二)

 豫州へ侵攻を開始した呂布軍は、州境の沛城はいじょうに駐屯する劉備の軍と激突する。

 劉備は、曹操から一万の精兵を与えられていたが、緒戦から苦しい戦いを強いられることとなる。


 その要因が、呂布軍の有する魔獣馬と、それを駆る獣人将の存在である。


「ちっ! 呂布の軍が化け物の集まりになったって噂は、どうやらマジのようだな!!」


 表情一つ変えずに襲ってくる獣人将と矛を交える張飛。

 強靱な肉体に俊敏な騎馬を駆る彼らの攻撃には、張飛も梃子摺っている。

 勝てないほどの相手ではないが、急所以外を斬られても殆ど効き目が無かったり、

 落馬しても平然と襲い掛かってきたりと、一人を斃すのに時間がかかってしまう。

 その間に、友軍の被害は広がって行く。



(やはり、呂布軍はバカ強ぇ……伝令が出て行ったから、

 もうじき曹操の援軍が来ると思うが……)


 ここで劉備は、自分が州境という最前線に配置された意味を考える。

 曹操は自分を試しているのだ。

 命令に忠実に働き、役割を全う出来るかどうかを……


「とにかく城の護りを固めろ! 援軍が来るまで何とか……」


 そう言った直後、前線の部隊が瞬時に吹き飛ぶ。

 呂布が来た……と一瞬怖気が走ったが、その将軍の持つ得物は大輪刀だった。


「あいつぁ……」


 かつて徐州で袁術と戦った時、途中で現れた呂布軍の将だ。

 あの時は見逃してもらえたが、今は容赦なくこちらに攻撃を加えている。


「兄者、私が往こう」

「おう、頼んだぜ、雲長!」


 関羽も、あの将が只者ではないことは理解していた。

 今あの男を止められるのは自分だけだ。

 青龍偃月刀を握り絞め、関羽は最前線へと馬を走らせる。




(来たか……関羽!)


 真っ直ぐにこちらに向かって来る関羽を見て、張遼は来るべき時が来たのだと悟った。


 次に関羽にまみえたら、その時は本気で殺しあえ……


 そんな呂布の命令を、張遼は片時も忘れたことはない。

 

 張遼も、関羽と再び見え、刃を交える時を熱望していた。

 だからこそ、今回の戦でも劉備軍と真っ先にぶつかる先鋒を志願したのだ。

 呂布もその辺りのことは承知しているのか、あっさりと認めてくれた。


 だが……その一方で、不穏な陰も差している。

 張遼は自身の内に芽生えた迷いを、正確に理解していた。

 自分はこのまま、呂布軍に身を置いていていいのか……

 真の最強を目指すならば、全てを捨てて非情に徹すべきなのか……


 大輪刀を一閃し、己の中の迷いを振り払う。


 元より自分に退路など無い。

 この関羽に勝つ以外に、進める道など無いのだ。

 全ての感情を打ち消し、己を一個の戦闘機械へと変える。

 長年積み重ねてきた武の全てを、解放する時は今なのだ。



「関羽!!」


 大輪刀を振り上げ、高らかに名乗りを上げる。


「我が名は、張遼! 字は文遠! いざ、参る!!」


「来い……張遼!!」


 関羽もまた、今が己の分岐点であると確信していた。

 劉備を守って戦うことと、純粋な武人として生きることは、噛み合わぬのか否か。

 この闘いの先に、答えはある。


 全く同じ速度で馬を走らせる関羽と張遼。

 そして、全く同じ時に天へと飛翔する。

 空中で交錯する二頭の騎馬。

 互いの闘志を乗せて、青龍偃月刀と大輪刀がぶつかり合う。


 

 長い柄をした超重武器、体格もほぼ同じ、並外れた膂力の持ち主と、

 この二人は合わせ鏡のように似た性質を有していた。


 互いの武器が噛み合った瞬間、電流のような衝撃が全身に走る。

 並みの将ならば、これだけで馬から落ち、全身麻痺で意識を失っているところだ。

 

(こやつ……やはり……!)


 手強い――――


 そう認識するのも全くの同時だった。

 両の腕に痺れが残っているが、それを押し殺して次の攻撃を繰り出す。


 お互いに一部の隙も無い以上、下手な小細工は通じない。

 ただ全力で、己の武をぶつけ合うだけだ。

 最大の威力を放つため、二人とも両手で武器を振るっている。

 それでいて、乗騎から転げ落ちることも無く、安定した姿勢を保っている。

 手綱を握らずとも両脚だけで、軍馬を完全に制御しているのだ。


「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 大輪刀の振り下ろしを青龍偃月刀が押し留め、関羽の膂力がさらにそれを跳ね返す。

 そのまま突きを繰り出せば、大輪刀の環の中に絡め取られ、大きく右へと引っ張られる。

 落馬する前に、青龍偃月刀を抜くと、その隙を突いて大輪刀が脇腹を襲ってくる。

 関羽は青龍刀を立てて、柄の部分でそれを受け止める。


 超重武器を扱っているとは思えない、高速の連撃。

 

 鋼と鋼の激突は、火花を散らし、空気を裂き、大地を揺らす。


 両者一歩も引かぬ攻防は、周囲に闘気の風を巻き起こし、武人と武人の闘場を形成していた。




 ひたすらに目の前の敵に集中する関羽、張遼だったが、劉備はそういうわけにはいかない。

 最強戦力の片割れである関羽が武将一人に釘付けにされている状況は、非常にまずい事態である。

 個々の戦闘力に秀でた呂布軍は、将の指揮がなくとも十全に機能する。

 このままでは、援軍が到着する前に城を落とされるだろう。


(考えろ、考えろ玄徳……どうすればいい? どうすれば俺は生き残れる?)


 自分にとって一番大切なものは何なのか。

 守るべきもの何なのか。


 それを念頭に置いて考えた時……実に容易く答えは出てしまった。





 まさに風神と雷神の戦いであった。


 旋風の如く速く、迅雷の如く激しく。

 武器で薙ぎ払えば竜巻が生じ、振り下ろせば稲妻が落ちる。

 舞い上がる砂塵はあたかも戦場を包む暗雲のようだ。


 どちらが風神で雷神という話ではない。

 その二つは目まぐるしく入れ替わっている。

 一方が重い一撃を繰り出せば、もう一方は俊敏な動きで反撃に転じる。

 速さと重さ、緩と急を織り交ぜ、死力を尽くして殺し合う。


 両者とも、不可思議な感覚に捕らわれていた。

 初めて戦う相手のはずなのに、以前からお互いを知っていたように、一挙一動一足に既視感を覚えるのだ。

 武器を振るった瞬間、既に次の行動が予測できてしまう。

 あたかも自分自身を相手にしているかのように……


 思考は研ぎ澄まされ、体感時間が長くなる。

 実際はまだ二分も経っていないが、彼らは数時間戦い続けているかのように感じていた。

 戦いの全てに不断の集中力を注ぎ込む。

 流れ矢など、予期せぬ事態への配慮も忘れない。

 隙ができたならば、逆にその隙を利用して相手を誘い込んでやろうという心構えだった。



 互いの武器が激突し、眩い火花が視界を覆う。

 一部の隙も無い関羽の猛攻に、張文遠は更に闘志を燃え上がらせる。


 負けない――


 負けるわけには行かない――


 関羽と自分の技量は全くの互角だ。

 だからこそ、ここで躓いているわけにはいかない。

 この男を乗り越えねば、呂布とは戦えない。



(そうだ……!

 呂布あのおとこのような、何者も寄せ付けず、何者にも縛られぬ、真の最強!

 如何なる誤魔化しもまやかしも混じらぬ、純粋にして孤高なる強さ!

 それこそが武の頂……! 私の目指すものだ……!)



 武神のごとく――――



 鬼神のごとく――――



 呂布のごとく――――!




「関羽ぅぅぅぅぅぅッ!!」


 激昂の形相で咆哮する張遼。

 渾身の力を乗せて、大輪刀を振り下ろす。



「張遼!!」


 関羽は、青龍偃月刀を薙ぎ払い、大輪刀の側面を叩く。


「我が武、剋目せよ!!」

 

 そのまま突きを繰り出す関羽。

 青龍偃月刀の刃は、大輪刀の刃と真っ向からぶつかる。

 関羽の膂力が、瞬間的に倍増する。

 大輪刀は張遼の方向に向けて押し込まれ、柄の尻が張遼の腹部を直撃する。


「ごはっ!?」


 内臓と骨に、凄まじい衝撃が走る。

 己の力と関羽の力。その双方をまともに喰らったに等しい打撃を受け、張遼は目を剥いて吐血する。

 

「えいりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 体制を崩したところで、関羽の青龍刀が降りかかる。

 張遼も、激痛を堪えて咄嗟に大輪刀を振るうが、もはや優劣は明らか。

 大輪刀は弾き飛ばされ、張遼はその勢いで落馬してしまう。


「ぐはぁぁぁっ!!?」




 張遼の身体が地面を転がる。手から離れた大輪刀は、地面へと突き刺さった。

 その身に残った闘争本能で起き上がろうとするが、目の前に関羽の青龍刀が突きつけられる。

 関羽は馬上から、冷徹な眼でこちらを見つめている。



 敗北――



 死の恐怖以上に、その二文字が張遼の脳内に焼き付けられていた。

 

 一度それを理解してしまえば、そこには失望も絶望も無い。

 ただ、あるがままを受け入れている自分がいた。

 己の道の終わりを……武人としての死を。


 それを解った上で、あえて問う。


「何故だ……何故、私は負けたのだ?」


 実力は全くの互角だった。

 自惚れではなく、互いの力量に差はないと確信できる。

 にも関わらず、何故自分は敗北したのか……


 関羽は張遼から視線を逸らさずに、短く応えた。


「あの時、一瞬お前の呼吸が乱れた。

 まるで、お前とは別の人間と戦っているようだった……」


「そうか……」


 それだけで、張遼にはよく理解できた。


 決着の直前……自分は知らず知らずに呂布の戦い方を模倣していたのだ。

 呂布を意識するあまり、呂布と自分を重ね合わせてしまった。

 その結果、一瞬呼吸に狂いが生じ、そこを関羽に突かれたというわけだ。


 何処まで行っても呂布は呂布、自分は自分でしかない。

 勝利に固執するあまり、そんな当たり前の事を見落としてしまった。

 全ての迷いを振り払ったつもりでいたが、強さに執着し続けた結果、別の落とし穴に足を踏み入れてしまったのだ。


 いや……全ては言い訳でしかない。

 結局は、自分が未熟だったのだ。

 弱肉強食が戦場の掟。

 自分は関羽より弱い……だからこそ負けた。

 ただ、それだけのことなのだ。



「殺せ……」


 夢を絶たれた武人に、未来を生きる理由はない。

 張遼は短くそう呟く。


 関羽はゆっくりと頷くと、青龍偃月刀を振り上げる。

 張遼には、いつか助けてもらった恩義があるが、彼もまた武人……

 敗者に死を与えるのが戦場の理であり、また張遼の誇りを守ることだと理解していた。


 せめて一撃で命を絶とうと、青龍偃月刀を振り下ろそうとした時……



「待った待った待った待ったぁ――――っ!!!」



 聞き慣れた叫びが耳へと響く。


「兄者!」


 見れば、的廬の背中に張飛を乗せて、劉備がこちらに駆けて来る。


「雲長、そいつを殺すな!!」


 兄の命令を聞き、振り下ろしかけた青龍偃月刀を留める関羽。


「張遼さんって言ったな!

 命を助けてやるから、一つあんたらの総大将に取り次いでくれねぇか?」

「何……?」


 捕虜にするのかと思ったが、ここで劉備は背中から旗を取り出した。

 『劉』も『曹』も書かれていない、全くの白紙の旗である。


(伯珪兄さんに送られたこれが、こんなところで役に立つとはね……)


 劉備は白旗を振りながら、張遼に大声で叫ぶ。



「劉玄徳とその一行! あんたら呂布軍に投降するぜ!!」






 沛城へ向けて進軍中の曹操軍本隊は、劉備の救援に送った夏侯惇の部隊から報告を受ける。


 夏侯惇が到着した時には、既に沛城は陥落していた。

 その上、城を預かっていた劉備は、呂布へ投降してしまったというのだ。


「ふ……」

 

 伝令の報告を受け取った曹操は、目を細め、微かな笑みを浮かべる。

 その表情には、酷薄な陰が差していた。



「これは……劉備には死んでもらわねばならぬかもしれぬのう……」



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