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三国羅将伝  作者: 藍三郎
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第一章 董卓の暴政(三)

 曹孟徳の読み通り……あれから、董卓は瞬く間に

 朝廷の権力を掌握し、時の最高権力者へと登り詰めた。


 董卓の暴虐と粛清は苛烈を極めた。

 自分に異を唱えた者達を一族郎党尽く処刑し、歴代皇帝の陵墓を暴き、埋葬品である財宝を我が物とした。

 董卓が無能と見なした重臣たちは全て罷免され、代わりに董卓の一族や、彼の連れてきた涼州の将兵が官職を独占するようになる。

 もちろん、それに反発した者達の末路は、推して知るべしである……



「臆病で無能な愚図が国家の頂点に立つなど、正気の沙汰ではない。

 少帝弁を廃し、この陳留王を新たな天子とする」



 劉協の聡明さを見抜いていた董卓は、

 無能な兄より彼を天子の座に据える事を、高らかに宣言した。

 この横暴こそ『正気の沙汰ではない』のだが、董卓の恐怖が行き渡った重臣達は、正面から異を唱える者などいなかった。


 董卓は、自分が天子と同等の存在と言わんばかりに、天子の隣に自分専用の玉座を造って常に腰掛けてきた。

 周囲には、山羊を模した仮面を被った董卓の私兵が守備を固めている。

 


 『恐騎兵きょうきへい』……

 

 文字通り、恐怖によって董卓への絶対服従を植えつけられた親衛隊である。

 彼らはほぼ全ての感情を抹消されており、董卓を守り、

 彼の命であらゆる殺戮をこなす戦慄の使徒だった。

 その戦闘力は、腑抜けきった都の武将よりもずっと格上だった。

 涼州において、董卓は華々しい戦歴を築いており、

 彼の軍団は、まさに羅刹の軍勢ともいうべき威容を誇っていた。



 ある日……


「奸賊董卓!!覚悟―――――!!」


 国を憂う一人の勇猛なる武将が、槍を持って玉座に乱入した。

 重臣たちは呆気に取られるが、皆一様に思っていたはずだ……

 董卓を斃してくれ、と。



 矛斧を備えた恐騎兵が行く手を阻むが、

 董卓は玉座を立ち上がり、騎兵を掻き分けて前に出る。


「我に立ち向かいし勇猛なる者よ。

 うぬの闘志に応え、我自ら相手をしてやろう……」


 全く予想だにしていなかった、千載一遇の好機。

 ここで董卓を殺せば、国も天子も救われる。

 武将は全身全霊の力を込めて、遥か上から見下ろす董卓に槍を突き上げた。


 だが、儚い希望は、やはり儚く散り行く事となる。


 

 武将の槍は、董卓の喉下に届くことなく……その前で押し留められていた。


「脆弱な……」


 武将は驚愕に顔を凍りつかせる。

 その槍は、何と董卓の人差し指一本で受け止められていたのだ。

 何とか貫こうとするが、まるで鋼鉄の壁を突いているようにびくともしない。

 そのまま董卓は左手を払い、武将を吹っ飛ばす。

 恐騎兵が殺到し、武将を完全に取り押さえた。


「ぐ……さっさと殺せぇ!!」

「無論だ……だが、そう焦るでない……

 まずはうぬの一族郎党からだ」

「!!!」

 戦慄する武将の下に、董卓は歩み寄る。

 そして、真紅の眼で武将を見つめ……無慈悲に言い放つ。



「うぬはその目で見るのだ。

 一族、友人、恋人……うぬの大切な者全てが

 目を抉られ鼻を削がれ皮を剥がれ肌を焼かれ嬲られ

 切り刻まれて苦しみの極限を味わいながら死に逝く様をな。

 うぬはその耳で聞くのだ。

 うぬの愚かな行いで地獄の苦しみを味わったそやつらの怨嗟の声をな。

 そして死の寸前まで後悔させてやろう……

 ちっぽけな正義感でこの董卓に刃を向けた愚かしさをな!」



 武将の体ががたがたと震え出す。

 今頃になって、猛烈な後悔が湧き上がってきたのだ。

 親しい者達の顔が次々と浮かび、彼らの死を想像する。

 彼の国への忠義は……その瞬間に折れた。


「た、助けてくれ!!た、頼……!!」

「連れていけい!!」


 弱者の遠吠えには耳を貸さぬとばかりに、恐騎兵に命じる董卓。

 武将は暴れる手足を恐騎兵に拘束され、連れて行かれた。



 絶望に沈む者、同情を寄せる者……

 重臣たちが様々な反応を見せる中で、

 微笑を浮かべてこの一幕を見ていた者がいた。

 あたかも、舞台劇でも観賞するかのように……


(“正義”を重んじ、自己犠牲すらも厭わぬ者が最も恐れる事……

 それは、自分に親しい者に累が及ぶ事だ。

 あの御方は、そんな“正義の味方”の弱みを知り尽くしている……

 知った上で、最も苦しむ罰を与える……

 まさに正義の敵……恐るべきお人だ、董卓様は……)


 くくくく……と声無き笑みを漏らす男。

 浅黒い肌に、もじゃもじゃの黒髪。

 猜疑心の強そうな三白眼のつり目に、口を円弧に歪めている。


 彼は涼州の出身で、名は賈栩かく、字は文和ぶんわという。

 類稀なる智謀で知られ、董卓軍の軍師を務めている。

 彼もまた、董卓の洛陽入城に際し、高位の官職を手に入れた。

 目の前の惨状を酒の肴ごとく観賞し、手にした硝子の器で、葡萄酒を飲み干す。


 そして彼は見た。

 連れ去られていく武将を見る董卓が、嗤っていることを……


(やはり、“それ”が貴方の本質ですか……董卓様……)



 そしてもう一人……


(凄いなぁ……見たところ、あの武将も決して弱くは無い。

 戦闘力は、一兵卒300人分、並みの武将3人分に匹敵する。

 それなのに、董卓様は指一本で槍を防ぎ、何とも軽々とあしらわれた。

 武将による渾身の槍の一撃は、太い鉄柱さえも貫き通すというのにね。

 あの強さは、突然変異としか説明できないよ……)


 その人物は、明るい緑色の髪を三つ編みにして、眼鏡をかけ、白衣を纏っていた。

 名は陳宮。字は公台という。漢王朝の技術開発局に勤めている科学者である。

 基本戦闘に携わらぬとはいえ“武将”であり、不老年齢は16歳ほどだった。


 多くの重臣たちが董卓の悪逆に怖れをなすか、思考を放棄する中で、陳宮だけは董卓の悪行には見向きもせず、ただ彼の驚異的な強さにのみ興味を示していた。


(武将が人間を超えて進化した存在ならば、あの御方は武将を超えた全く別個の生物なのかもしれない。

 ああ、調べたい!あの方の身体を思う存分解剖して、さらなる進化の秘密を解き明かしたい!

 でも、漢王朝にあの方を止められるのがどれだけいるんだろう……

 “あれ”もまだまだ実験段階だし……

 やはり現時点では難しいかな。でも、いつかは……)


 不遜な事を考えながら、陳宮は最高の実験対象を見つけた喜びから、子供のように瞳を輝かせる。




「これ以上、董卓の好きなようにやらせるわけにはいかぬ!」

「だが、誰が奴を斃せるというのだ!?」

「下手な刺客を差し向けても、あの者の二の舞になるのは確実……」


 重臣たちは、日々専横を強める董卓に何らかの手を打ちたいと思ってはいた。

 しかし、董卓の恐怖を骨の髄まで刷り込まれた彼らは、堂々巡りの議論を繰り返すだけで、有効な案は一向に出てこなった。


 そんな中、一人の重臣が、妙に自信たっぷりに提言する。


「目には目を……歯には歯を……そして、悪には悪を」


 そう言ったのは、丁原という武官で、字は建陽という。


「どういう意味じゃ?」

董卓やつに勝るとも劣らぬ悪名と武勇を持つ男を知っている。

 そやつに董卓抹殺を命じよう」

「だ、誰なのだそいつは?」


 丁原は自信たっぷりに、それと、幾許かの畏怖を込めてその名を言った。



「姓は呂、名は布、字は奉先……」




 翌日……


「我に謁見させたい武将とは誰だ?丁原……」

「は、この者でございます」


 董卓に謁見した丁原は、自分の部下に、是非董卓親衛隊に推薦したい者がいると偽って、呂布を董卓に面通りする事に成功する。


(へぇ……まだ董卓様に挑もうって命知らずがいたんだ……

 でも、今は少しでも董卓様の戦闘情報が欲しい……

 この前みたいに、瞬殺だけは勘弁して欲しいけどね)


 丁原の意図を見抜いていた陳宮は、そんな事を考えていた。


 やがて、群臣を掻き分けて一人の男が現れる。


 呂布の事を事前に聞いていた重臣たちは、どんな怪物、豪傑、巨漢が現れるかと期待半分、戦慄半分だったが……


 現れたのは、意外にも普通の青年だった。

 色素の薄い黒髪をざんばらにして、肌にぴったり張り付いた赤褐色の衣を身に纏っていた。

 背丈は小柄な方で、体格も引き締まってはいるが、少々痩せ気味である。

 見たところ、何の変哲も無い十代後半の若者にしか見えない。


 ただし、居並ぶ重臣たちの度肝を抜いたのは、彼の担いでいる武器だった。

 それは身の丈の倍近くもある真っ赤な槍で、槍の穂先に『月牙』と呼ばれる三日月形の刃が付属している。

 『方天画戟ほうてんがげき』と呼ばれる、呂布専用の武器である。


「董卓様……怖れながら、御前でこの者の腕を御覧に入れたいと存じますが……」


「ヒャハ……てめぇが董卓か?」


 台本どおりに喋る丁原の台詞を、男は不遜な一言で遮った。

 董卓の殺気が高まるのが分かる。


「如何にも……うぬか?我を殺しに来たのは……」


 丁原の顔から冷や汗が流れる。

 董卓は、最初から全てを見抜いていたのだ。



「わかってんなら話は早ぇ……俺様は呂布……てめぇを殺す男だ!!」


 方天画戟を董卓に突きつける呂布。


「や、やってしまえ呂布!!国を蝕む悪鬼を討伐するのだ!!」

「ハッ!!国だの何だの、俺にはどうでもいい事だ……

 俺は戦いたいから戦う!!殺したいから殺す!

 それだけだァ―――――――ッ!!!」


 呂布の顔が、狂気の容貌に変わる。

 方天画戟を手に、恐るべき瞬発力で董卓の下へと突っ込んでいく。

 董卓は微動だにせず、頬杖をついたまま泰然自若を保っている。



 董卓の傍に侍る恐騎兵達が、一瞬で董卓の前に集う。

 人間の壁を構築して、主に仇なす者の行く手を阻む。

 恐怖により調教された恐騎兵達にとって、それは殆ど反射に近い、かつ完璧なまでに統率された動きだった。

 しかし……


「ヒャハハハハハハハハハハハハ―――――――ッ!!!」


 呂布が方天画戟を一振りした瞬間……

 恐騎兵は尽く血塊と化して宙を舞った。

 鮮血の雨が、呂布の全身に降り注ぐ。

 呂布の頭髪も服装も、瞬く間に真っ赤に染まる。 

 

 痛快なまでの呂布の力に、居並ぶ重臣たちは驚愕する。

 陳宮もまた、眼前の現象に驚きを隠せない。


(恐騎兵の戦闘能力は、並みの武将4人分に相当するはず……

 それをたった一瞬で、纏わりつく木の葉を払うかのように……

 何なんだ、あの男は!?)


「ヒャハ……ハハハハハハ……!」


 全身鮮血でずぶ濡れになった呂布は、顔についた血を美味そうに嘗める。

 丁原の言ったとおり、悪には悪を……

 無数の血みどろの屍の中で嗤う呂布の姿は、悪鬼羅刹の類にしか見えなかった。

 呂布に怖れを抱く一方で、これならば董卓をも……という期待も密かに湧き上がる。



「ふむ……」


 一方、命を狙われている側の董卓は、ただ一言そう漏らして、傍らの劉協を見やる。

 董卓の視線を浴びた劉協は、一瞬竦み上がる。


「こやつならば、うぬを人質にしたとて止まりはせぬか……」


 劉協は意外に思った……

 董卓が、よりにもよって天子たる自分を人質にしようとしたからではない。

 あの董卓ならば、天子を盾にするぐらい平然とやるだろう。

 それなのに、その行動を取らなかった……という点が意外だったのだ。


 董卓は、自分を殺したくなかった?何故?



「ヒャハハハハハハ!!次はてめぇだぁぁぁぁ!!デカブツゥゥゥゥ!!!」


 方天画戟を両手で持ち、突きの構えを取って突撃する呂布。

 その様は、飛翔する赤き稲妻の如し。

 狙いはただ一つ、董卓の心臓のみ。

 


「ふん!!!」


 再び、信じがたい現象が繰り広げられた。

 董卓は、高速で迫り来る呂布の戟を、素手で掴んだのだ。


「!!!」


 ただ握ったのではなく、

 手が斬れぬように、刃の腹の部分を器用に掴んでいる。

 董卓の手に血管が浮き上がり、力が増幅していく。


「ぬぅぅぅぅん!!!」


 そのまま力任せ、戟ごと呂布を放り投げる。

 宙を舞う呂布は、宮殿内への壁へと叩きつけられた。



「な…………」


 丁原は顔面蒼白になる。

 満を辞して投入し、先ほども驚異的な実力を見せ付けた呂布が、董卓にあっさり敗れてしまったのだ。

 希望が高まっていた矢先に、絶望の底に叩き落されたのは、丁原だけではない。

 少なからず希望を抱いていた、他の重臣も同じ事だ。


 絶望に沈む宮中……しかし、その雰囲気は長くは続かなかった。



「ヒャハハハハハハハハハ!!アハハハハハハハハハハハハ!!」



 哄笑が殿中に響き渡る。

 呂布が叩きつけられ、蜘蛛の巣状の亀裂が走った壁から、その笑い声は聞こえてくる。


 呂布は健在だった。

 激突の瞬間……方天画戟を壁に突き刺した事で、衝撃を緩和していたのだ。

 壁に突き刺さった方天画戟の上から、呂布は嗤いながら言い放つ。


「いいねぇ!!そうこなくちゃあ面白くねぇ!!」


 続けて壁を蹴り、射られた矢のごとく飛翔する呂布。

 そのまま方天画戟と共に、元いた場所へと着地する。

 董卓と呂布、両者は再び、同じ地であいまみえた。



 董卓は、ゆっくりと座から立ち上がる。

 これから本気で相手をすると言う意思表示だろう。


「ヒャハッ!!!」


 それを戦闘再開の合図と見て取ったのか、

 高速で戟を繰り出す呂布。

 突きの雨が董卓に降り注ぐが、彼は両手を使っていなしていく。

 方天画戟の刃以外の面を見切り、そこに拳を当てて弾く。

 言うは簡単だが、類稀な動体視力と反射神経、

 何より途方も無く長い実戦経験無くして出来る事ではない。



(ほほう……董卓様が防御に回る姿など……始めて見た)


 その光景を見て、賈栩は興味深そうに顎をさする。

 涼州時代の董卓は無敵だった。

 その拳は、兜もろとも敵将の脳天を割り、鎧もろとも肉体を叩き潰した。

 刀剣や弓矢ですら董卓の鍛え抜かれた肉体を貫く事はできず、逆に刃の方が折れる始末……

 その超人的な強さは、涼州の餓狼たちにとって、恐怖と戦慄、同時に尊崇と憧憬の的になっていった。


 その董卓が、完全に防御に徹している。

 一生拝めないと思っていた光景が、今眼前で繰り広げられているのだ。



(ははっ!素晴らしい!素晴らしいよ貴方たちは!!)


 一方、陳宮は二人の攻防にただただ感動している。


(董卓様のあの巨体も異常だけど……

 呂布……君のその細いからだのどこにそんな力が宿っているんだい!?)


 体格では呂布より董卓の方が遥かに上……にも関わらず、呂布は全く互角の勝負を演じている。

 生物学者である陳宮は見抜いていた……

 呂布のあの細身には、董卓に匹敵するほどの筋力と持久力が備わっている事を。

 それは、あの巨大な方天画戟を軽々と扱っている事からも明らかだ。


 破壊力を重視して大きな武器を使うのでは無い。

 呂布の戦闘力に見合う武器が、あの大きさしかなかったのだ。

 それは董卓にも言える事で、如何なる武具や防具よりも、己の五体の方が遥かに勝っている。故に董卓は徒手空拳なのだ。


(董卓様……呂布……僕は神に感謝したいよ。

 貴方達のような稀代の怪物たちと同じ時代に生まれたことをね!!)


 陳宮の二人を見る眼は、科学者としての情熱に燃えていた。



「むぅん!!!」


 董卓は気合一閃、両の腕を大きく振り払う。

 方天画戟を弾かれ、呂布は後方に飛ばされるが、今度は難なく受身を取る。


「ヒャッハッハッ!!」


 再び戟を構え、突撃しようとするが……


「見事だ……」


 董卓は、一時休戦を告げるかのように、掌を翳して、厳かに口を開く。


「だが、何とも滑稽であることよ」

「あぁん!?」

「人が豚に飼われておるのが、滑稽以外の何だと言うのだ?

 絶人の領域にまで達したうぬの武力……

 そのような愚物の下で使わせるなど、まさしく豚に真珠よ」


 呂布は無言で董卓を見上げている。



「我の下に来い、呂布よ……」



 董卓の一言に、場は慄然となる。


「何言ってんだ、てめぇ……」

「うぬが望むもの。それは名誉でも大義でもない……

 ただ戦があればそれでよい。破壊と殺戮、闘争と戦乱……

 それ以外は何も求めぬ。何も要らぬ。それがうぬという存在だ」

「…………」



 董卓の言葉は当たっていた。

 呂布が求めているのは、名声でも金銭でも、ましてや正義であるわけがない。

 戦い……血を滾らせ、魂を震わせる極限の殺し合い。

 この中華という砂漠で、渇きを癒す為に、ひたすら闘争という名の水を求めて彷徨う餓狼……

 それこそが呂奉先という生き物の本質だった。



「我がこの座に留まる限り……乱世は一層深まるであろう。

 だが、我が死ねば、この国の乱は鎮まるであろう……

 戦を怖れる愚鈍な臆病者どもの手によって、争いの無い腐った国が作られるのだ。うぬはそれで満足か?」

「てめぇにつけば、もっともっと戦いを楽しめるってか?」

「そうだ……これから我の命を狙い、在野に散らばる者達が、戦を仕掛けてこよう。

 うぬには、その戦の最前線に立たせてやろう。

 思う存分、その渇きが潤う時まで、戦い続けるがよい」



「ヒャ……ハハハハハハハハハ!!!」


 董卓の申し出を聞き終えた呂布は、僅かな沈黙の後、声を上げて笑い出す。


「ハッ!!この呂布を口車で丸め込もうってか……」


 方天画戟を構える呂布。

 手首を捻らせ、方天画戟を一振りする。次の瞬間……



「ぶぎっ……!!」


 後ろにいた、丁原の頭部が血の柘榴と化した。

 あっさりと主を抹殺した呂布は方天画戟を地につけ、高らかに宣言する。



「乗ったぜ!董卓!!」


 

 呂布の寝返りを決定付ける行動と一言に、重臣たちは騒然となる。

 呂布は殺意にぎらついた瞳のままで、こう続ける。


「お前に挑んでくる奴ぁ、俺が全員ぶっ殺してやる。

 で、そいつら全員殺したら・・・」


 方天画戟を、董卓に突きつける呂布。


「最後は董卓、てめぇだ!!」


「よかろう……」


 挑戦的な呂布に対し、董卓も笑みで応える。

 ここに、二体の悪鬼による同盟が成立した。

 最終的に命を奪いあう事を前提とした、かりそめの盟であるが……

 場の重臣達を、完膚なきまでに絶望させる事となった。



(ク……ククククク!丁原よ……

 お前は毒を持って毒を制しようとしたようだが……)


 賈栩は込み上げる笑いを必死で堪えていた。


(お前は一つ失念していたな……悪は悪を知ることを……

 究極の悪である董卓様は、呂布の本質を的確に見抜いた。

 だからこそ、奴の最も望む餌……

 闘争をちらつかせ、寝返らせる事に成功したのだ)


 ほとんど怪物扱いされている董卓だが、彼は同時に恐ろしく知恵も回る男だ。

 決して武力一辺倒の男ではない……

 邪魔者を封殺し、暴虐を効率よく行う為の智謀も備えているのだ。



(あ〜あ、あの二人のどっちが強いか、最後まで見たかったな……

 でも、両者共倒れの危険もあったし……それに……)


 陳宮は、口許に黒い笑みが浮かぶのを堪え切れなかった。


(あの二人を利用すれば、叶うかもしれない……

 僕の悲願である、究極の生命の創造を……!)



 その後……呂布は董卓の養子となる。

 まさに鬼に金棒……朝廷内で、武力で董卓を掣肘しようとする者は、完全に消え失せてしまった。

 呂布という最強の矛を得て、董卓の暴虐は、これ以降ますます苛烈さを増していく事になる。



 渾元暦189年。


 少帝弁は廃され、陳留王劉協が、献帝として即位する。

 彼が漢王朝最後の皇帝となる。


 同年、董卓は相国の地位にまで登り詰める。

 これは現代における総理大臣に相当する官職である。

 もはや董卓の権勢は、向かうところ敵無しであった。



 渾元暦190年。


 先代皇帝・少帝劉弁が、謎の病死を遂げる。

 宮中では、専ら董卓の手の者による毒殺と囁かれているが、

 表立って追求しようとする者は誰もいなかった……


 

 こうして、漢王朝は、董卓という規格外の怪物の手によって、

 破滅への速度を速めていく事になる……




<第一章 董卓の暴政  完>


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