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三国羅将伝  作者: 藍三郎
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第十章 悪来無双(五)

「ヒャハハハハハハ! ヒャハハハハハハハ――――ッ!!」


 閃光の如く速く、鉄塊の如く重く、豪雨の如く激しい連撃が、典韋の体に降り注ぐ。

 一撃一撃が、典韋のからだに深い傷を刻んでいく。


 抗うことすら許されない。もはや戦いですらない一方的な虐待。

 堅牢な鎧はひび割れ、体の機能も上手く働かない。

 それでも、まだ典韋がその機能を停止しないのは、徹底的に防御に徹しているからだ。

 少しでも反撃に転じれば、即座にその身を串刺しにされるだろう。

 ひたすら亀のように丸まり、守りを固めて呂布の攻撃を凌ぐ。


 生身の人間ならば、とうに死んでいる。だが、自分にならそれが出来る。


 自分の目的は、あくまで曹操を安全圏まで逃がすこと。

 ならば、今自分が出来るのは、一秒でも多く、呂布をこの場に留めておくことだけだ。

 例えこの体が砕け散ろうとも、主が無事でいればそれで構わない。

 

 真の暴力を解放したこの怪物の前に、生き残ると言う選択肢はありえない。

 ここで体を張って呂布を釘付けにすることだけが、典韋の取れる唯一の道だった。




 だが……


 現実は非情だった。


「ハッ…… やめだ!」


 あれだけ狂乱していた呂布が、その猛攻をぴたりと止める。

 方天画戟を担いで、つまらなさそうに言い放つ。


「抵抗しねぇ相手とやり合っても意味がねぇ。てめぇとの喧嘩は仕舞いだ」


 そう言って、典韋に背を向ける。


 これからこの男がどうするのか……

 考えるまでも無い。本来の標的である、曹操を追いかけるのだ。


 最悪の展開だ……

 こちらは命尽きるまで粘るつもりでいたが、そこまで呂布の根気が持たなかった。

 彼が好むものは闘争であり、動かない岩石を破壊することには興味ないのだ。


 これは不味い……このまま呂布を行かせたら、曹操は殺される。

 だが、止めようとしても、自分の体はもう自力で起き上がれないぐらい壊されている。

 起き上がれたとしても、不意打ちを仕掛ければ、呂布は瞬時に反応し、今度こそトドメを刺されるだろう。


 先が見えているだけに、動くこともままならぬ状況……


 動きたいのに動けない。戦いたいのに戦えない。


 全ては、自分が弱いからだ。だから、何よりも大切な主を護れない。


 もっと力が……力が欲しい!


 どんな敵だろうと撃ち滅ぼす、完全無欠の兵器となりたい。


 あの怪物を斃せる力が手に入るなら、何を捨てても構わない。


 何よりも大切なもの……


 あの方との思い出を犠牲にしてでも……!



 今にして思う……これが“願う”ということなのだと。


 曹操に仕えている者達の力の源……典韋がどうしても理解できなかったものの正体は、これだったのだ。


 “願い”によって生まれる力。“命”の力。


 それは、どんな動力源にも勝る最高の永久機関だ。


 どんな人間にも備わっているそれを、あの御方は最大限に引き出す。


 故に、あの御方は太陽なのだ。


 皆が憧れ、願い、望みを託す。


 そして、それを叶えてくれる。



 その限りなき命の輝きを、彼は生まれて初めて……“美しい”と感じた。



 典韋がその境地に至った瞬間……




 彼が築き上げてきた十数年の記憶メモリーは、この時を持って断絶した。

 






「ん?」


 後ろを振り返る呂布。


 銅色の甲冑が、幽鬼の如き佇まいで起き上がっている。

 鎧はひび割れ、今にも大破寸前といった様子だ。

 だが、その両手には斧が握られ、確たる戦意は感じられる。


「ヒャハハハハ……そうだよな! そうこなくっちゃ面白くねぇ!!」


 両の腕を除く全ての武器も火器も剥ぎ取った。

 もう、あの鎧はただの案山子、木偶の坊でしかない。

 それでも、抵抗するならば呂布は容赦しない。

 僅かでも戦意を見せれば、それは即ち闘争であるからだ。


「ヒャハハハハハハ――――ッ!!!」


 確実にその命を断つために、脳天から真っ二つにしてやろうと、頭上から方天画戟を振り下ろす。


 典韋は依然ぴくりとも動かない。

 起き上がっただけで、全ての力を使い果たしてしまったのか……


 だが、断頭台の刃が頭上で輝いたその時……






「!!?」


 典韋を覆う甲冑の隙間から、真っ赤な光が放射される。

 その眩い光は、周囲を夕焼けよりも赤い色で染め上げた。

 この程度で目を瞑る呂布ではないが、その光景には動揺する。

 だが、それも一瞬のこと。即座に方天画戟を再度振り下ろす。


 その直後……


 甲冑の各部が浮き上がり、轟音と共に爆散した。


 鋼の破片が周囲へと飛び散る。

 その勢いは弾速を越え、激突した方天画戟を弾き飛ばし、呂布自身の腹にも大きな破片がめり込む。


「ごっ!?」


 腹部に強い衝撃が走る。

 せり上がってきた血反吐を、吐かずに呑み込む。

 後ろへ押されながらも、呂布は正面の光景を睨みつける。


 最後の手段として、鎧を自ら砕いて飛礫とするとは……

 確かに、呂布は今日初めて攻撃らしい攻撃を受けた気がする。

 だが、それだけだ。到底呂布の命には届かない。


 しかし……

 今の呂布は、腹部の痛みなど意に介さず、眼前の光景に目を奪われていた。






 重厚な甲冑を弾き飛ばした後には……もう一体の鎧武者が立っていた。


 典韋と同じ銅色の甲冑だが……遥かに細身で、鎧もより軽いものだ。

 兜の正面には、人の顔を象った仮面がつけられ、兜の後ろからは、赤く輝く髪の毛のようなものが流れている。

 その瞳は、無機質な赤い光で染められていた。


「………………」


 呂布はすぐさま理解する。これは、あの鎧の中身なのだと。

 巨体の鎧武者の下には、さらに別の、等身大の鎧武者が入っていたのだ。

 鎧武者は、全く無言で、呂布を見たまま立ち尽くしている。


「ヒャ……ヒャハハハハハハハハ!! 面白ぇ!! 面白ぇなぁおい!!」


 既知の外にある現象に、呂布の心は歓喜で潤う。

 不思議なことに、あの鎧からは殺気の欠片も感じられない。


 まるで、一切の意志を失ったかのように……


 だが、“凄味”は伝わってくる。

 鎧を着脱して小さくなったが、むしろ強さは凝縮されたように感じられる。

 あの状態から、如何なる攻撃を繰り出すのか。

 呂布の興味は今にもはちきれんばかりに膨れ上がっていた。



「………………」


 典韋の両手には、いつしか二本の戦斧が握られていた。

 巨体だった時にはちょうどいい大きさだったこの斧も、今の痩せた体躯では少々不釣合いに思える。

 だが、典韋は軽々とこの戦斧を振り回すと、二つの柄の部分をつなぎ合わせた。

 そして、二刃一対となった斧を右手に握り、呂布目掛けて駆け出す。


「ヒャハッ!!」


 自身への敵対行動に、呂布の心は昂揚する。

 それに応えようと、方天画戟を全力で振るう。

 今までは、堅牢な甲冑に護られていたからこそ持ち応えることが出来た。

 だが、今の典韋がこの一撃を喰らえば、即死は免れない。


 しかし……方天画戟の刃が近づいた瞬間、典韋の姿が掻き消えた。


「!?」


 その直後には、彼は既に背後に気配を察していた。

 だが、それでは遅い。


 一瞬では以後に回った典韋は、双頭の刃を持つ斧で、呂布の背中を切り裂く。

 呂布は素早く前に出たため、その傷はごく浅いものに留まったが……

 重大なのは、傷を与えたと言う事実そのものだった。

 あの、完全無欠の怪物に対して。


「てめぇ…………」


 修羅の形相で、典韋を睨みつける呂布。

 そのまま間をおかず、方天画戟を振り下ろす。

 だが、先ほどと結果は同じ。典韋の姿は消失し、戟は虚空を両断する。


 二度目ということもあり、呂布はさらに迅速に反応することが出来た。

 背後に回った典韋に、方天画戟を突き出す。

 典韋は背中にある小型の推進器ブースターを噴かし、空中移動で回避する。

 そして、開いた方の左手をかざすと……


 そこから、真紅の閃光が放たれ、呂布の左肩を射抜いた。


「!?」


 焦げた肉の臭いが、呂布の鼻孔を突き刺す。

 典韋は空中を移動しながら、何度も手から閃光を発射する。

 呂布は小刻みに飛び跳ねて、その攻撃を回避する。


(こいつは……)


 呂布は、この不可思議な攻撃に経験があった。

 そう……これは、あの董卓が使った“気弾”と同じものだ。

 ただし“面”ではなく“線”。

 砲門を絞ることで、破壊力を収束させ、速度を光の域にまで高めている。

 見れば、典韋の瞳や鎧の隙間から漏れる赤い光は、董卓の“タオ”の輝きに酷似している。




 仙道兵器せんどうへいき悪来あくらい


 遥か古の時代……


 とある仙人によって開発されたそれは、“タオ”を動力源として動く人型兵器だった。

 “道”を凝縮させた符を内部に設置することで、命無き甲冑に“力”が与えられ、主の命令に絶対服従する無双の戦士へと転生する。

 堅牢な甲冑に身を包み、戦場を蹂躙した悪来だが……実は、彼らには更なる切り札が搭載されていた。


 身を覆う外装を全て着脱し、本来動力源である“道”の力を、攻撃面にも活用する“武神形態ぶしんけいたい”。

 それと比して、甲冑を纏った状態を“魔人形態まじんけいたい”と呼ぶが、戦闘力はまさに人から神へと進化したように急激に上昇する。


 ただし、目標への攻撃を専念する為、余分な思考回路は全て取り除かれる。

 今まで積み重ねてきた記憶も全て……



 今の典韋は、標的を殲滅するだけの純粋なる兵器と化していた。



 お椀型の推進器から、赤い光を噴射して、典韋は空中を移動する。

 その速さたるや、呂布に匹敵、あるいは上回っている。

 神速の方天画戟ですら、その陰すら捕らえられない。

 空中を俊敏に移動しながら、赤い光を撃ち、斧で斬りかかる。

 真の力を解放した呂布さえも、完全に翻弄していた。


「ヒャッハッハッハッハ!! 何なんだお前はぁ!!

 まぁ何でもいい!! 俺は今、最高に楽しんでんだからよぉ!!」


 予想を遥かに越えた典韋の強さに、呂布の精神も昂揚する。


「………………」


 典韋は、両手で双刃斧を握り締める。

 赤い光が斧へと浸透し、斧全体が真っ赤に輝く。

 そして、それを呂布目掛けて振り下ろした。


「ヒャハァ――――ッ!!!」


 呂布もまた、方天画戟で迎え撃つ。

 両者の武器が咬み合い、衝撃の嵐が周囲へと拡散する。


 その力は……互角。


 拮抗した力により、両者の体は弾き飛ばされる。

 その後も、何度も打ち合うがやはり優越は生じない。


「ヒャハハハハハハハ!! 力でも俺様と互角かよ!! たまんねぇなぁぁぁぁ!!!」


 ただの木偶の坊と思っていた相手が、自分に匹敵する強者へと進化した。

 奴の正体が何であろうと構わない。

 今自分は最高に愉しんでいる。極限の死闘を。命の奪い合いを。

 呂奉先の魂は、ただそれだけで満たされる。



 だが……


 典韋の体にも、異変が生じていた。


 赤い光に包まれた甲冑が……徐々に溶け始めていたのだ。





 本来、稼動に使う“道”を完全燃焼させ、戦闘に回す“武神形態”。

 これには、記憶を失う以外にさらに深刻な代償が存在していた。

 あまりに急激な“道”の活性化は、典韋のからだそのものを焼き尽くしてしまうのだ。

 さらに、典韋に本来備わっている“道”も恐ろしい勢いで消費していく。

 甲冑を脱いで軽装になるのは、単に身軽になるためではない。

 “道”を攻撃に使い、なおかつその体を十全に動かすには、元の巨体では不可能なのだ。

 今の大きさになって初めて、限界を越えた戦闘活動を行うことが可能となる。


 それでも尚、長時間戦うことは出来ない。

 一度燃焼すれば、“道”の消耗を止めることはできない。

 全ての“道”を燃やしつくし、最後には完全に機能を停止する。

 兵器としての“死”を前提とした、一度限りのまさに最後の切り札なのだ。


 本来……この機能は、指示を下す人間の意志によってのみ実行される。

 “武神形態”を起動させる装置スイッチそのものが“人の意志”なのだ。


 だが……典韋は先ほど初めて、人間としての自我に目覚めた。

 そして強く願った……目の前の敵を確実に殲滅する力を。

 

 内から芽生えた強い“人の意志”に、典韋自身が応え、その結果として、“武神形態”は発現する。

 今生まれたばかりの人間の感情を犠牲にして……





「………………」


 典韋の掌から、数条もの赤い閃光が撃ち出される。

 光の速さで発する刃を、呂布は既に見切りつつあった。

 本来眼では追いきれないはずの光を、最小限の動作で回避してしまう。

 体に染み付いた野性の勘で、撃たれる前に動いているのだ。

 目標を失った光の刃は、後方の木を切り倒す。


 そうしている間にも、典韋の体の崩壊は進んでいく。


 時間が無い……

 

 典韋の思考回路は、実に冷静に自身の“終わり”を認識していた。


 今の典韋は限り無く“兵器”と化していた。

 だから、終焉に近づいた自分が取るべき手段も、実にあっさりと導き出すことが出来た。



 双刃の斧にありったけの気を注ぎ込み、呂布へと立ち向かう典韋。

 

「ヒャハハハハハハハ――――ッ!!!」


 呂布もまた、方天画戟を振るってそれを迎え撃つ。


 轟音と共に、二つの武器が激突する。


 競り負けたのは……斧の方だった。

  

 度重なる衝突に加えて、気を注ぎ込んで強化した為に、斧の耐久度はとうに限界を越えていたのだ。

 砕け散る戦斧。


 だが……それで十分……

 斧を犠牲とすることで、“この間合い”まで近づくことが出来た。


「………………」


 典韋は背中の推進器を最大限吹かして、呂布に体当たりする。

 そして、両の腕を背中に回し、最後の力を振り絞って呂布を締め上げた。


「! 何のつもり……だぁっ!!」


 呂布にとっては、これは愚策以外の何物でもなかった。

 呂布の強靱な腹筋と骨格は、その程度では揺るぎもしない。

 そして、己の至近距離で動きを止めれば、格好の的になるしかない。


 側面から迫り来る方天画戟の穂先が……


 

 典韋の体を脇腹から反対側へと貫通する。



 体内を貫く刃によって、内部機関が根こそぎ破壊されていく。

 人にあらざる典韋であっても、これは完全に致命傷だ。

 しかし……



 これでいい。

 どれだけの傷を負おうとも、呂布にしがみつけた時点で、典韋の狙いは達成されたのだ。




「なん……だ!?」


 体を突き刺された典韋だったが、全身から生じる赤い光は消えるどころか、さらに輝きを増している。

 まるで烈火のごとく燃え盛り、典韋の鎧を崩壊させながら、ますます激しくなっていく。

 それと同時に、呂布は炎を抱いているような熱量を肌に感じた。

 真紅の光に包まれた典韋は、そして呂布を焼き尽くす、巨大な炎の大輪と化す。


「てめぇぇぇぇぇぇ!!!」


 最後の手段……


 体内に残る“タオ”を一瞬の内に燃焼させ、物理的な熱量を生み出し、呂布もろとも完全に焼き尽くす。

 自身の崩壊を前提とした、まさに自爆技である。


 残り少ない自分の時間を用いて呂布を斃す手段……合理的な思考の下に導き出された答えがこれだった。


 ただの炎ではない。“タオ”の力をたっぷりと込めた煉獄の炎だ。

 如何なる怪物であろうと、この爆炎の檻からは逃れられない。




 荒れ狂う真紅の炎が、典韋を、呂布を包み込む。

 

「アアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」


 炎の奥で、呂布の絶叫が木霊する。

 一方、典韋の体は既に融解しており、後には生首だけが残っていた。


 残った首も、燃え盛る炎の中で恐ろしい速さで溶けていく。


 最後に残った人の顔の面……


 その眼窩から、赤い雫が零れ落ちた。



 それは、呂布の返り血だったのか、それとも…………



 最期の瞬間、僅かに残っていた記憶の残滓が、典韋の思考に浮かび上がる。





 ――――ありがとう、我が主よ。





 その意味を理解する前に……



 典韋は、この世界から完全に焼失した。 


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