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三国羅将伝  作者: 藍三郎
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第十章 悪来無双(四)

 徐州から遠州へ侵攻した呂布軍を、曹操軍は十数万の大軍で迎え撃つ。


 臨時の総司令官となった郭嘉は、城の上に立ち、前線の戦況を聞く。

 さすがは呂布軍、総大将の性格を現すように、迅速にして苛烈なる稲妻の如き進軍だ。


 加えて近年、“魔獣馬まじゅうば”という乗騎を駆る騎馬隊がその勇名を轟かせていた。

 魔獣馬とは、あの赤兎馬と同じ、牙や爪など肉食獣の特徴を併せ持つ軍馬のことだ。

 在野の品種を遥かに上回る機動力、凶暴性を備えたこの騎馬は、呂布軍の脅威をさらに上乗せすることとなった。


 魔獣馬の正体は、呂布軍の天才科学者、陳宮が生体改造を行った軍馬で、言うなれば赤兎馬の量産型に当たった。

 しかし、完全な複製というわけではない。

 赤兎馬に施した改造を普通の馬に行えば、ほぼ確実に耐え切れずに死んでしまうので、投薬や細胞移植は控え目にしてある。

 その結果、戦闘能力は遥かに落ちることとなったが、その分呂布以外の将兵にも乗ることができた。

 量産するには理想的な仕上がりとなり、近年大量に生産され、魔獣馬を用いた騎馬隊は敵対勢力を脅かしている。



 呂布軍は日を追うごとに強くなっている。

 兵力だけなら取るに足らず、領土では劉備や袁術と依然交戦が続いているが、決して侮れる勢力ではない。

 呂布軍と戦うには、死力を尽くした戦いを強いられるだろう。

 しかも今は、軍の要である総大将、曹操は不在なのだ。



 郭嘉は責任の重さを感じながら……一方で、とある違和感も覚えていた。


「どぉ〜〜〜〜〜もおかしいんですよねぇ……」


 前線からの報告では、呂布軍は総大将呂布が自ら指揮を執り、真っ直ぐ本陣に向かっていると言う。

 元より、少数の兵力をぶつけて勝てる相手ではない。無駄な犠牲が増えるだけだ。

 あえて道を開けてやり、大兵力の待つ本陣に誘い込んだ上で一気に叩く。

 それ以外に呂布を斃す術はないと郭嘉は理解していた。


 今ここには、夏侯淵、曹仁、曹洪、于禁ら名だたる将が揃っている。

 宛へ向かった夏侯惇と許楮も、張繍の反乱があるにせよ無いにせよ、迅速に曹操を連れて戻ってくるはずだ。

 この戦においても、郭嘉の読みに不備はない。

 しかし……この言い知れぬ不安は何なのだろうか。



「郭嘉殿! 呂布です! 呂布軍が現れました!!」

「!!」


 郭嘉は思考を一時中断し、地平線の彼方に目を凝らす。

 

 砂塵を巻き上げて駆けて来るのは、『呂』の旗を掲げた軍勢。

 その先頭を走るのは、全身を真っ赤に染めた魔獣馬。

 それに跨るは、方天画戟を携え、真紅の甲冑に身を包んだ武将。


 その、赤い将を視界に捕らえた瞬間――――




 郭嘉は、戦慄の奈落へと叩き落された。







 荊州、宛……

 

 宛城を脱出した曹操一行だが、その途中で、彼の進路を計算していたように幾多もの罠が襲い掛かる。


 暗闇に潜む狙撃兵、空中からいきなり落ちてくる鉄製の網、かつて李典が造ったものと同じ地雷……


 何回も危難に見舞われながらも、典韋の武勇と曹操の的確な判断は、罠を物ともせず突破していった。

 曹操の鷹の眼が隠れた兵の位置を突き止め、典韋の斧が網を切り裂き、

 地雷は土のふくらみを瞬時に見極めた李典が、踏みつける前に破壊する。


 典韋は、いつも通りに冷徹に任務をこなしながらも……

 己の内で、“何か”が盛り上がってくるのを感じていた。

 

 最も尊敬する主と、最も信頼できる友……

 彼らと一緒に戦うことが、典韋の内に未知なる昂揚感を生み、更なる戦闘力を引き出すのだ。

 もう少しだ……もう少しで掴めるかもしれない。たどり着けるかもしれない。

 

 兵器という枠を越えた、新たなる領域へ。



 そんな思いが内から沸き上がった時……


 典韋は、視界にあるものを捉える。




 正面の道を塞いで……一人の男が立っていた。




「止まれ!!」


 曹操の鶴の一声で、典韋を始め曹操の護衛達は一斉に足を止める。

 これまで、何百もの敵を相手にしても決して止まらなかった曹操の驀進が、遂に止まった。

 それも、ただ一人の人間を相手に……



 だが……目の前の人物は、“ただの人間”ではなかった。




 腕組みをした男は曹操だけに視線を注ぎながら、唐突に話を始める。



「何度もてめぇの軍とはやりあったがよ……

 どうにも俺ぁてめぇって男がわからねぇ……」



 地面に突き刺した長い槍に背を持たせかけ、男は韜晦するように呟く。



「てめぇが強いことは知ってる。面白い奴だってことも解ってる。

 だがよ、てめぇが一体何なのか……まだはっきりわかっちゃいねぇんだ」



 男は右手で自らの武器を手に取ると、地面から引っこ抜く。

 槍の穂先に三日月形の刃のついた、真っ赤に染まった戟だ。



「だから、直接に会いに来てやったぜ……曹操よぉ!!」




「ば、馬鹿な……!」


 李典の顔が、戦慄に凍る。

 居るはずの無い男が、今目の前に居る。

 何かの錯覚か、見間違いではないのか。

 そんな儚い希望を打ち砕いたのは、彼の主だった。


「ふむ、久しぶりだのう。呂布よ」


 呂奉先は、方天画戟を構えて、獰猛な笑みでそれに応えた。







 遠州……


「ちょ、張遼…………」


 城の上から、呂布軍の先陣を切る赤い鎧の武将を見て、郭嘉は戦慄と共に呟く。


 そう、あの男は呂布ではない、張遼だ。

 赤兎馬に跨り、鎧や武器こそ呂布のそれであるが、あの大柄な体格は呂布ではありえない。

 思えば……直接呂布と相対した兵は極希少で、加えて呂布には虚実取り混ぜた噂が飛び交っている。

 天を突くような大男であったり、見るだけで気死するような鬼面の魔人であったりと様々だ。

 赤い馬と方天画戟を見れば、それだけで呂布と見間違えても何ら不思議ではない。

 まして、張遼の武は呂布に及ばずともそれに次ぐ領域にある。

 それに赤兎馬が加われば、呂布に匹敵する戦闘力を出せるはずだ。


 心臓の拍動が激しさを増す。不安の原因はこれだったのだ。


 思えば……呂布本人が率いているにしては、今回の進軍には無駄が無かった。

 呂布はもっと、理では計りきれない、捕らえどころの無い動きをする輩だ。

 こんなに無駄の無い行軍をする男ではない。この動きに当てはまるのは……張遼だ。

 

 しかし、郭嘉と言えどもそれだけで張遼が呂布に化けているなどと判断することは出来なかった。

 呂布には高順という優れた補佐が居る。

 この進軍も、実質的には彼が指揮を執っていると考えたのだ。 


 郭嘉の狼狽は、相手が張遼だったことから来るものではない。

 相手が張遼であれ呂布であれ、強敵であることには変わりない。

 当初の方針通り、全力で迎え撃つ他無い。

 問題なのは、その裏に隠された意図だ。


 ここにいるのが張遼ならば、呂布は今何処にいる?

 何のために、張遼を呂布に化けさせてこちらの注意を引くような真似をさせた?


 彼の明晰な頭脳は、この不可解な戦術の真の目的を、立ちどころに察した。


 今この場にいない呂布の目的、それは…………


「殿…………!!」


 悔恨の念と共に、郭嘉は荊州の方角を仰ぎ見た。





 一方、張遼は、呂布に成り代わって軍を率いることに全く躊躇が無いわけではなかった。

 武人として、他者の姿を偽るような真似は、自分の、そしてその将の誇りも汚すものだ。

 だが、袁術との同盟を破綻させた責もあってか、張遼は陳宮と賈栩の申し出を断れなかった。


 呂布の鎧を着、方天画戟を手にしたところで、別に呂布になったような気分にはなれない。

 彼は、本物の呂布の強さをよく知っているからだ。

 張遼自身は、冷静に己を保ったままで、任務を遂行していた。

 しかし、ただ一つ収穫はあった。

 それは、この赤兎馬に乗れたことだ。


「グロロロロォォォォォォォォォン!!!」


 この赤兎馬は、偽物ではなく正真正銘本物である。

 呂布以外誰も乗ることを許さなかったこの乗騎に、今張遼は跨っている。


 なるほど……“武将殺し”の仇名は伊達ではない。

 何者にも心から屈服しない純粋にして凶悪無比な“暴”の塊。

 まるで呂布がそのまま馬になったようだ。


 乗っているだけで巨大な力の奔流に襲われ、少しでも気を抜けば振り落とされてしまいそうだ。

 全身から発せられる溶岩のように暑い殺気が、乗り手の体に叩きつけられる。

 あの張遼をして、赤兎馬の暴力を抑えるのに全力を注がなければならない。

 

 呂布は、こんな怪物を自在に操っていたのか……張遼の中で、改めてあの怪物への畏怖の念が沸き起こる。

 彼はかつて、この赤兎馬を暴力で屈服させ、自身の乗騎にしたという。

 その間には信頼も友情も無い。

 赤兎馬が屈服するのは、自分を上回る力だけ。張遼にも、それが求められている。


 この赤兎馬は、試金石だ。

 この怪物を乗りこなせないようでは、呂布と戦う資格はない。

 

 己を練磨できる千載一遇の好機が得られるのならば、軍師達の小細工も甘んじて受けるべきだろう。

 

 張遼は方天画戟を手に、更なる武の頂へと登る意欲に燃えていた。






 荊州……


「な、何だてめぇらはぁぁぁぁ!!」

 

 万の大軍を率いて、曹操の救援に向かった夏侯惇だが……彼らを迎え撃ったのは、張繍の兵ではなかった。

 士気の高い、精錬された兵士、異形の姿をした軍馬……

 彼らは明らかに弱小の張繍軍ではありえない。


「惇将軍! あいつは……!」


 彼らの指揮官が、夏侯惇と許楮の前に立ちはだかる。


「ここから先へは行かせんよ、夏侯惇!」

「てめぇ、高順!!」


 両手に黒翼を携えたあの武将は、呂布軍の智将、高順だ。


「何でてめぇがここにいやがる!!」

「我が主君の望みに従ったまでのことよ」

「何ぃ……」


 高順の答えを聞いて、夏侯惇の体から血の気が引く。

 あの呂布が、この荊州で今狙いを定める人物と言えば……


「ちっ、孟徳――――――!!!」







(さて……今頃は曹操軍の奴らも、我が策に気づいた頃か……

 だが、もう遅い……)


 賈栩の策略の要にして切り札……それが呂布軍だった。

 以前、呂布軍に接触した時から、賈栩はこの計画の草案を練り始めていた。

 張繍に仕えながら、密かに呂布軍と接触し、いずれ訪れる曹操抹殺の好機を狙う。

 曹操を疎ましく思っていた陳宮は、この計画に快く応じ、曹操と戦いたいと欲する呂布も、最終的には計画に加担してくれた。


 まず、降伏を偽って曹操を宛城に招きいれ、包囲網を構築する。

 その時、徐州の呂布軍を動かし、曹操軍の大半を裂かざるを得ない状況に追いやる。

 そして……秘密裏に徐州から荊州に移動させていた呂布を、曹操にぶつける……

 

 前人未到の領域に至った武の怪物を、あの曹操は如何にして退けるのか?

 

 才覚か? 天運か? 部下の奮闘か?


 それとも成す術なく屠り去られるだけなのか。


 賈栩の興味はその一点にあった。

 これが、曹操に課す最終試練だ。

 果たして、彼はあの純粋暴力を退けるほどの器なのか……


 この結果が、賈栩の進退を……そして、中華の歴史をも変えるだろう。


「ククク……ククククク……!」


 抑えていても、自然と不敵な笑みが零れてしまう。

 

 今のこの状況は、必然だ。

 曹操の魅力は、人を動かす。それは敵についても同じことが言える。

 曹操と言う男の大きな器が、賈栩を、そして呂布を動かした結果、自身の窮地を招いたのだ。


(曹孟徳。己の器が招いたこの災厄……

 内から食い破られるか、それとも我らも纏めて呑み込むか……!

 とくと見せてもらおうではないか!)


 董卓は、その強さゆえに呂布に目を付けられ、命を落とした。

 曹操も、同じ道を辿るのか否か?

 ここで死ぬようならば、彼は董卓と同程度の存在でしかない。

 それでは意味が無い……


 彼の時間は、董卓の死と共に止まっている。

 彼は先を見たいのだ。


 絶対的な存在が、圧倒的な我欲が、世界そのものを動かす様を……


 唯一それを成せる可能性があったのは董卓だ。だが、彼は道の半ばで死んだ。


 故にこそ彼は求める。董卓に替わる逸材を。董卓を越える怪物を。


 曹操がそれに足る器か見極めるのに、この儀式は必要不可欠のものだった。


 自分もまた、董卓と言う巨悪に運命を狂わされた人間かもしれない。

 だが、それはそれで面白いではないか。

 元より歪んだ本性を抱いて生まれた存在。

 ならば、どこまでも狂いに狂ってやるまでだ。


 底無しの欲望うつわが、黒い濁水で満たされるまで――――





「ヒャハ…………」


 軽く笑うと、呂布は方天画戟を手に、体を屈める仕草で近づいてくる。

 あれだけ勇猛に戦っていた曹操軍の将兵は、今では完全に萎縮してしまっている。

 李典ですら、総身に震えが走るのを止められない。

 呂布が一歩足を進める度に、巨大な殺意の波が近づいてくる。


「呂奉先」


 そんな呂布の歩行を、曹操の一声が止めた。


「そなたが余に何を期待しておるのかは知らぬが……

 余はただの弱者に過ぎぬ。そなたを満足させる戦など出来ぬぞ」

「ハッ! そいつぁ俺が決めることだ。これで死ぬなら、てめぇもそれまでの男だってことだろ」

「うむ。そなたの全ては闘争の中にある。故に言葉は不要か」


 曹操はこの短いやり取りで、呂布の全てを見抜いていた。

 この男の内にあるのは闘争だけ。それ以外の何物も必要とはしていない。

 故に誰の指図も受けず、己の思うがままに行動する。


 彼の求める答えは、全て闘争の中にある。

 強ければ生き、弱ければ死ぬ。その結果以外に一切の興味は無いのだ。


 せめて曹操が弱者だったならば、この男は見抜きもしなかっただろう。

 だが、曹操の覇業は、数多の屍を乗り越え、勝利を重ねた先にある。

 既にあまりにも多くの血が流されている。

 弱者としての王道など、今更歩むことはできないのだ。


 この戦いは避けられない。呂布とは戦うしかない。


 曹操は、この瞬間に全てを決断していた。



 倚天の剣を抜き放ち、呂布に向ける。

 その態度に、呂布は満足そうな笑みを浮かべる。

 曹操は、現状の兵力で可能な戦術を全て脳内で導き出す。

 その結果……戦況は限りなく絶望的だということがわかった。


 もし戦闘に突入すれば、典韋と自分以外の全ての人間は、方天画戟の一薙ぎで血塊と化すだろう。


 今までの戦から、呂布の力を冷静に推し量った結果だ。

 確実な死を認識しながらも……

 曹操の中には、恐怖も己の運命への呪いも存在しなかった。

 曹操は、平然とした顔でそれも受け入れる。

 彼にとっては、死の直前であっても、人生と言う道を歩む途上でしかない。

 だから、どれだけ追い詰められようと、決して己の生き方を変えはしない。


 決意も無く、諦念も無く、覚悟も無く。


 全く変わらぬありのままの曹操で、呂布と向かい合う。





 その時……


「! 悪来!」


 典韋が曹操を摘み上げ、李典の下へと放り投げた。


「あ、悪来、何を……」


 李典と曹操は、典韋の顔を見る。

 今までと全く変わらぬ、無機質な兜の面。隙間から覗く赤い光は、ずっと呂布だけに向けられている。



 それだけで……それだけで十分だった。



 その不動の体勢に、典韋の思いは全て込められていた。



「悪来……済まない……」


 李典はそう呟くと、曹操を後ろに乗せ、手綱を握り締める。


「皆の者……私に続け!!」


 唇を強く噛み締め、未練を断ち切って、馬を左方向へと走らせた。



「ヒャハハハハハハ――――ッ!!!」


 顔を瞬時に狂貌に変え、方天画戟を振るおうとする呂布。

 だが、その腕が振り払われる前に……


 典韋の巨体が、呂布に丸ごとぶつかっていた。


 背中の推進器が炎を噴く。

 典韋の渾身の体当たりは、呂布に巨大な衝撃を加え、背後へと押し飛ばす。



「悪来!!」


 後ろを振り向いて、信頼する配下の名を叫ぶ曹操。

 李典はただ前を向き、馬を走らせる。

 今は、主君を遠くに逃がすことこそ、典韋の覚悟に応える道だと信じて……

 

 





「………………」


 左へ逃げていく李典達の蹄の音を聞きながら、典韋は呂布と相対する。

 彼の中では、全ての覚悟を完了するのに時を要さなかった。

 

 主君である曹操を守り抜くには、ここで自分が呂布を斃す。


 それしかない。例えこの命が尽きようとも。

 それこそが、兵器である典韋の存在意義なのだから。

 

 呂布とは交戦経験もある典韋は、彼の強さを正しく認識していた。


 実力は、圧倒的に敵が上……全身全霊を尽くさねば、斃すことはおろか、足止めすらも適わない。

 そんな冷静な思考の下に、典韋の次なる攻撃は、一秒の間も置かずに続けられた。


 全砲門が一斉に展開する。

 雪崩のような爆音と共に、標的目掛けて弾頭や砲弾が一斉に撃ち出される。


 出し惜しみはしない。

 搭載された全ての弾薬を呂布ただ一人へと注ぎ込む。

 民家ほどの大きさならば、瞬時に焦土と化す大火力。

 千の敵であろうと一瞬で屠り去る集中砲火。

 

 阿鼻叫喚の地獄の如き爆音が、夜の静寂を完膚なきまでに破壊する。

  


 その中で……



「ヒャハハハハハハハハハ――――――――ッ!!!!」


 

 狂笑は止まない。

 噴煙を突き抜けて、呂布が飛び出してくる。

 その体には、幾らか火傷の跡はあるが、いずれも致命傷ではない。

 次々と降り注ぐ弾薬の嵐を、呂布は方天画戟を旋回させて防いだのだ。

 かつて、遠州での戦いで李典の轟雷砲を防いだように……


 既に呂布の頭の中には曹操はいない。

 彼の脳内は、典韋への闘争本能で塗り潰されている。

 こうなった以上、目の前の敵を屠るまで止まりはしない。


 右腕が唸り、方天画戟の刃が迫り来る。


 だが、ここまでは想定の範囲内。

 

 典韋の両肩が展開し、瞬時に方形の盾が形作られる。

 これも李典が備えた新装備、“李典盾りてんじゅん”で、城砦並みの耐久度を誇る鉄壁の盾である。

 

 方天画戟の月牙が、李典盾に突き刺さる。

 凄まじい衝撃が典韋の全身を襲う。

 大砲の直撃すらも無傷の李典盾が、ただの一撃で亀裂が走る。


 だが……一撃でも受け止められれば十分。

 

 今度は、典韋の右腕が唸りを上げた。 

 狙いは、依然包帯で繋ぎ止められている不随の左腕。

 完全無欠の怪物の、唯一の死角だった。

 殺せなくとも、少しでも損傷を与えられれば構わない。


 煌く斧の刃が、呂布の左脇腹へと迫り来る。


 その時……




 包帯の下の左腕が、不規則に蠕動する。


 やがて……蝶が蛹から脱皮するように……


 赤い包帯は破り散らされ、呂布の左腕は宙へ勇躍する。

 


「あ〜……そういえば…………」



 典韋の斧は、呂布の左手によって受け止められていた。



「左腕動くこと……すっかり忘れてたわ」



 かつて董卓の拳を受け、骨が露出するほど破壊された左腕は……

 今や右腕と何ら変わらぬ状態まで回復していた。

 

 規格外の力が、左腕に漲っていく。

 その膂力は、斧を掴んで微動だにさせないばかりか……

 あろうことか掴んだままで典韋の巨体を持ち上げた。



「ヒャ……ハハハハハハハハハハハ!!!」


 

 そのまま典韋を軽々と振り回す呂布。さらにその場で飛び上がると、典韋の巨体を地面へと叩きつける。


 その体重と衝撃で、場に円形の陥没が刻まれた。


 続けて方天画戟が振るわれる。

 何とか体を動かし、李典盾で防御するものの……


 皹の入っていた李典盾は、今度こそ完全に破砕された。


「ヒャハッ!! 寝てんじゃねぇよぉ!!」


 そのまま典韋を蹴り飛ばす呂布。

 これまた凄まじい力で、典韋の体が宙に浮く。

 典韋は何とか背中から炎を吹かし、宙で体勢を立て直して着地する。


 間髪入れず、残る弾薬を全て発射する。

 構わず突っ込んでくる呂布を、切り札である隠し腕を展開して迎え撃つ。


 五方向から襲い来る斧。さらに、四方八方から飛んでくる弾薬の雨を……



 呂布は、方天画戟の一振りで全て薙ぎ払った。



 三つの隠し腕は残らず切り飛ばされ、肩と腰に備えていた火器も残らず破壊される。

 典韋の顔面を、呂布の左腕が掴む。


「ヒャハハハハハハハハハハハ――――――――ッ!!!」


 暴力の怒涛が典韋の巨体を襲う。

 典韋は成す術も無く、呂布に押されるがままに地面を引きずられる。


 

 強い――



 強すぎる――



 単に左腕が自由になっただけではない。

 今の呂布は、以前交戦した時とは比べ物にならないほど強くなっている。

 まるで手も足も出ない。

 斃すなど絶対に不可能。足止めすら叶わないかもしれない。


 今の呂布と以前の呂布は全く違う。

 この急激な強さの上昇は、成長という言葉では片付けられないものがあった。

 



 その秘密を知る者はいない……呂布自身でさえも。

 唯一知る者がいるとすれば、それは呂布の肉体を誰よりも知る陳宮のみだろう。

  


 あの董卓との激しい死闘……

 勝利と引き換えに、呂布は一時的に左腕を不随にさせられたが……彼が受けた傷はそれだけではなかった。

 

 全身の骨に皹が入り、内臓も幾つか破裂していた。

 それだけ、董卓との戦いは凄まじいものだった。


 そう……



 あの時、長安を脱出した頃の呂布は、瀕死の重傷を負ったも同然の体だったのだ。



 曹操を攻めた頃も、未だ体はボロボロのままだった。

 普通の人間ならば、到底戦えるような状態ではない。

 重傷患者を戦場に出すようなものなのだ。


 さりとて呂布は、そのようなことを気にする人間ではない。

 自身の傷がどうであれ、彼は戦うことしか知らない生き物なのだから。


 だが、呂布の負傷は彼自身気づかぬ内に、彼の強さを制限することとなった。


 曹操軍の者達が体験したのは、その“制限された力”に過ぎなかったのだ。



 そして今……


 長い時間をかけて、呂布の体は、左腕を含めて完全に治癒している。

  

 それと同時に、呂布は本来の強さも取り戻した。

 加えて、傷を負っている間も戦い続けたことで呂布の中には豊富な戦闘経験が積み重ねられている。


 肉体の治癒と、急激な進化。

 その二つが組み合わさり、呂布の強さを爆発的に上昇させることになったのだ。




 今典韋が戦っているのは、かつての呂布ではない。



 傷を癒し、武を磨き、闘争を求める乱世の悪鬼……




 完全無欠にして中華最強……




 真の、呂奉先――――


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