番外編 公孫贊伝
<登場人物>
公孫贊(字:伯珪):白薔薇の貴公子
趙雲(字:子龍):公孫贊の執事件武将
劉備(字:玄徳):公孫贊の弟弟子
関羽(字:雲長):その義弟
張飛(字:益徳):その義弟
盧植(字:子幹):公孫贊、劉備の師。頑固一徹熱血教師。
ギャグ的な番外編なので、本編以上に世界観ぶち壊しです。
<少年時代(一)>
劉玄徳と公孫伯珪の二人が、
幽州で盧植先生の下で学んでいた頃の話。
「玄徳! このバカモンがぁ!!」
盧植先生の拳骨が、劉備の脳天に直撃する。
「な、何するんだよ!」
「たわけが! これでワシを誤魔化せると思ったか?
この解答、李●●の答案と一字一句同じじゃわい!!」
二つの試験の答案を見せ付けて、怒鳴りつける盧植。
「それはたまたま……(チッ」
劉備は口で釈明しつつ、密かに舌打ちする。
「そんなわけないじゃろうが! このカンニング魔め!!
それと、伯珪!!」
立ち上がる公孫贊。
彼はこの頃から、白髪に白い学生服を着ていた。
「何でしょうか? 盧植先生」
「お前のこの答案は何じゃ!
全く答えが書かれておらんではないか! 試験放棄のつもりか!」
当然のごとく零点である。
それでも、公孫贊は長い白髪をさらりと撫でて、平然と言い放つ。
「いいえ、白紙ではありませんよ」
「何?」
「よーく見てください。
ほぉら…… ちゃんと“白い文字”で書き込まれているでしょう?」
盧植先生は答案を顔の間近で寄せて目を凝らす。
すると……彼の言うとおり、白い文字で答えが書かれている。
何気に満点である。
白く染まった筆を指先で弄ぶ公孫贊。
「ああ、できれば、その答案も全て白で塗り潰したかった……」
「この……バカモンがぁ!!」
教室に、二度目の拳骨の音が鳴った。
<少年時代(二)>
「伯珪……今度はちゃんと黒い文字で書いてきたようじゃな」
「はい……正直、解答しながら眩暈がしそうでしたが、何とかやり遂げましたよ」
「ふん、弱点を克服しようとする心意気だけは褒めてやろう。
しかし、結果は散々だったな。四十六点だ」
優等生である公孫贊らしくない低い点数である。
「何を仰いますか。実に素晴らしい点じゃあないですか」
「どの口がほざくか!! 平均点を遙かに下回る……」
「いえいえ、よく見てください……四十六、即ち46点です」
教室内は沈黙に包まれる。
盧植先生も、あきれ返って言葉も出ない。
狙ってこの点数を出したなら、確かにすごいが。
「ん? それなら八十九点で89点でも良くね?」
横から口を出す劉備。
「おお! そうであった! うむ、そちらの方が点数が高いか……」
「そんな下らん小細工使わんでも、百点なら白に限りなく近くなるじゃろが」
盧植先生も珍しく乗ってくる。
「た、確かに棒を一本とれば済む話だ……
嗚呼、白の魔性は、どこまで私を狂わせるのか……」
お前は最初から狂っていると教室の全員が心の中で突っ込んだ。
「お、一番いいのを思いついたぞ。白は白……なら、π(パイ)点でもよくねぇか?」
「なるほど……だ、だが、一体何点を取ればいいのだ!?」
テストの点で円周率を出すなど、どう足掻いても不可能だ。
「むぅ……やはり白はあまりにも奥が深い……
白の深遠は、限りなき探究の美を私に見せつけてくれる……」
白薔薇を背中に背負い、恍惚する公孫贊。
まだ少年時代なので、背景にあまり多くの薔薇を咲かせることができなかった。
「どうでもいいが、赤点なので追試な」
<青年時代(一)>
黄巾の乱が始まる、少し前の頃……
「なぁ玄徳……何故卵には黄身があるんだろうな」
「はぁ?」
いつもながらの唐突な問いかけに、首を傾げる劉備。
「卵のあの白さ、滑らかな美しさは尊崇に値するものだ。
だが、何ゆえその中にはあのような汚らわしい色が紛れているのか……」
白を至上とする、公孫贊らしい意見である。
逆に嫌いなのは金色で、次が黄色らしい。
勿論、到底共感など出来ないが……
「まぁ要するに……私は卵の黄身を取り外して白身だけ食べたいんだが、どうすればいいと思う?」
話が美学から一気に食の問題に移った。
くだらないとは思いつつも、一応答えてやる。
「はぁ、掌の上で卵を割れば、黄身だけが掌に残って後は指の隙間から落ちていきますよ」
「それは嫌だ!! あんな不気味な色をした物体に触れるなど、御免被る!!」
(んな……無茶言ってんじゃねーよこの白馬鹿!!)
心中で罵る劉備。
諦め切れない公孫贊は、後に卵分離器なる装置を発明し、思う存分卵白を食べたという……
<青年時代(二)>
「なぁ玄徳! この中華の最果てには、理想郷があるのを知っているか!」
「え? 理想郷?」
「ああ! そこには、あらゆる美を超越した至高の美があるらしい!! さぁ往こうではないか!!」
例によって、強引に連れ出される劉備。
「おおおお!! 噂に違わぬ美しさ!! この地こそまさに理想郷!!
人類が失ったはずの、永遠の楽園に他ならない!!」
「………………」
「さぁ玄徳!! お前もこの美しさを目に焼きつけるのだ!!」
「………………」
「どうした? 玄徳! 何を固まっている!
そうか、あまりの美しさに声も出ないか!
それは仕方が無いな! はははははは!!」
吹雪が吹き荒れる極寒の雪山で、
凍り漬けになった劉備の意識は次第に遠のいていった。
<青年時代(三)>
「おお! 太陽よ!!
その真白き輝きは、千億の美を凝縮したとて決して届かない域にある!
だが、悲しきかな、私は太陽の下には出られない……
究極の美がすぐ傍にありながら、手を伸ばすことさえ出来ないもどかしさ……
私は呪う……この体の宿命を!!」
「………………単に日焼けが嫌なだけだろ」
<群雄時代(一)>
反董卓連合が解散し、劉備三兄弟が公孫贊の居城に身を寄せていた頃の話……
「皆様、本日の昼食でございます」
執事件料理人の趙雲が運んできたのは、湯気の立つ丼だった。
「おお、今日の食事はラーメンか」
「こんな真っ白く濁ったスープ見たことねぇぞ」
例によって、易京城での食事は全て白一色である。
傍には、大根の漬物も添えられている。
公孫贊は、目で見るだけで恍惚しているようだ。
「ま、趙雲さんの作るものなら間違いはねぇだろ。どれ……」
早速、れんげでスープを掬って飲んでみると……
「………………」
「「うまか〜〜〜〜〜!!!」」
そう叫んで、猛然と麺を貪り喰らう劉備と張飛。
「こんラーメンめちゃうまかばい!!」
「さっぱりなのにコクがあって……箸が止まらんばい!」
「硬い麺も、スープとよぉ合おとる!」
「美味すぎて何か口調まで変わってきたばい!!」
「豚の骨を沸騰させることで、骨髄が溶け出し、白濁したスープになるのです。
豚の骨でも、特に膝関節の部分から上質の旨味成分がとれますので、今回は……」
趙雲の解説など耳に入らぬ勢いで、ラーメンを食べる二人。
一方関羽は……
「うむ、実に美味………………ばい」
<群雄時代(二)>
「じゃあ兄さん、見送りはこの辺で……」
界橋での戦いの後、劉備三兄弟は辞して易京城を去るところだった。
「うむ、名残惜しいが、お前にはお前の道があるのだろうからな。
お前の前途に、幸多からんことを祈っているぞ」
「兄さんも、どうか達者でいてくださいよ」
「お前もな。ところで、私からの感謝の気持ちとして、
お前に受け取って欲しいものがあるのだが……」
(お! 来た来た♪)
即座に劉備の物欲センサーが反応する。
現生で幾ら貰えるのか? それとも馬や物資か?
劉備は心躍らせていたが……
「易京城名物、白薔薇饅頭だ。
これでも食べて、易京での日々を思い出してくれ」
趙雲が持ってきた箱詰めの饅頭を前に、劉備は思いっきりずっこけた。
あれだけの戦の見返りが、饅頭かよ!!
劉備は必死で突っ込むのを堪えた。
まぁ、貰えるものは何でも貰うのが劉備の信条なので、とりあえず一つ食べてみる。
見た目は白い皮を捻ることで、白い薔薇のように見せていた。
「おほっ! これはまた……美味ぇ!!」
中身は上質の白餡だ。餡を包む皮の食感も絶妙である。
それに、ほのかな白薔薇の香りが、口の中で彩を添える。
「いやぁ、さすが趙雲さん。土産物まで作るとは、料理に関しちゃ隙無しだねぇ」
「いえ、これは私が考案したものではないのです」
「というと?」
「旅の途中で知り合ったあるお方に、作り方を教わりました。
これは、伯珪様の嗜好に合わせて、多少工夫を加えたものです」
話を聞きながら、知らず知らず次の饅頭に手が伸びている。
これでは、土産物なのに出発する前に完食してしまう勢いだ。
張飛も関羽も手を伸ばすが、その美味さに思わず顔を綻ばせる。
「で、何て言う人なんだい?」
「さて……結局名は名乗られませんでした。
女性のようでしたが、服装からはどちらとも判別できず……」
「ふ〜〜ん」
「いずれこの白薔薇饅頭を、全国に売り出すつもりだ。
この饅頭を切欠として、白の美しさを中華全土に広げる為に。
その時には玄徳、販売店の一つを任せてやってもいいぞ」
「は、はい……職にあぶれた時はお願いします」
公孫贊の謎な野望に、劉備は引きつった笑みを浮かべるのだった。
<群雄時代(三)>
徐州の牧に就任した劉玄徳。
彼の下に、公孫贊から祝いの品が届けられていた。
「さぁて……中身は白薔薇の花束か、あるいは石膏で作った兄さんの彫像か……」
長い付き合いで、段々劉備も兄弟子の行動パターンが読めてきた。
あまり期待しないで、大きな包みを開けてみる。
「白粉に、白い塗料、白い着物に……この白い毛の塊は……カツラ?」
その他にも、兜や具足など、白で染まった色んな品物が入っていた。
「“白馬義従なりきりセット”……だそうだ。
“これを着て、お前も私と魂を一つに……”」
関羽が公孫贊からの手紙を読む。
予想以上にくだらない贈り物を見て、劉備はカツラを地面に叩きつけた。
せめて、趙雲の作った漬物か何かを食べたかった……
全ての品物を取り出し、空っぽになった箱。
入れ物としてならば、使えそうだが……
「ん? この箱……ちょっと浅くないか?」
外から見る箱の高さに比べて、少々浅く見える。
もしやと思って目を凝らしてみると……不自然な窪みが見える。
そこに手を引っ掛けて引き上げると、箱の底が持ち上がった。
「思ったとおり、こいつは二重底か! きっと、この下に何かが……」
一気に高まった期待感と共に、仮初の底を取り払う劉備。
「………………」
何も無かった。
二重底の下には、ただ真っ白な底が広がるばかりだった。
劉備は、たちどころに公孫贊の意図を理解する。
「へいへい……この何も無い白一色が、あんたにとって最も美しい贈り物、なわけね」
そう呟くと、劉備は全力で、二重底の蓋を叩き割った。
<番外編 公孫贊伝 完>