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三国羅将伝  作者: 藍三郎
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第六章 暴虐の果て(四)

 渾元暦192年、遠州えんしゅう……


 曹操は遠州に招かれ、ぼく(州の長官)に任命されて州の統治に当たっていた。

 彼の統治は民に優しいものであり、厳格な法を敷いて犯罪者を取り締まった。

 その為、城内からは犯罪が殆ど無くなった。

 曹操への民の信望は一層高まり、多くの民が遠州に流れてきた。

 また、曹操の下には多くの才気溢れる勇将や軍師も集まったが、

 勢力としてみればまだまだ弱小に過ぎず、各地の叛乱を鎮圧する日々を送っていた。





「そうか、董卓は死んだか」


 董卓横死の報を聞いた曹操は、素っ気無い台詞を漏らす。

 今の彼は将帥としての衣装を脱ぎ、年相応の少年らしい簡素な衣服に身を包み、室内で羽を伸ばしていた。


「驚かれないのですね」


 室内には夏侯惇、夏侯淵、荀或が揃っている。

 そう言いつつも、夏侯淵はそんな曹操の反応を半ば予期していた。

 魔王を恐れぬ曹操は、その死もまたただの情報に過ぎないのだ。


「まぁ、余計な手間が省けたとは思っているぞ。

 惇としては、いつぞやの屈辱が晴らせなくて残念だったのではないか?」

「はん、そうかもな……」


 夏侯惇は、あからさまな不機嫌面で適当に答える。


「それより……董卓を討った呂布をどうするかが頭痛の種よ。

 また厄介な奴が中原に出てきおったわ」


 呂奉先。

 魔王を仕留めた彼は栄光の器に留まることなく長安を捨て、新たに群雄の一人として名乗りを上げた。


「呂布は長安を離れた後、董卓軍の残党を率いて、各地で戦争を仕掛けています。

 今のところ連戦連勝。破った敵から兵を吸収、日を追うごとに勢力を強めています」

 

 荀或が各地から収集した情報を告げる。


「あやつが軍を率いるようになるとはのう……」

「それに比べて、俺らはいつもいつも黄巾の残党狩りばかり。

 相手が農民じゃあ、兵に加えることもできやしねぇ。

 このままでいいのか? 孟徳?」

「余も、何かすべきとは思っておるぞ」

「だったらこんなくだらねーことして遊んでんじゃねぇ!!」


 怒髪天を衝く夏侯惇。

 曹操は、夏侯惇の髪を弄り、三つ編みにした髪を結んだり解いたりして遊んでいた。

 同席する夏侯淵と荀或も、その滑稽な髪型に笑いを堪えきれない。


「何を言うか。余は愛する惇のために、可愛い髪型を作ってやろうとしているのだぞ?」

「余計なお世話だっつてんだろ!!」

 

 怒り心頭で後ろを振り向くと、既に曹操はおらず、窓から城の外を眺めている。


「見ろ見ろ! 曹仁と許楮は許楮が勝ったぞ!」


 あっさり矛先をかわした曹操に、夏侯惇は憤懣やるかたない。

 曹操は自分の趣味については恐ろしく気紛れで、何かに熱中していたかと思えば次の瞬間にはそれを放り出し、新たな興味に走っている。

 まるで草から草へと瞬時に飛び移る飛蝗ばったのようだ。


 外では、力自慢の武将達が相撲で力量を競い合っている。

 曹仁は、自分の半分程度の背丈しかない許楮に片手で持ち上げられていた。

 曹操が見ていることに気づいた許楮は、うっすらと笑みを浮かべて腕を振った。


「これで、決勝戦は許楮と典韋ですな」


 夏侯淵も観戦に回る。


「うむ。虎痴と悪来、どちらが勝つか……

 これまではお互いに十戦五勝五敗であったが、いよいよ雌雄が決せられるのか?」


 虎痴とは許楮の仇名で、痴(頭の回転が鈍い)だが力は虎並みだったことから付けられた。

 悪来は典韋の仇名で、彼の剛力に感嘆した曹操が、古の魔人から名を与えたという。


 そんな中、兵士が報告に現れた。


「曹操様! 仕官を希望する者が城を訪れております!

 彼は、曹操様と共に、典韋殿ともお会いしたいと申し出ておりますが……」

「ほう、悪来と?」


 意外な要求を出した志願者に、曹孟徳は興味を覚えた。





「わ、私は李典りてん……字は曼成まんせいと、も、申します」


 どもりながらも、仕官希望者は自己紹介を終えた。

 やや薄汚れた白衣に身を包み、灰色の髪を耳まで伸ばし、大きな丸い眼鏡をかけた顔色の悪い男だ。

 見た目からして、何らかの技術者だと思われる。


 彼の前には曹操と荀或、そして彼の希望通り、典韋が傍に控えていた。


「………………」


 典韋は相変わらず無言のまま微動だにせず、何も知らない人間が通りがかれば置物の鎧なのでは無いかと思うだろう。


 そして、李典は曹操よりも、典韋へと頻繁に視線を送っている。

 その瞳は、喜びと驚きに輝いていた。


「そなた、技術者か?」


 曹操に質問され、李典はすぐ我に返る。


「は、はい。き、機械の設計や改造、組み立てを生業なりわいとしております」

「ほほう、機械技師か。今までにいなかった人材よな」


 新たな才に対し尋常ならざる興味を抱く曹操は、李典に対しても同様の反応を示した。


「で、そなた、先ほどから悪来……典韋をちらちら見ておるが、何故こやつを同席させた?」

「そ、それは……あ、ああああああああああああ!!!」

 

 突然、発狂したように叫び出した李典に、荀或はしり込みする。

 李典は典韋に狂おしいばかりの視線を送ると、早口でまくし立てた。 


「これぞまさしく、古の自動甲冑じどうかっちゅうに他ならない!

 僅かな文献に記されている程度だったが、まさか今の時代に、しかも稼動している型をお目にかかれようとは!!」


 興奮を抑え切れない李典。

 僭越など恐れず、曹操に質問する。


「曹操様! 一体何処で、この典韋殿を見つけられたのですか!?」


 一方の曹操も、無礼を咎めだてもせず、かつての出会いを回想する。


「ん? そうだな、余と悪来が始めて出逢ったのは……」





 それは、近隣住民の報告から始まった。

 鉱山夫が山を掘っている最中に、とある“遺跡”を発見したというのだ。

 興味を惹かれた曹操は、調査団に交って自ら遺跡に赴いた。

 

 そこで彼が目の当たりにしたのは、鈍く輝く銅色の甲冑だった。

 

 全身を甲冑で覆った“何者か”は、死んだように動かなかった。

 曹操は、起こしてやろうと体のあちこちを叩いてみた。

 その手が、鎧のとある箇所に触れた瞬間……


 兜の隙間に赤い光が宿り、甲冑はゆっくりと起き上がった。

 甲冑は一切の言葉は発さず、ただ赤い光で曹操を見つめている。

 そして、地面にしゃがみこむと、指で地上に文章を書き込んだ。



 貴方は、私の主なのか――?



 その問いに、曹操は「然り」と答えた。

 片方は言葉を発せぬ身なれど、両者はこの場で、主従の契りを交わしたのだ。

 それから、典韋は曹操の側近となり、幾多の戦いで彼を守ってきた。


 なお、典韋の体には「X−I」という解読不能の文字が刻まれていたという……





 曹操からそんな過去を聞かされた李典は、ますます瞳を輝かせる。


「ああ! その遺跡こそは、彼が古代から流れてきたという何よりの証拠!!

 曹操様! お願いがあります!」

「ん?何だ」

「この典韋殿を、私に調べさせて欲しいのです!

 彼は、私がずっと夢に思い描いてきた兵器……いえ、戦士なのです!

 彼の協力が得られれば、私の技術者としての夢は実現する……

 その成果は、必ずや貴方の覇業のお役に立てると約束いたします!!」

 

 先ほどまでの控え目な態度が嘘のように、李典は情熱的に訴える。


「そなたに真の才があるならば、余としては異論が無い。

 だが……そなたの願いに答えるのは余ではない、悪来だ」


 曹操は、典韋に目配せする。


「典韋殿に……ですか?」

「そなたがこやつをどう思っているかは知らんが、余にとってはかけがえの無い臣下だ。

 出生が何処であろうと、正体が何であろうと関係ない。

 余と悪来は、確かな忠誠で結ばれておる。

 そなたも、人間として悪来と向かい合うのだな」


 そう言って、曹操は典韋を見ながらこう続ける。


「悪来。こやつが邪な気持ちでそなたを利用しようと考えているならば、構うことはない。

 この場で叩き殺せ」


 典韋は、無言で首を縦に振った。

 曹操の物騒な発言に、李典は体を震わせる。

 だが、すぐに面持ちを引き締めると、恐れず典韋の下へと歩み寄る。


「典韋殿…………」

「………………」

「私は、君と共にこの中華の戦の形を変えてみたい。

 それには、君の力が必要なんだ!

 私は君の主の為、全身全霊で取り組むことを約束する。

 頼む、私に力を貸してくれ……!」


 李典の訴えに対し、典韋は当初無言だったが……


「………………」


 ゆっくりとその手を差し伸べる。

 その意味を悟った李典は、しっかりと堅い、鋼の手を握り締める。


「私を、認めてくれるのか……」

「………………」

「ありがとう! ありがとう!!」


 典韋は首を縦に振った。

 ここに、沈黙の甲冑と機械技師との友誼が成立したのだ。

 その様子を、曹操は微笑ましげに見ている。


 典韋と李典。

 彼らの出会いは、後年中華の戦争の形を、大きく変革させることとなる……





 そして……


 これまで弱小に甘んじていた曹操を、一気に乱世の主役へと勇躍させる事態が起こる。

 この知らせは、董卓の死以上に諸侯を仰天させた。


 青州に駐屯していた黄巾賊の残党三十万を降伏させ、自軍に編入したのだ。

 これにより、曹操は兵力ならば袁紹や袁術に引けを取らない大勢力を築き上げることに成功する。



「黄巾の子らよ! そなたらの信仰は余が守ってみせよう!

 蒼天の下原野を駆け、大地を富ませよ!

 そなたらが求める天下太平の世は、この曹孟徳の進む先にある!」



 曹操の激に、三十万の黄巾兵は一斉に沸き立つ。


 曹操は、黄巾の残党狩りを続けながらも、彼らを無闇に虐殺せず、手厚く遇することで徐々に信頼を勝ち取っていた。

 彼は黙って弱小に甘んじていたわけではない。

 青州黄巾党の数と戦力に目をつけ、ずっと手を組むための根回しを進めてきたのだ。


 三十万の青州兵を傘下に加えた曹操は、一躍乱世の列強へとのし上がる。

 


 魏武ぎぶの強、ここから始まる――――

 


<第六章 暴虐の果て 完>


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