第四章 燃える洛陽(一)
「我……砕ク……」
感情の無い台詞を呟きながら、一人の武将が歩を進める。
白骨を模した甲冑に身を包み、牛の頭蓋骨のような兜を被った巨漢の将だ。
兜からは、天を突かんばかりの雄雄しい二本の角が伸びている。
「我……壊ス……」
手にした髑髏をあしらった無骨な斧を振るうたび、敵軍の兵士は身を裂かれ、屍を地に晒した。
彼の名は牛輔。
“猛将”の異名を取る董卓軍の武将だ。
「我……殲滅スル……」
無感動に、無表情に、敵を屠っていく牛輔。
堅牢な甲冑には剣も矢も大砲も通じず、多勢で攻めかかっても、その緩慢なる進軍を止められはしなかった。
屠った兵の屍を踏みつけ、牛輔は進む。
敵対者の駆逐……彼の頭にあるのは、ただそれだけなのだから。
一方……
「ぎひ! ぎひひひひひ! これぞまさに一網打尽ってヤツだなぁ、おい!」
痩せこけた顔、和布のような紫色の長髪、異様に長い手足を持つ男が、眼前の光景を見て笑う。
無数の鎖が縦横無尽に走り、蜘蛛の巣のような図を形成していた。
そして、数名の兵が、その鎖に捕縛され……首を絞められて死んでいた。
「間抜けな獲物が罠がかかった瞬間…… これって最高の快楽だよな! ぎひ、ぎひひひひ!」
張り巡らせた鎖の上を、蜘蛛のように動きながら、男は笑う。
“奇将”徐栄。
董卓軍の将軍で、鎖使い。鎖を用いて罠を形成する戦法を得意としていた。
つい先ほど、この付近を通りがかった部隊を、地面に仕掛けた“巣鎖陣”で全滅させたところだ。
「う……ぐ……」
「おおっと! まだ息のある奴がいたか……!」
「た、頼む、降伏を……ぐはっ!!」
次の瞬間……彼の首に、鎖が巻きついた。
そのまま頸部を圧迫され、首を折られて絶命する。
「ぎひひひひひ! 弱者は死ね……それが董卓軍の掟だぁ!」
虎牢関に向けて進軍していた袁紹軍を初めとする連合軍の主力部隊は、
周辺に潜んでいた董卓軍の大部隊によって囲まれてしまった。
四方から襲い来る董卓軍。
完璧に統率の取れた董卓軍に対し、諸侯の寄せ集めである連合軍は功を焦ったり、脚の引っ張りあいを始め、反撃すらままならぬ状況が続いていた。
「クククク……肝臓、脾臓、膵臓、腎臓……何処から潰してやろうか」
どの器官を潰せば、どの部位が麻痺するか。
軍の配置図を広げ、賈栩は連合軍を人体に見立て、さながら手術でも行うような気分で策を講じていた。
ただし、本物の手術と違うのは、人を生かすためではなく殺すためのものだということだ。
賈栩にとっては、連携の拙さゆえに綻んでいく連合軍を手玉に取るなど、造作も無い事だった。
敵陣の弱点を突き、強力な武将を投入する。
ただそれだけで、連合軍の陣形は呆気無く崩れ、甚大な被害を与えることが出来た。
ただし深入りはしない。被害を与えた後は、電光石火で撤退する。
じわじわ、じわじわと……こちらの被害を抑え、敵の戦力を削っていくのだ。
皮膚をやすりで削っていくような、痛みと苦しみを与えていく。
数に物を言わせて一気にかかれば、さすがの連合軍も一致団結して反撃するだろう。
それではこちらの被害も大きくなる。
その結果得た勝利など、軍師にとっては何の誇りにもならない。
大事なのは、相手にもある程度余裕を持たせ続けること。
決して死に物狂いにさせてはならない。
追い詰めてはいけない。
まだ勝ち目はある。勝てるのでは無いかと錯覚させるのだ。
命を奪う刃が、喉元まで迫っていることを気づかせてはならない。
ほんの僅かでも優位に立てば、功を焦る気持ちが生まれる。
そしてそれは、容易く内紛へと繋がる。
内部の混乱の収拾に追われる連合軍陣営は、必ずや決定的な急所を露呈するだろう。
解体するのはその時だ。
「しかし、どうにも物足りないな……おっと、欲を出してはいけない。
万が一負けてしまったら、董卓様にどんな目に遭わされることやら……」
笑みを浮かべながら、賈栩は身体を振るわせた。
「ええい! 何故だ!? 何故あれしきの敵が突破できん!!」
果たして、賈栩の目論見どおりに袁紹は焦燥の極地にあった。
このような事態に際しても、凌ぎきるだけの軍略は用意してある。
しかし、肝心の軍が上手く機能しないのだ。
脚を引っ張った挙句、董卓軍の将の強襲を受けて壊滅する……そんな報告を、これまで何度も聞いてきた。
文醜や顔良といった名将も前線に出て戦っているが……
敵軍の効果的な用兵の前に、その力を発揮できずにいた。
「ご報告申し上げます! 袁紹様!」
そんな中、一人の伝令兵が現れる。
「何事だ?」
「曹操殿の使いと申す者が、袁紹様との会見を希望しておられるのですが……」
「曹操の……だと?」
いぶかしむ袁紹だったが、ひとまず会見を許可する。
曹操、という名を聞いて、苛立つ心に光が差した気がした。
その事に、若干の劣等感を感じながら……
袁紹の前に現れたのは、対照的な二人の男だった。
「初めまして、袁紹様。僕は潁川郡穎陰の出身で、姓は荀、名は或、字は文若と申します」
子供のように小さな男が、慇懃に自己紹介する。
頭には学者風の帽子を被り、白い衣に身を包んでいた。
肩の辺りで揃えた濃い緑色の髪に、大きく丸い眼鏡をかけている。
「荀或……もしやそなた、荀家の人間か?」
荀家といえば、多くの文官・文人を輩出してきた漢王朝きっての名門だ。
武門の家柄では無いためか、表立って権勢を振るう事は無いが、
多くの名士と交流を持ち、中華全土に広がる人脈は決して軽んじられるものでは無い。
荀或の祖父の荀淑はかつて“神君”と称された名臣で、叔父の荀爽は、現在司空の地位に就いていた。
「はい。現在は曹操様の下で、軍師として働かせてもらっています」
こんな子供……と思ったが、彼も武将ならば、外見と実年齢は関係ない。
実際、荀或の不老年齢は13歳ほどだった。それでも、かなり背丈の低い方だが。
その瞳は、未来への希望に満ち満ちており、溢れんばかりの若さを感じさせる。
「その者は?」
袁紹は、荀或の隣にいる男に目を移す。
場にいる武官たちも、気になるのは荀或ではなく連れの男のほうだった。
荀或の三倍近い背丈を持つ、全身隈なく甲冑を纏った巨漢だった。
他の袁紹軍のどの将兵よりも遥かに大きい。
顔は鬼面を模した兜に覆われている為か、全く表情が見えない。
「こちらの男は典韋と言います。
言葉を発せませんので、代わりに紹介させていただきます」
「………………」
それに対して、典韋は僅かに軋むような音を漏らすのみだった。
袁紹軍の諸将と違って、荀或に典韋を怖れる様子は一欠けらも無い。
仲間として完全に信頼しきっているのだ。
「して、荀或よ。私に何の用だ?」
軍師に武将。
大方、曹操からの助っ人ではないかと踏んでいた。
(荀家の人間に、謎の鎧武者……
何とも曹操らしい、清濁の混ざった将達よな。
大方、この袁本初に自分の部下の多様性を見せびらかせたいのであろう。
確かに奴が荀家と繋がりがあったことには驚いたが……
そっちがそのつもりなら、十分こき使ってやるまでだ)
相変わらず自分勝手な思い込みで納得する袁紹。
だが、荀或が放った言葉は、袁紹の予想を遥かに越えるものだった。
「曹操様の御言葉をお伝えします。
これより、連合軍の戦略の全てを……この荀文若に預けよ、と」
荀或は、全く臆すこと無く堂々と言い放った。
この言葉に、諸将は唖然となる。
「ふ、ふざけるなっ!!」
袁紹は憤激して、しつらえた椅子から立ち上がる。
「これは天下の趨勢を決する重要な一戦!
中華の未来を賭けた聖戦ぞ!決して負けてはならぬ戦なのだ!
いかに荀家の人間とはいえ、全く無名の軍師に軍の指揮を預けるなど出来るものか!!」
袁紹の言う事は、彼にしては実に常識的な発言だった。
他の武将や軍師たちも、袁紹に同調して罵声を上げる。
しかし、荀或は全く引く構えを見せない。
「大体貴様、これまでどれだけの戦をこなして来たというのだ!
どうせ大した戦歴などあるまい!」
見た目では実年齢は判断できぬとはいえ、
武将同士ならば、身に纏う雰囲気などから自ずと想像はつく。
荀或の声や表情には、まだ本物の戦を知らぬあどけなさが残っていた。
「そうですね。僕もこれだけの大軍を相手にするのは初めての経験です」
「それ見たことか!!」
「ですが、曹操様は僕に“出来る”と仰ってくださいました」
「――!」
曹操……その名前が出るたびに、言葉に詰まってしまう自分を、袁紹は恨めしく思った。
「曹操様は、僕を信じて全てを託してくださいました。
ですから、僕も曹操様が信じる僕を信じます。
あの方の信頼に全力で応えることこそ、僕の忠誠なんです」
そう話す荀或の眼には、一点の曇りも無い。
ただ真っ直ぐに、己の主を、曹孟徳を信じる男の眼だ。
(この男に、そこまで自分を信頼させるとは……
曹操……貴様はそれほどの器だというのか!)
口ごもる袁紹に、荀或は更に畳み掛けた。
「現在、戦況は一見膠着状態を保っているようですが、それこそが敵の策なのです」
「何……?」
「このままでは、遠からず連合軍は敗北します。
この軍には決定的な弱点がありますが、誰もそれを正せずにいます。
崩れた連携を修復するには、一度一手に指揮権を集めるしかないんです」
荀或もこの発言は、暗にこの場の軍師達を無能と言っているに等しい内容だった。
彼らから怨嗟と殺意の視線が飛ぶが、荀或は全く意に介さない。
「そして、軍略を見直し、陣形を刷新し、
この状況を乗り切るに足る、真の連合軍として蘇らせるのです」
「貴様ならば、それが出来るというのか?」
「はい。僕達にはこの戦における余計なしがらみなどありませんから。
公平な立場で軍を統制することが出来るはずです。
勿論、その功績は全て袁紹様、貴方のものです」
「………………」
袁紹は沈黙する。
荀或はあくまで真摯な態度で懇願する。
「信じてください。僕では無く、曹孟徳の判断を――」
曹操……
あの男のやる事は、昔から間違いだけはなかった。
やり方に問題はあれども、結果的には必ず成功を収めてきたのだ。
その事は、幼い頃から付き合ってきた自分が良く分かっている。
決して認めたくは無い……
だが、その過剰に反発する心情こそ、何よりも曹孟徳を認めている証なのだと、袁紹は心の奥底で気づいていた。
この戦で負ければ全てが終わる。それだけは避けねばならない。
どんな手を使ってでも勝つのだ。たとえ、気に入らない曹操の手であろうとも。
袁家の未来永劫の繁栄のために……
そして、曹孟徳と共に、この乱世の未来へ向かうため――
「よかろう! この戦の采配……貴様に委ねる!」
袁紹の決断に、荀或はにっこり笑うと、深々と頭を下げた。
典韋もまた、無言でゆっくり腰を折って礼をする。
「ありがたき幸せに存じます。この荀文若、必ずやこの戦に勝利をもたらすことを約束します」
それで黙っていられないのが、連合軍の諸将たちだ。
袁紹の決断を諌める声が各所から飛ぶ。
さらにはもはや形振り構わず、荀或、果ては曹操に対する罵詈雑言までもが飛び交った。
そんな中……
地鳴りにも似た響きが周囲を襲った。
喧しく騒いでいた諸将の口が、一斉に塞がれる。
「………………」
その発生源は、典韋だった。
何という事は無い。ただ、その太い足で地面を踏み鳴らしただけだ。
それだけで、地震と錯覚するような震動を周囲に起こしたのだ。
「黙るがよい!!」
間髪入れず、諸将に向けて袁紹が叫ぶ。
「良いか! この袁本初が決断したのだ!
それは即ち、天地の真理、万象の摂理に等しい、何事にも優先する絶対の正義なのだ!
大体、貴様らが何をやって来たと言うのだ!
悪戯に時を刻むだけで、一向に打開策を見出せないでは無いか!
いつまで経っても勝てない有象無象の役立たずが一人前の振りをしてほざくでないわ!」
そして、憤激に満ちた眼を、今度は荀或に向ける。
「荀或とやら! 貴様も同じだ!
もしこの状況を打開できないようならば、
曹孟徳の部下だろうと、即刻その首を刎ね飛ばすぞ!!」
宝剣を抜き放ち、荀或を脅しつける。
それでも、荀或は全く臆した様子も無くこう答える。
「勿論です。元より僕も、その覚悟の下来ましたから」
そう言って、朗らかに笑みを浮かべてみせる。
その覚悟、本物だ――
袁紹とて一人の群雄。
荀或の顔を見ていれば、それが本気かそうでないかはわかる。
彼もまた、曹操の決断に殉じる覚悟を決めているのだ。
部下に死すらも覚悟させる曹孟徳の人望に、袁紹はますます嫉妬の念を強めるのだった。
「では見せてもらおうか! その自慢の軍略とやらを!」
「かしこまりました、袁紹様」
そう言って、荀或は一本の巻物を取り出す。
広げられた巻物には、戦場の地図と、連合軍の細かい配置が全て載っていた。
董卓軍の陣容についても、完全では無いが表記されている。
「こちらに来る前に、典韋と共にこの軍の陣容を調べてきました。
ああ、斥候や伏兵は、見つけた端から潰しておきましたよ」
荀或は屈みこんで筆を取り、連合軍の陣形を指し示す。
「この陣形は確かによく組まれています。
さすがは各地より集められた軍師が練っただけあって、
効率を最大に重視した、理想的な陣形と言えるでしょう。
しかし……肝心な部分が抜けています」
「ほう?」
「それは、諸侯同士の内紛を考慮に入れてない点です。
残念ながら、連合軍とは名ばかりで、集まった諸侯は皆お互いに反目しあっています」
その現状は、袁紹も良く分かっていた。
結局、彼らは打倒董卓という共通の目的の下集まった寄せ集めに過ぎない。
どれだけ連合軍の団結や、この戦の重要性を説いたところで、内に燻った火種までは消えない。
戦場は人間の本性を露にする。
目の前に美味しい手柄をぶら下げられれば、その火種は即座に燃焼するだろう。
「ですから、いかに効果的な陣形を組み上げようとも、
皆さん足を引っ張り合い、本来の指揮系統から外れてしまうのです。
敵は、そんな急所を的確に突いて来ます……
敵の軍師は、相当に強かな人物と言えるでしょうね」
詭計を織り込みつつも、それを気づかせない巧みな攻め手。
戦の形勢も分からぬまま、徐々に敗北へと追いやる狡猾な罠。
荀或は、その軍師を凄まじい難物と感じた。
これが軍師としての初陣に近い状況で、そんな強敵にかち合おうとは。
かといって、荀或に気後れした様子は無い。
彼は何処までも、己の才を……曹孟徳に求められた才を信じていた。
「ではどうするのだ!
貴様ならば、その醜い争いを続ける諸侯どもをまとめられるというのか!?」
「いえ、違います。逆ですよ。
彼らを一つにまとめるのではなく、ばらばらに分断するのです」
「何……?」
荀或の発言に、袁紹は一瞬耳を疑った。
「どうせ連携の取れない軍ならば、
最初から切り離した方が、足を引っ張られる心配が無くて済みます。
今連合軍に必要なのは、拙い連携よりも、個々の軍が最大限に力を発揮できる陣形。
諸侯同士が衝突しないよう組まれた配置です」
荀或は筆を取り、元ある陣図の上に、新しい陣形を書き込んでいく。
動く筆を目で追いきれない程の高速の筆致で、脳内にある布陣を図へと正確に移す。
縦横に走る黒い線によって、各軍はそれぞれの諸侯の下分断される。
「これでいいでしょう。
皆さん、目の前の敵だけを追って戦えるはずです」
人は比べたがる生き物だ。
近くの他人が、自分よりも美味しい獲物を追っていると知れば、
本来追うべき獲物を捨ててでも、他人の獲物を横取りしたくなるものだ。
だが、この陣形ならば、諸侯同士がかち合うことは無い。
他人を羨む事も無く、眼前の手柄だけを追って、全力を尽くせるのだ。
「よし…… 伝令兵!直ちにこの新たな布陣に変更するよう、全軍に伝えい!」
「はっ!」
袁紹の命を受け、伝令兵が各地に飛んでいく。
「それと、典韋……」
「………………」
荀或は、陣図に幾つか丸を書き込みながら典韋に告げる。
「董卓軍の中には、策だけに頼らず、
単純な武力で戦果を挙げている武将が何人かいます。
あなたは、彼らを潰しに行って下さい」
「………………」
典韋は無言のままだが、荀或には肯定の意思が伝わった。
ゆっくりと本陣の外に体を向ける典韋。
その時……彼の鎧の背から覗いていた、二つの御碗型の物体に火が点った。
巨大な典韋の体が僅かに宙に浮く。
背中の推進装置が火を噴き、典韋の体は陣の外へと飛んでいった。
巨体からは想像もつかない、何か未知の力を使ったような加速度で……
その様に、居並ぶ諸将は度肝を抜かれる。
「荀或よ、あの典韋と言う男は……」
同じく唖然となって袁紹は、荀或に問う。
荀或は、朗らかな笑顔で、当然のように答えた。
「仲間ですよ。
僕と同じく、曹操様に忠誠を誓う、かけがえの無い仲間……」
一方、孫堅軍もまた、連合軍に加わって董卓軍と交戦を続けていた。
しかし、他の諸侯の横槍もあり戦況は芳しくない。
「こちらが追えば逃げ、隙を晒せば一気呵成に攻めてくる……
全くやりづらい相手ですね。殿」
気力を奮い起こすためか、程普は笑みを浮かべて孫堅に言う。
「ああ、我々の戦術は研究し尽くされていると考えていいだろう」
陽人の戦いで、孫堅軍は互角の戦いと引き換えに、敵軍に手の内を晒してしまった。
もはや地方で名を上げただけの新参では無い。最大限の警戒と注意を払ってくるだろう。
「…………一進、一退」
ぼそりと呟く韓当。
焦燥だけが募る中、彼らの下に、伝令兵が駆けつける。
「何事ですか?」
「中央からの命令だ……どうやら、陣形を変更するようだね」
その話を聞いて、真っ先にいきり立ったのは黄蓋だ。
「はっ! 陣形を変えるだぁ!?
どうせ袁軍の奴らが、手柄を独り占めにしたいだけだろうが!
殿! そんな命令、聞く事はありませんぜ!
俺たちは俺たちで、包囲を突破して董卓をぶっ斃しましょうや!!」
思わず賛同したくなる黄蓋の意見だったが、孫堅は冷静に諌める。
「それはいけない。ここで我々が連合の足並みを乱せば、
敵にとっては付け入る絶好の隙になる。
董卓は、それで勝てるほど甘い相手じゃない」
陽人の戦いで、それは嫌と言うほど分かっていた。
返答しながら、新たな陣形の記された巻物を読み進める孫堅だったが……
「…………これは!」
孫堅の顔色が変わる。
「朱治、読んでみたまえ」
「はい」
四将軍の中では最も軍略に明るい朱治が、巻物に目を通す。
程無くして、朱治もまた孫堅と同じく驚いた顔つきになる。
「孫堅様……」
「ああ、見事だ……この陣形ならば、
各地の諸侯は皆、敵だけを見据えて戦う事が出来るだろう。
それぞれが、一定以上の戦果を挙げられる……
“そう思わせる”巧みな配置……これならば、諸侯からも文句は出まい」
孫堅は、この巧緻を極めた新たな陣形を絶賛する。
そして、これを立案した軍師に、並々ならぬ興味を抱く。
「これだけの逸材が、まだ天下に埋もれていたとはね。
出来る事なら、我が軍に迎え入れたいものだ。
この大胆かつ繊細な軍略……
きっと、伯符や仲謀の良き師となるであろう」
揚州で待つ二人の息子の名を挙げ、孫堅は南の空を見上げた。
タイトルは殆ど関係なく内容は第三章の後編です。
ガンダム00の「故国燃ゆ」みたいなものでしょうか。
本来なら、この時点で荀或も典韋も曹操軍にはいないんですが、
これから曹操軍にはどんどん新人が加入するし、
彼らの見せ場を優先させないといけないので
今のうちに活躍させておこうってことで出しました。
司馬懿から見れば修正する必要も無い些細な歪みってところです。