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三国羅将伝  作者: 藍三郎
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第三章 虎牢関の戦い(三)

 砂塵を巻き上げて突き進む騎馬の軍勢。

 その覇気と威容は、董卓軍に勝るとも劣らない。

 蒼天にはためく軍旗に刻まれるは『曹』の一文字。


 曹孟徳率いる騎馬軍団だ。

 先ほど、進路を阻んだ董卓軍を撃滅し、ついに決戦の地に到着したのだ。


 先陣を切る夏侯惇が、呂布の姿を目に止める。


「ほう…… あれが“飛将軍”呂布か」


 呂布の勇名は、中原全土に轟き渡っていた。

 一目見て分かった。なるほど、飛将軍の名に恥じぬ怪物だ。


(その呂布と互角に渡り合っているのは……

 確か袁紹軍の顔良と悶着起こした奴か)


 只者でない雰囲気を感じてはいたが……あの呂布に伍するほどの強者だとは。

 夏侯惇の将としての闘争心が疼くのを感じる。

 できれば、今すぐにでも彼らの戦いに割って入りたい気分だ。

 

 夏侯惇の心中を察した曹操は、そんな彼を好ましく思いつつ、こう告げる。


「惇、あやつは捨て置け。

 余らの狙いは、虎牢関の征圧……そして……」


 虎牢関の先を見据える曹操。


「董卓の首よ」


 間諜の情報によれば、この戦いには董卓自らも出陣し、総大将を務めているらしい。

 まさに千載一遇の好機。

 ここで董卓を討ち取れば、反董卓連合の目的は完遂したも同然だ。

 それだけではなく、その後の連合内での地位も揺るぎないものとなる。


 根拠はそれだけでは無い。

 董卓は、暴君の皮を被った極めて狡猾な策士であるが……

 あの十常侍の公開処刑といい、最後は自らの手で決着をつけねば気がすまない性質の男と見た。

 ならば、この虎牢関にも出張ってきている可能性は高い。


 もしも、その情報を劉備が知っていれば……

 公孫贊軍を囮にして、自分たちで董卓を討ちにいったかもしれない。


 

 この瞬間――

 

 劉玄徳と、曹孟徳の視線が一瞬交錯する。

 

 何か感じるものはあったようだが……

 今は二人とも、それを気にするべき時ではないと分かっていた。



「はっ! わかってんよ!!」


 夏侯惇は素早く気持ちを切り替え、自らの得物を手に取る。

 その武器は、槍のように長い柄と、横に伸びた長い刃を備えた武器だった。

 長身の夏侯惇の身の丈ほどもある大鎌である。


「てめぇら! 夏侯元譲のお通りだぁ! 道を開けやがれ!!」


 虎牢関から出てきた董卓軍の数は、曹操軍より三割ほど多い。

 騎馬隊の先端が、曹操軍と衝突する。


 その瞬間、夏侯惇の振るった鎌によって、董卓軍の将兵は首を刎ね飛ばされる。

 そのまま、雑草を刈るように次々と董卓軍の兵を切り裂いていく夏侯惇。

 しかし、それでも董卓軍の士気は衰えない。

 同胞の死など、まるで意に介さぬかのように疾駆を続ける。


「なるほど、これが涼州の兵か。確かに良く鍛えられている」


 あるいは、躾けられている、というべきか。

 夏侯淵は弓に数本の矢を載せ、弦を強く引き絞る。

 狙いを定めた瞬間、弦を弾くと共に、数本の矢が一斉に放たれる。

 矢は一本たりとも外れる事なく、鎧兜を穿って董卓軍兵士の脳天や心臓を貫いた。


 夏侯妙才は弓の名手である。

 その膂力と全身の撥条ばねを最大限生かして放たれる矢は、弾丸を越える速度を生み、岩壁を貫く破壊力を有する。

 加えて、百発百中の命中率。

 全体的に飛び道具に強い武将たちも、夏侯淵の弓は例外だ。

 

 夏侯惇、夏侯淵の両将軍により、数で勝るはずの董卓軍は圧されている。

 だが、彼ら二人だけでは無い。

 一般の将や兵士達もまた、実に機敏かつ効果的な働きを見せ、被害を最小限に抑えた上で董卓軍を撃破している。

 これらを指揮しているのは、総大将・曹孟徳に他ならない。


「あの武将を討て。さすれば、騎馬隊の統率は崩れ、虎牢関への道は拓けよう」

「はっ!」


 『倚天いてんの剣』を掲げ、軍を自在に操って董卓軍を撃滅する曹操。

 この武器は、ほんのり血を被ったような薄紅色に輝く宝剣で、曹操の愛刀である。

 血風吹き荒ぶ中、彼の顔は実に涼しげで、まるで雄大な自然を相手に一枚の絵を描いている画家のようだった。


 結果、数で勝るはず董卓軍の先陣は無残にも壊滅し、曹操軍は大半の戦力を残したまま虎牢関に突入する。




「全く……この戦は、どいつもこいつも化け物揃いだぜ」


 自らの軍を率い、近寄る董卓軍の兵士を撃破しながら、始めて見た曹操の戦に感嘆する劉備。

 だが……


 圧倒的な“何か”が、彼の第六感をかき乱した。

 劉備は咄嗟に、その発生源……虎牢関の方角を見る。


 虎牢関の奥から、黒い瘴気が立ち昇っているように見える。

 まるで、地獄の蓋が開かれ、煉獄の煙が吹き上がっているようだ……


 それは、ただの幻視に過ぎなかった。

 幻覚のように感じてしまうほど、高密度な闘気を纏った存在が、あの地に君臨したのだ。


(たく……魔王様までお出ましかよ。

 あいつと呂布……どっちを相手にするのが良かったのか……

 いや、今は考えるより、何としても生き延びねぇとな)



 曹操軍の後続と、他の諸侯の加勢も加わって、劉備・公孫贊軍は一気に董卓軍相手に優勢になりつつあった。

 それでも、この場の誰一人として、呂布と関羽、張飛の戦いに割って入ることはできなかった。



 もう何度青龍偃月刀を打ち付けただろうか。

 力任せの攻撃だけではなく、時には騙し、透かし、目晦ましを織り交ぜて攻めているのに、呂布には全く攻撃が届かない。

 それは張飛も同じこと。赤兎馬は、馬にあらざる反射神経で持って蛇矛の予測できぬ動きを凌ぎきっている。


 武将の乗る馬もまた、彼らの能力に合わせた超常種だが、赤兎馬のような武将と同等かそれ以上の力を見せる乗騎など関羽は知らない。

 実質的には、二人の武将を同時に相手にしているに等しい状況だ。


 そして、今のはあくまでこちらが攻め手に回れた時の話。

 呂布は常に方天画戟で猛攻を続けており、それが運よく途切れた際に始めてこちらが攻撃に移れる。

 方天画戟は大振りな武器であるが、呂布に付け入る隙は全く無い。

 こちらもひたすら仕掛ける事でしか、攻撃の機会を生み出せないのだ。

 最も、それが出来る武将は、今のこの場においては張飛と関羽だけなのだが。


 槍や戟など、長い柄の武器の長所は、武器のみならず防具としても利用できるところにある。

 長い武器は攻撃範囲が広くなるだけでなく、防御の幅も広がる。

刃だけではなく、全体の大半を占める柄の部分も活用すれば、隙をほぼ完全に消すことが出来る。

 無論そこまでの領域に達するには熟練が必要だが、この三人にとってはとうに通過した場所だ。

彼らにとっては槍や矛が、自由自在に動かせる鋼で出来た長い腕に等しいのだ。



 だが……今のような均衡状態が、いつまでも続くはずが無い。


 方天画戟と正面からかち合った青龍偃月刀が、初めて競り負けた。

 単純な膂力の差、これまでの疲労、呼吸のタイミングと要因は様々だろう。

 今はそれに思いを馳せる余裕など無い。


「ヒャハハハハハハハ――――ッ!!!」


 態勢を崩したところに、頭上から落ちてくる方天画戟。

 だが、処刑台の刃は、寸前で食い止められる。

 張飛の蛇矛の鎖が、方天画戟を絡め取って動きを止めたのだ。

 

「はっ、てめぇの好きなようには……うおおっ!?」


 次の言葉を紡ぐ前に、張飛の身体は横に大きく引っ張られた。

 張飛の矮躯では、呂布の剛力を一瞬止められるだけで精一杯だった。

 だが、関羽にとっては一瞬あれば体勢を立て直すには十分。

 青龍偃月刀で突きを放つ関羽。

 呂布はそれすらも見切り、方天画戟の尻で刃の腹を叩く。



「イィヤハハハハハハハハハハハ――――――――ッ!!!」


 呂布と赤兎馬の暴威が爆裂する。気の向くままに吹き荒れる暴嵐は、この瞬間最大風速を迎えた。

 方天画戟に絡んだ蛇矛の鎖を振り払い、赤兎馬の足が関羽を蹴りつける。

 両雄は乗騎から吹き飛ばされ、地面に強く打ち付けられた。

 残った乗騎は、呂布を振るった方天画戟に呑み込まれ、瞬時に足の上から半分が消失する。

 これで二人とも、乗騎を失ってしまった。


「ぐ……!」

「やはり……強い……!」


 二人がかりで尚、ここまで圧倒されてしまうとは。

 加えて移動の要たる乗騎を失ってしまった。

 戦では、高い場所から仕掛ける方が圧倒的に有利。

 呂布が上から繰り出す雷雨のような突きを、ただ浴び続けるしかない。

 こちらも乗騎なしで勝てる相手ではない。


 一方、戦に完全に陶酔している呂布は、自分が優位になったことすら気づいていない。

 呂布が更なる歓喜の雄叫びを上げようとした、その時……


 一発の銃声が鳴り響いた。


 歓喜の絶頂にあった呂布は……一気にその表情を曇らせる。

 この日、初めて呂布は、喜悦以外の感情を表に出した。


 続けて、どこか呆けたような馬鹿笑いが聞こえてくる。


 張飛と関羽は我が目を疑った。

 自らの主、劉玄徳が、愛馬・的廬に跨り、こちらに駆けて来たのだ。


「ははははは! 可愛い弟分の窮地を、黙って見過ごす事はできねぇなぁ!!」


 銃剣を呂布に向け、さらに数発連射する。

 一応は武将だけあって、連射の速度も人間にできる領域では無い。

 だが、相手は呂布。その上の領域をも、遥かに越えた場所にいる怪物だ。

 彼の目には、機械からくり仕掛けで発射された銃弾など止まって見える。

 呂布は方天画戟を旋回させ、銃弾を全て叩き落とす。

 最初に撃った銃弾も、不意を突かれたにも関わらず、肉体に宿る本能で軽々とかわしてみせた。


「あのバカ! 何やってんだ! てめぇが割って入れる戦いじゃ……」


 いつもの茶化しではなく、本気でそう思った。

 劉備の実力は、張飛の知る限り、並みの武将より少し強い程度だ。

 張飛と関羽が前線に立ち、劉備は後ろから軍を指揮する、それが本来の役割のはず。

 それどころか、常々自分で動くことを面倒くさがる怠け者だ。

 到底あの呂布に太刀打ちできるとは思えない。


「ムシケラが…… 俺の戦いに茶々いれんじゃねぇ!!」


 呂布は憤激を露にする。

 どんな強者も、どれだけ自分を侮辱した相手であっても、呂布にとっては全て殺し尽くし歓喜を得るための糧にすぎない。

 最高の料理に対し、その味を褒め称える事はあっても怒るなどありえない。

 

 だが、先ほどまで呂布は最高の好敵手にめぐり合い、最高の快楽に浸っていた。

 その瞬間を、自分達より遥かに劣るムシケラが邪魔をしたのだ。

 自分の喜びを塵芥ゴミごときに妨げられた……その事実に、呂布は心底激怒していた。


 赤兎馬を、劉備目掛けて疾駆させる呂布。

 銃と戟の射程距離など、何らの障害にもならない。

 赤兎馬は劉備が再度引き金を引く前に、彼の至近距離まで肉薄する。


「兄者!!」


「死ねやぁ――――――――――ッ!!!」


 滾らんばかりの憎しみを込めて、呂布は方天画戟を振り下ろす。

 この場の誰もが、劉備の死を確信した……


 だが…………


 呂布の方天画戟は、誰の血も浴びること無く空を斬るに留まった。

 呂布も、張飛や関羽も、目の前の光景を信じられぬ思いで見ていた。

 

「おいおい、どこ狙ってんだ?」

 

 嘲るような声が、遠くから聞こえる。

 劉備は、呂布から遥か離れた場所で悠々と的廬に跨っている。

 呂布は理解できなかった。

 あの間合いの一閃を、劉備が避けられるはずが無い。

 彼は今頃、両断された死体になっていなければいけないはずだ。

 だが、現実は呂布の予想を裏切り……確実に仕留めたはずの劉備が、違う場所に移動していたのだ。


「ヒャァァァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

 赤兎馬を動かし、再度強襲を仕掛ける呂布。

 全く構えずに立っている劉備を、方天画戟で薙ぎ払う。


 だが、それも結果は同じだった。

 方天画戟が劉備を通り抜けた時には、またしても彼の姿は掻き消え……

 劉備と的廬は、戟の届かぬ場所まで移動していたのだ。


「何だてめぇ?何やったんだぁ?」


 倒せるはずの相手を倒せない事に、呂布は苛立ちを募らせる。

 そんな彼に対し、劉備はあくまでも飄々と答える。


「さぁな。お前さんの言うとおり、俺も的廬こいつも、ひ弱で軽いムシケラだからよ。

 てめぇの戟の風圧が凄すぎて、吹き飛ばされたのかもな」


 冗談交じりに言った言葉だが、この摩訶不思議な状況を説明するにはそんな愚説でもすがりたくなる。

 その状況に、呂布はさらに苛立ちを強めるが……


「うおおおぉぉぉぉぉぉッ!!!」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 別の乗騎に乗った関羽と張飛が、呂布に向かって駆け抜けて来る。

 蛇矛と青龍偃月刀による同時攻撃に見舞われ、呂布は方天画戟で応戦する。

 再び張飛と関羽の相手をせねばならなくなった呂布は、劉備を捨て置くしかなかった。


 結果的に、劉備の無謀とも言える乱入が二人の兄弟の命を救い、戦況を立て直すことに成功したのだ。

 

 だが、どうやって彼が呂布の神速の斬撃を避けたのか……理解できる者は、諸将の中には存在しなかった。




 しかし……劉備以外にも、その秘密を看過した者が、たった一人だけいたのである。


「あ、あれは……まさか……」


 陳宮は、眼下で繰り広げられた光景を信じられぬ面持ちで見ている。

 彼は先ほどからずっと、虎牢関の城門に開いた穴から、密かに戦場を監察していた。

 目的は勿論、呂布と赤兎馬の戦闘情報の収集である。

 呂布と赤兎馬の組み合わせは、彼の計算どおり、超絶的な戦闘力を発揮した。

 それらと互角に渡り合った張飛と関羽の存在もまた、大きな収穫だった。

 あの二人の戦闘能力に関する情報は、陳宮の脳裏に余さず詰まっている。


 しかし、ここまでは想定の範囲内だ。

 あれだけの諸侯が集まれば、呂布と互角……とは言わずとも近い実力の者が出てきても不思議ではない。

 そんな優れた肉体を持つ将を発掘することも彼の目的の一つだったのだが……


 完全に陳宮の予想を上回るイレギュラーが、先ほど現れた。


 劉備では無い。彼は生物学的には、ただの武将に過ぎない。

 あの奇跡を引き起こしたのは、彼の跨る愛馬・的廬だった。


「幻獣馬……しかも“術”が使えるなんて……始めて見たよ」


 この中華には、人の常識を越えた神秘の技が存在する。

 炎を生み、風を呼び、巨岩を動かし、稲妻を轟かす。

 傷を癒し、またあるいは呪いで触れる事無く敵を殺す。

 それが術。

 仙術・道術とも称されるそれは、俗世との交流を立ち、独自の修行を治めた仙人や道士、あるいは太古から生きる幻獣や霊獣にしか備わらず、漢王朝の時代には人々の間では幻に近いものとされていた。


 陳宮も、科学者としてその術について研究したことはあったが、何分それに該当する実験体が確保できなかった為、芳しい成果を得られなかった。

 

 その実験対象が、今眼下にいる。


 的廬が消える直前に、額に埋め込まれた宝石が、白く輝くのを見逃さなかった。

 それこそが術発動の証だろう。

 そして、的廬の扱う術の正体とは……


 それは、瞬間移動。

 今いる場所から、時空を越えて任意の一地点まで移動する。

 赤兎馬の加速も、十分瞬間移動といってもよい速度だ。

 だが、的廬の使う術は二つの地点に時間差無しで移動できる。

 それに要する時間は、完全なるゼロ

 理論的には、この世のあらゆる攻撃を回避できるだろう。


「あはっ! あはははははは!!」


 陳宮は笑う。


「こんな貴重な素材に出逢えるなんて! 

 反董卓連合に……いや、元凶の董卓様に感謝しないとね!

 これだから、乱世は素晴らしい! 僕に新鮮な喜びを与えてくれる!」


ここまで読んでいただいてどうもありがとうございます。


書き溜めておいた分の投稿はこれで終了です。

次からは一区切りごとに投稿します。

登場人物表は、これから随時更新していきます。

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