表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三国羅将伝  作者: 藍三郎
10/178

第二章 反董卓連合、立つ(四)


 反董卓連合軍挙兵の知らせは瞬く間に洛陽に伝わった。

 それを耳にした董卓はただ一言……


「痴れ者めが……」


 地の底から響くような声に、文武百官は震え上がった。

 表面上の怒りを露にしないことが、逆に恐ろしい。



「董卓様!!反逆者の討伐は、この華雄にお任せください!!」


 燃えるような赤毛に、噛み合った白い歯の将が真っ先に進言する。

 彼の名は華雄。董卓軍最強と称される将だ。


「先陣を許す。彼奴らを、根絶やせ」

「はっ!!!」


 両の手を組み合わせて意気盛んに応える華雄。

 彼は早々に、兵を引き連れて洛陽を後にした。


 


 それから……


「…………」


 献帝は自身の居室で、これまで起こった事について考えていた。

 天子に祭り上げられたものの、今の自分は董卓の傀儡に過ぎない。

 董卓が目の前で繰り広げた暴虐の数々が、脳裏によぎり、絶えず精神を責め苛む。

 だが…この聡明な天子は、一つの疑問を抱いていた。



「期待しているのか?反董卓連合とやらに…」


 突然、地鳴りのような声が降って来る。

 いつの間にか、董卓の巨体が室内に現れていた。

 天子の自室に闖入するなど前代未聞の振る舞いだが、勿論そんな事を気にする董卓では無い。


「無駄なことだ。真の“暴”を知らぬ木っ端どもなど、

 我の敵では無い。残らず滅してくれる」


 董卓ならば、そう考えるだろう。

 これまで董卓の恐ろしさを存分に理解した献帝は、連合軍挙兵の知らせにもさしたる期待を抱けなかった。

 勝ち負け以上に、彼らが董卓の暴虐に晒される事。

 董卓の魔手が、中央のみならず地方にまで及ぶ事……それが彼の憂いだった。


 いい機会、と考えた献帝は、ずっと抱いていた疑問を董卓にぶつけてみる。


「何故だ……董卓……」

「む?」

「何故、朕を殺さぬ……朕を殺して、

 そなたが新たな天子になった方が、都合が良いのではないか……?」


 そう、毒殺された兄・劉弁のように……

 董卓の卓越した能力を見れば、あえて天子を傀儡とせずとも十分に国政を掌握できるだろう。

 それなのに、董卓は自分を活かしたままで相国の地位に留まっている。

 董卓という怪物の事を知れば知るほど、今の状況は不可解だった。



 下手をすれば、この場で董卓に叩き殺されてもおかしくない一言だった。

 だが、董卓は眉一つ動かさず、天子の質問に答える。


「天子よ……何故我がうぬを殺さぬか。それは、うぬが人間の代表だからだ」

「人間の……代表?」


 そんな言い方をしたのは、董卓が初めてだ。

 自惚れるわけでは無いが、確かに長い漢王朝の歴史では、天子はまさに人民の象徴、意思の代弁者であった。


「人間の代表たるうぬには、この董卓の行いを記憶する生き証人になってもらう」

「生き証人……」

「我はこれから、数え切れぬほどの人を殺し、数限りない暴虐を重ねるだろう。

 天子よ、うぬはそれを目に焼き付け、恐怖と共に魂に刻み込むのだ。

 目を逸らす事は許さぬ。自ら死を選べば、無辜の民が何万何億死ぬと思え」


 董卓の言う事にハッタリは存在しない。

 殺すと言えば必ず殺すだろう。自分には、死という逃げ道すら断たれているのだ。


「加えて……腐りきった王朝とはいえ、天子は未だ、人民どもの希望の象徴だ。

 その希望をへし折るのは容易い。だが、我はあえて希望を残す。

 何故ならば、希望にすがりついて、

 それが無力と知った時……絶望はより深くなるからだ」


 その考えは、献帝にもよく理解できた。

 呂布が董卓を討とうとして、あっさり軍門に下った時も……

 献帝は深い落胆と失望を抱いたからだ。


「心の死んだ人間からは、恐怖は生まれぬ。それでは意味が無い……」



 肉体のみならず、精神をも徹底的に苛もうとする董卓の“虐”の理論。

 人は、例え苦境にあっても縋る物さえあれば生きていける。

 しかし、それ故に人は生きる希望を捨てられず、苦しみもがいてしまうのだ。

 董卓は、苦しみに足掻く人間の心を知り尽くしている。


 ここで献帝は、最も根源的な疑問が脳裏に浮かんだ。

 これ程の暴虐を……一体何の為に行うのか?


「それで……それでそなたは、一体何を得るというのだ?」


「…………」


 董卓は答えない。ただ、口を半月形に歪ませて、嗤って見せた。

 それは、献帝が始めて見る、董卓の心からの笑顔だった。


 ここに来て、献帝は董仲穎という男の本質を理解した。

 この男は、私欲や邪心、ましてや高邁な理想などのために暴虐を行っているのでは無い。


 理由など存在しない。


 強いて言うならば、本能というべきもの……

 人々を苦しめ、尊厳を踏み躙り、死に至らしめる。

 彼はその為だけに生きているのだ。それが董卓の存在意義なのだ。

 まさに絶対悪。あらゆる人類の敵と言っても過言では無いだろう。


 この男の好きにさせておけば、さらに暴虐は加速し、この中華くには破壊しつくされるだろう。

 だが、誰がこの男を止められるというのか。

 圧倒的な“暴”と冷徹に計算された“虐”を持って、人々を苦しめ、責め苛む、この魔王を……


 

「精々、救世主とやらの登場を待ち侘びるがよい。

 その希望も、うぬの絶望をより深くするのだからな」


 どうやったらこの男を滅ぼせるのか。

 この男が人間である以上、もはや自然死を待つしかないのか……

 そんな儚い光明すらも、董卓は平然と踏み躙った。



「そして……我が肉体が、天寿により朽ち果てる時は……

 この地上から、うぬ以外の人類は残らず死滅していよう……」



 彼の最終目的は、権力の頂点や天下の平定などという人間らしいものでは無い。

 中華に生きる、全ての人類の抹殺……

 男も女も、赤子も年寄も、富める者も貧しい者も、自分以外の人間は全て殺す。

 そして、ただ一人生き残った天子が死んだ時、人類の歴史は完全に終わる。

 まさしく悪の窮極、神すらも怖れる所業だった。

 

 だが、董卓の本質と恐怖を知った今なら確信できる……

 この男は、それすらもやり遂げてしまうだろうと。



 董卓と反董卓連合の戦い……

 この戦が、中華全土の命運を懸けたものである事は、

 董卓と天子の二人のみが知ることだった……



<第二章 反董卓連合、立つ  完>


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ