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乙女の祷り  作者: 夏生由貴
乙女の祷り
4/12

Ⅳ Confutatis(コンフターティス)~呪われし者

前回(2019年1月)は、この部分まで投稿して挫折。

完結の目処がまるで立たなかったので、やむをえず削除したわけですが

ずっとなんとかせねば…と思っていて、ようやく9月に完成。

しんどかったです。でも再投稿できてよかったです。

 お姉様の修了式は、わたくしの心情が形象されたかのような養花天(※)。主のせめてものお情けだったと、わたくしは今でも思っております。澄み透る春光と

晴れ渡る碧空は、この身に過分でありましょうから。


 と申しますのも、清白すずしろにつどう乙女であれば誰もが思慕をよせるお姉様のお式ですのに、わたくしは始終、心ここにあらずの態でいたからでございます。これまで信仰の対象であったお姉様と、今しがた答辞を読まれたお姉様とでは、まったくの別人であるかのような、そんな当惑に駆られていたのでありました。


 《あの日》の出来事はむろん、わたくしだけの――僭越ながら申しますと、お姉様とわたくしだけの――秘め事になっております。衝撃的で狂乱的な光景ではありましたが、不徳なお姿をさらされたあとでも、不思議とわたくしのなかのお姉様は気高さの極みでありつづけました。それどころか悲壮な処決をうちに秘めていらっしゃったことで、高潔の純度が高まりさえしたのであります。


 ですが、懸想のお相手が異性であるばかりか異人であったという事実が、お姉様の至純さと神聖さとを奪い去ってしまった……落胆にも似た思いがわたくしを憂えさせていたのやもしれません。


 別離の沈痛が現によみがえってきましたのは、お式が終わり、お免状(※)と

白百合の花束をかかええた卒業生たちが、在校生の作る花道に沿って正門へと歩いてゆかれる段になってのことでありました。


 最下級生の立ち位置は花道の一番外側でしたから、小柄なわたくしでは背伸びをしても、お姉様のお姿を拝見することはかないません。


 嗚呼、今日をかぎりにお別れなのだ。この胸を甘さで満たすのも、切なさで震わすのも、お姉様をおいていらっしゃらない。ただでさえ遠かったせなが、視線も届かぬ遼遠へと消えてしまう……。


 悲傷と寂漠とが二重螺旋をなし、しくしくとわたくしの脊髄をはいのぼってまいりました。立っていることもままならず、目の前に紗がかかり始め、悲嘆でその場へつくばいそうになったときであります。煉瓦造りの門柱のはたに、馬車の停まる音が聞こえたのは。


 本校には華族のご令嬢も多数在籍されていることから、正門の一角には送迎用の馬車回しが設けられておりました。ですが修了式にかぎり、混雑を避けるためとして馬車の使用は控えるよう通達されていたのでございます。


 にもかかわらず堂々たるやの来訪に、生徒たちは気おされ、拍手や言の葉、すすり泣きまでもが、ぴたりと止んだのでありました。


 遠目にも高貴なお方の所有とわかる、たいそう豪奢で絢爛な馬車でございました。わたくしの位置からはわかりかねましたが、生徒たちの動揺がさざなみのように漂ってきたことを思いますと、馭者の立ち居振る舞いにも、威厳と尊大さが顕れていたのだと存じます。


 そうしてのち、おそらくは搭乗者であろう殿方が発した言葉に、わたくしは耳を疑ったのでございました。


沢瀉椿おもだかつばき殿はおられるか」


 ……このお名前は。


 お姉様こと沢瀉椿様は華族のご令嬢でいらっしゃいましたから、送迎の際に馬車を利用なさるお姿は幾度も拝見したことがございます。ですが今日は修了式なのです。謹厚で貞淑なお姉様のご家族ともあろう方が通達をあからさまに無視なさるなど、信じ難いことでありました。


 聲音から察するに、お姉様のご尊父様でいらっしゃいましょう。殿方はなおも聲を張りあげ、続けられました。


「おお、椿殿。其処におったか。そう異な貌をなさるな。矢も楯もたまらずに、

遠路遥々、迎えに参ったのだ」


 お姉様は、殿方に向かって何かおっしゃたようですが、この距離では聞きおよびません。権高で倨傲きょごうな胴間聲だけが、あたりに響き渡るばかりでございました。


「このめでたき日に左様な貌とは、いかがいたした。椿殿から学徒という忌わしきたがが外れ、堂々と夫婦の契りを交わせる晴れの日ぞ。儂がどれだけ心待ちにして

おったか、おわかりか。これまでは手も握らせてくれなかったのだからな」


 このときの衝撃は、4年が過ぎる今も云い表すことのできぬわたくしでございます――。

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養花天ようかてん…桜の咲く頃の曇り空

※お免状…卒業証書


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