Ⅲ Kyrie(キリエ)~主よ、憐れみたまえ
葡萄色のリボンを床へ落としたお姉様は、制服のスカァトをめくりあげると、
あろうことか下穿きを脱ぎ始めたではございませんか!
危うく号び聲をあげそうになったわたくしは、必死の態で諸手を口にあてがい、よろめいた躰を扉口の柱でどうにか支えました。
お姉様は一体どうされてしまったのか……。
唇をわななかせながらも、わたくしは1秒たりとて目をそばめることができませんでした。
雪をあざむくように白いお姉様の臀部は、すぐにスカァトの下へ隠されましたが、代わりに脱いだばかりの下穿きが踏みにじられた白百合の花、ひいては貞潔の残骸のごとく、葡萄色のリボンの上に棄てられておりました。
お姉様は暫時、祷りを捧げるかのように頭を垂れておいででしたが、おもむろに貌をもたげると、スカァトのポケットから何かを取りだしました。窓から射しこむ西日に照らされたそれは、入学時、リボンとあわせて生徒たちにあてがわれた、
鎖付きのロザリオでございました。
お姉様は、ロザリオを右手にたずさえたまま、左手をスカァトの裾へと伸ばしました。何かとてつもなく恐ろしいことが起こりそうな予感に、息苦しさがわたくしの咽元を締めつけ、今や唇だけでなく全身が小刻みに揺れ動いておりました。
お姉様のスカァトが徐々にたくしあげられていきます。膝裏から大腿部があらわになったところで、お姉様は右手を、ロザリオをたずさえたままの右手を、事もあろうに両脚のあいだへ持っていったのでございます!
何ということでしょう! 気高く貞淑なわたくしのお姉様が何故、斯様な蛮行を? あれではまるで……まるで……!
すっかり気がふれてしまったかに見えたお姉様でしたが、右手はそれ以上の動きをみせることなく、最後のとどめを御するかのようにお姉様の背だけが、烈しく打ち震えておりました。直後、その場にくずおれたお姉様は、聲を殺した悲痛な慟哭をほとばしらせたのでございます。
心からの安堵にあわせて、わたくしの四肢からも力が抜け、うずくまらずには
おれませんでした。
心の臓が穏やかになってきたところでお姉様をうかがいますと、まだ昂ぶりが
おさまらぬ態で、せぐくまったまま、聲なき啼泣に身をひたしておられました。お姉様を見守るわたくしの眸にそれが飛びこんできたのは、この折でございます。
広がるスカァトの下から葡萄色のリボンが覗いていたのでありました。
今にして思えば何と淫靡な妄想であったかと、自身を罵倒せずにはおれません。ですが、あのときのわたくしには、あの光景は――スカァトの下から覗いていた
葡萄色のリボンは――散らされた純潔の証に見えてならなかったのでございます。そう、お姉様が果たそうとして果たせなかった行いの。
そして、わたくしは直感したのでありました。聖なるミッション女學校の生徒総代でいらっしゃるお姉様とて、我が身を貶めんとするほど道ならぬ恋に、身をやつされているのだと。
ゆえに、今しがたのお姉様と宣教師様の眼差しの邂逅は、わたくしにただひとつの真実を呈しておりました。はたせるかな、お姉様の読まれる御言には、特別な
想いが織りこまれていたのでございます。
お姉様の涙と最後の御言とをつなぐ線。毎週毎週、御言を択び、それをお姉様に渡していた人物は誰だったのか――。
宣教師様。
聖書から択ばれた御言は、宣教師からお姉様への婉曲な濡文(※)だったのでございましょう。そして、お姉様もおなじ想いでそれを受けとめていらっしゃった。
ですが、身分の差と人種の別がおふたかたを契らせる筈もなく、お姉様の塗炭の苦しみをお察しになった宣教師様は、明日からの日々を憂うことなく惑うことなく歩まれるよう、罪からの解放を最後の御言に託されたのではありますまいか。
ただ、どれほど禁忌にまみれた恋であっても、《あの日》見た恐ろしい所業へとお姉様を駆り立てるだけの悲壮感はともなっていないように、わたくしには思えたのでございます。
お姉様を狂気の淵へと追い立てたもの。その答えは翌日、お姉様の修了式で明かされるのでありました。
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※ 濡文…恋文